国王・ネムネム③
すだまから連絡があったのは、ネムネムランドの入り口で待つ、ということだった。
遊園地の中に入る段階で、澪はいつのまにかいなくなっていた。
神出鬼没なのはいつものことだ。今回は入園料を浮かせたかったのだろうか。
問題は、すだまがどこまでを「入口」だと思っているのか、という話だが――荷物検査を終え、ゲートをくぐると、こどもたちがわいわい騒いでいる。
中心に見えるのは狐耳である。迷子にはならなかったようで一安心だ。
「きつねさ~ん! こんこんして~!」
「しかたがないのう。ほら、こ~んこん」
すだまがこどもたちに向け、両手を狐の形にし、本物の狐とは似ても似つかない鳴き真似をする。
場はドッと沸いた。すっげ。教育番組みたい。
すでにこどもたちの心はすだまに鷲掴みにされているらしい。
「祈!」
俺に気づいたすだまは顔を輝かせ、すぐにこちらへ駆け寄って来た。
すだまに群がっていたこどもたちが、不満げな顔をしている。
中には俺を睨みつけてくるやつすらいる。将来有望だなおい。
「おう、すだま。馴染みすぎて、ここの従業員かと思ったわ」
「ここではゆっくり話もできぬ。おいで」
間髪入れず、すだまは俺の手を握った。
そのまま歩き出したので、先ほどまで構われていたこどもは皆悲しみ、不満そうな顔になる。
うお、俺が悪役みてえ。
「きつねさん~!」
「いっちゃうの~?」
すだまは、不満を言いに近寄ってきたこどもたちの頭を、ひとりひとり撫でた。
「すまぬな。縁があればまた会えるじゃろう」
最後に、落ち込んだ顔をしていたものの、すだまには寄ってこなかったこどもには、すだまから近づいていって、頭を撫でてやっていた。
その子は顔を輝かせて、にこにこと手を振りながら、俺たちを見送った。
――ファンサが手厚すぎる。
もうこりゃグリーティングだ。
この一瞬で、未来ある彼らの性癖が、おかしくなっちゃっていなければいいが。
「マジでなんで遊園地?」
手を引かれながら、俺は聞く。
すだまはいつになく早歩きで、俺はついていくため必死に足を動かしていた。
「ネムネムとやらは、お主の友と聞いておったが?」
「ああ。そりゃそうなんだけど、なんでネムネム?」
「向こうから来おった。仁と雷電の争いの最中、仲裁に手を貸してくれたのう。わしでは少々手荒になりそうだった故、助かったが……祈の采配ではなかったのか?」
「ああ、俺ではねえな」
アイアンクラッドとライデンの争いへ、手荒に割って入れると思っているすだまのことは、一旦置こう。
ネムネムランドには城がある。名前はそのままネムネム城。
パークの中央に存在しており、ランドのどこにいても見える名所だ。
だが、ネムネム城はアトラクションではない。一般入場不可。
背景にして、写真を撮るだけの施設だ。
なぜなのか?
