飛脚・二口才三
ネムネム城の客室でぐっすり眠った俺は、身支度をして大学へと向かった。
自宅が吹き飛んだので、俺の所持品はあのとき持っていたものだけになった。
当然服も着ている一着しかなかった。
パジャマはネムネムが用意してくれたのでそれを着て寝たのだが、起きたら俺の服はきちんとクリーニングされ、部屋に置かれていた。
なにからなにまで完璧なおもてなしである。さすが遊園地経営者だ。
大学へ行くと、あらゆる知り合いに声をかけられた。
俺の住んでいる家が消し飛んだことは、皆の知るところとなっていたらしい。
そりゃ当然ニュースになっただろうし、俺があのへんに住んでいるのを知っている友人から伝わったのだろう。
家がないのならウチに泊まるか、という何人ものありがたい提案を断り、俺は研究室に入る。
そこにいるのは当然月島教授だ。
俺を見てほっとしたような表情をしている。
これだけ学内で噂が広まっているのだ。
やはり教授にも心配をかけてしまっていたようだ。申し訳ない。
「祈くん、心配したよ。大丈夫?」
「怪我なし、仮宿あり。問題ないですね」
「気の持ちようがすごいなあ。きみはきっと大成するよ」
俺の返事に月島教授は心底感心した様子で、何度も頷いた。
たしかに家が無くなったことはショックだったが、一晩経てば心なら建て直せる。
なにしろ俺は、いざというとき助けてくれる友人に恵まれているからな。
「これからどうするかは考えなきゃなりませんが、猶予ありそうなんでのんびりやります」
「いいね。余裕がないと研究も捗らないものだ」
雑談を切り上げ、研究に励む。
普段はなるべく考えないようにしているが、やはり俺には時間がないのだ。
大病を患っている父を救うためには、新薬の開発をどれだけ急いでも足りない。
夜まで研究にかかりきりになり、俺は夜道を歩いてネムネムランドへ戻ってきた。
営業時間は過ぎ、正門は閉まっているので、従業員用入り口から中に入る。
警備員のいる場所には当たり前のようにスカイブルーのネムネムがいて、俺に向かって敬礼した。
そのネムネムに手を振り、ネムネム城へ向かう。
門の前には、別のネムネムが立っていた。
俺の姿を視認するやいなや、パタパタと腕を振り回している。
「どした? ネムネム」
ネムネムは城を指差し、それからわたわたと複雑な動きをした。
とりあえず城門を開けて中に入る動作があったのはわかる。
ジェスチャーがわからないときは状況から逆算するのがはやい。
城の外で俺に伝えたいメッセージ。つまり城の中に入ってから知るのでは遅いということだ。
中に何かがある。順当なところから聞いていこう。
「俺に客か?」
こくこくと、ブラッドオレンジのネムネムは頷いた。
よし。俺のジェスチャー読解能力も向上してきた。
満足して頷いた俺は、ネムネムに案内されるがままネムネム城へ入った。
城のロビー、そこに置かれるテーブルの一角に、俺の客はのんびり腰かけていた。
「よっ。久しいね」
軽く手を上げ、気さくに挨拶をしてきたのは、しっかり俺の知り合いだった。
「おー、オミじゃねえか! ひっさしぶり! デカくなったなオイ!」
すだまに次ぐ幼馴染、名を二口才三という。
俺は彼をオミというあだ名で呼んでいる。
由来はガキの頃、本人が書いた名前が、カタカナのニロオミにしか読めなかったからだ。
「イノちゃんは変わらんね」
そう言って苦笑するオミは、自分の前髪をくしゃっとした。
オミは後頭部で髪を束ねている。昔からこいつの髪はそこそこ長い。
幼少期は束ねずそのまま流してたもんで、女の子に見えたもんだ。
「な。俺ももうちょい背伸びると思ってたわ」
「身長以外も変わんねえや」
そう言ってオミはケラケラ笑った。
昔は同じくらいの背丈だったが、今オミと俺との身長差は、頭一つ分以上あるだろう。
同い年だから、オミも18歳か。
さすがにもう女の子に見間違えることはできない。
それはまあ、俺が故郷を出てきた15歳当時でもそうだったか。
オミの座っているテーブルの対面に腰かける。
久しぶりに会った幼馴染とすることと言えばたった一つ、近況報告に他ならない。
「今何やってんの? 都会に出稼ぎか?」
「あながち間違っちゃいねえ。ここには仕事で来たんでね」
俺は軽く目を見開いた。
オミは既に就職しているのだろうか。
バイトという線も考えられたが、俺の地元はクソ田舎のため、大学がない。
地元を出なかったのならば、18には社会人になっているのが当たり前か。
「ネムネムランドで働いてんのか? そりゃ、オミならできるか」
昔から器用なやつだった。
幼い頃は少々内気であったが、年齢が上がるにつれ人見知りも少なくなり――というかクソ田舎だからそのうち全員と知り合ってしまうということだが――コミュニケーションに問題はなさそうである。
まず日本語が通じるだけでありがてえ、と思う俺はだいぶキているが。
「いやいや。BtoB」
オミはひらひらと手を振りながら、ネムネムランドに勤務しているわけではないと表明した。
ビジネストゥビジネス。
企業間取引のことだから、ネムネムランドと対等のどこぞの企業から派遣されて来ました、ということか?
「どこのランドから派遣されて来たんだよ」
「地元」
俺の地元には遊園地なんぞなかったはずだ。
俺が出てきた後にできたのだろうか。だったら羨ましいのだが。
「用事はもう済んだのか?」
「いんや。ひとつは済んだが、もういっこはこれから」
オミは左手を俺の前へ突き出すと、手首をくるりと回した。
人差し指と中指の間に一通の手紙が挟まれている。
手品のようであった。昔から器用なやつだったからな。
「イノちゃん宛だぜ」
差し出された手紙を見て、俺は目を丸くした。
「なんだ、お前の就職先って郵便屋さんか?」
「飛脚と言ってほしいね」
そう言われてみると、オミの服装は飛脚のそれっぽく見えなくもない。
現代的にアレンジが加わっているので、それほどおかしな格好ではない。特に人の多い都会では、奇抜なファッション程度で目立つ方が難しい。
「ま。なんにせよ立派になって」
「お袋かよ」
どうしても俺の方が精神年齢が上だ。
身体年齢が同じでも、オミに対する俺の感覚としては、ガキの頃からずっと見守ってきた親、に近いもんになるだろう。
すだまに対してそういうのがないのは、あいつがのじゃロリだからである。
手紙を受け取ろうとすれば、オミはひょいと左手を俺の手の届かぬところまであげた。俺は片眉をあげる。
「どこでそんないじめっ子仕草覚えてきたんだ?」
「そら会ってねえ3年でしょうよ」
にやと笑ったオミに、好きな子に意地悪する男の子はモテねえぞと忠告してやろうかと思ったが、やめた。
いや本当に俺のこと好きとか言われたら困るし。
忘れがちだが、俺は美少女なのだ。
俺の心配をよそに、オミは言った。
「ここでの手前の仕事は言伝を渡して、その返信を受け取るってこった。しかし飛脚ってのは使い走りばかりでね。ロクに腰を落ち着けられねえ。ここでちいっとばかし仕事に手間取りてえところなんだわ」
「あーね。なるほど了解」
俺がそう言えば、オミはすんなり手紙を渡してくれた。
誰からの手紙かも確かめず、俺は手紙をポケットに突っ込んだ。
「あとでゆっくり読んで、ゆーっくり返信書いてやるよ」
「頼んますわ」
オミは自分の頭の後ろで手を組んで、背もたれに体重を預けた。
言われてみれば、彼は少しくたびれている。
目の下に僅かなクマも見えるし、休養が必要に思えた。
「んじゃ、ここ泊まってくだろ?」
「ネムネムランドにぃ? そら、ここの御当主が許さねえんじゃねえかな」
「んなことねえよ。なあネムネム?」
さっき城門を開けてくれたブラッドオレンジのネムネムを振り返れば、両腕を使って頭の上で大きな丸をつくってくれた。
当然、オーケーの意である。
オミは感心半分、呆れ半分のため息をついた。
「ははあ。そりゃそうか、イノちゃんだもんな。すでにネムネムランドは掌握済みと。他は何人手玉にとったのか、聞くのが恐ろしいね」
「なあんかよくねえ言い方をされてるな。ネムネムとは友達になっただけだぜ」
「はいはい。他にも山ほどいるんでしょうね、トモダチが」
「なんだオミ、拗ねてんのかあ? かわいいとこあんじゃねえか」
都会に出ていった友達が、自分以外と親しくしていることに対する嫉妬であれば、かわいいもんだ。
オミは過剰に否定することはなく、淡々と言ってのけた。
「そう受け取ってもらっても構わねえけどさ。手前としちゃ心配してんだ。あちこち誑かして面倒を作っちゃいねえかってね。特に今、すだまもこっちいるんでしょう」
「おおそうだ。俺のこと舐めたやつに上下関係叩き込んでやる、つって出たっきり戻ってきてねえな」
「そらみたことか」
オミは俺がトラブルメーカーのような言い方をするが、少々納得がいかない。
それはすだまが起こした面倒で、俺のせいではねえんじゃねえかなあ。
この言い分は通らねえのかなあ。
澪が言うに、俺の顔面をぺろぺろしたあの黒い犬は普通ではない。
中身がどろどろらしい。確実になんらかの異能を持っている。
すだまのことだからと信頼して送り出してしまったが、危ないと止めるべきだったのだろうか。
「すだま無事かな」
「心配するならそこじゃねえでしょうね」
犬が再起不能なまでにボコボコにされていないか心配するべきなのだろうか。
すだまはそのあたり――躾には一家言ありそうだから、そっちの心配はしていなかったな。
「ま、なんにせよしばらく様子見させてもらおうか。健治さんにまともな報告できるといいんだが」
健治は俺の父親である。俺は顔をすくめた。
「親に告げ口する気満々かよ。やめろよ俺だって思春期だぜ? 親に隠したいことのひとつやふたつやいつつやここのつあるわ」
「イノちゃんの場合、秘密の多さより重大さが気にかかるんだわ」
「ふむ?」
「お得意の魅了で特級の厄ネタひっかけてきてんじゃねえかって心配してんでしょうよ」
「お得意の魅了ォ? んだそりゃ」
勝手に俺の特技を増やすのはやめてほしい。身に覚えもない。
――いややっぱあったかもしれない。
魅了っつーのが、「友達をつくる」っつー意味ならば。
「ヴィランなら囲ってるけど」
「おもしれえ冗談だな」
「だったらよかったな」
僅かな視線の交差で、俺の言葉が冗談ではないことが伝わったようだ。
これが幼馴染パワーだぜ。
にやりとする俺と対照的に、オミは顔をしわくちゃにしてため息をついた。
「やっぱりやべえ秘密あるじゃねえか……」
「これは秘密にしてねえけど」
「しとけや」
オミがほとほと呆れた様子で言うので、それを見て俺は笑った。