皆は「ネムネム城には、ネムネムが住んでいるから」と納得している。
事実、パレードの際には城門から、たくさんのネムネムが現れるのだ。
夢のないやつは、ネムネム城を、控室、事務室、バックルーム、と思っているのだろう。
俺は逆に夢を見ていて、ネムネム城の中はマジの城砦になっていてほしい派だ――とはいえ、実は中に入ったことがある。
入ってすぐのエントランスまでだ。
ネムネムは城の中を案内したがったが、俺は城砦説を失いたくなかったため断った。
あとはなんかこう、遊園地のバックヤード的な場所って、見ちゃいけないもの多そうだからだ。
そんなネムネム城、城門の前にすだまと俺が立つと、内側から勝手に門が開いた。
俺は何度入っても緊張するが、すだまはなにも気にしていない様子で俺を引っ張っていく。
城内に一歩踏み入れた瞬間、外の喧騒は一瞬にして遠ざかった。
赤い絨毯が真っ直ぐに伸び、その両脇に大階段が左右対称にそびえ立つ。
天井から吊るされたシャンデリアの光がきらめき、石造りの壁と、そこに飾られたタペストリーを照らし出す。
足音が高く反響して、まるで本物の城に迷い込んだかのようだ。
ただ、隅に光る非常口の緑の表示だけが、ここが遊園地であることを思い出させた。
ホテルのエントランスのように、いくつかの机とソファが置いてある。
俺がネムネムとゆっくり話す――無論発音しているのは俺だけだが――際には、よくそこを利用したものだ。
今は、死ぬほど、いや、殺しそうなほど不機嫌な仁がソファで貧乏ゆすりしていて、石壁の隅っこにD.E.T.O.N.A.T.E.が立ち尽くしている。
やはり俺の心配事はあたったようだ。
荘厳な城が一気にお化け屋敷みたいになってるじゃねえか。
一般人が立ち入りできないエリアにいてくれてよかった。
「さて、ゆっくり話せる場所まで来たな」
すだまは手をはなし、俺と向き合った。
「では問おう――そのにおいはなんじゃ?」
言われた瞬間は、なんのこっちゃ、と思った。
だがすぐに思い当たる。俺ってドッグフードのにおいでもしてんのかなと思ったばかりだ。
野良猫撫でて帰ったら、家猫に嫉妬されるみてえなアレか?
しかし、事態はそれほど呑気なものではなかった。
すだまの殺気は本物だ。
普段仁を相手にしているんだ。殺す気があるかないかくらい、すぐにわかる。
「どこの馬の骨に穢された。――いや、いや。言わぬでよい。においで充分追える。わしが狩って来よう。首級は要るか?」
「待て。すだま、待て」
毛を逆立たせているすだまに、落ち着くよう呼びかける。
しばらく、瞳孔の開ききった目で俺を見ていたすだまは、大きく口を開けてため息をついた。
真っ赤な舌と、鋭い牙が覗いている。
「わしの祈に、いい度胸だのう。まったく、少し目を離したらこれじゃ。あまり魅力を振りまくでない」
瞬間、俺の全身が燃え上がる。
「うおーっ!? なにやってんだ!?」
青い炎だ。情緒をおかしくしたインフェルナを思い出す。
だが、熱くはなかった。
すだまはなんでもないように、説明した。
「浄化じゃな。清めるには水か炎がよい」
「すだま……! おま、お前さあ……!」
火はすぐに消えた。
だが、俺の心臓は早鐘を打っている。
なにしろ俺は、最近全身丸焼けになったばかりだ。
「おおすまぬ、怯えさせてしもうたか。わしの未熟さ故、祈の事情にまで考えが及ばなんだ」
「それでお前の気が済むんならいいけどよ……」
遊園地なんて火気厳禁に決まってんだろマジで。
俺は山ほどある文句を、なんとか飲み込んだ。
一応こいつ、俺がこんがり焼けたのをその場で見ているはずなんだが?
しかし、今のすだまは情緒がおかしくなっている。下手に刺激しない方が良いだろう。
すだまは耳を手前に傾け、しゅんとしている。
「すまぬ……」
「いいよ、許す許す。俺も今度から犬に舐められねえようにすっから」
「よい心がけじゃ」
すだまは満足そうに頷いて、こう言った。
「わしは用事を思い出した。わしらがここにきた、詳しい事情は他のものから聞くがよい」
「それはいいが……殺すなよ? なあ? 大丈夫だよな?」
「ああ。殺生はせぬ」
すだまはにっこり笑ったが、瞳孔が縦に割けている。
「言葉が理解できぬものへのやり方を、してくるだけじゃからな」
指の骨をポキポキと鳴らし、やる気満々のようだった。
かつてすだまにD.E.T.O.N.A.T.E.を紹介した際、「知能が足りないあやかしへの対応」とやらをやろうとした。
具体的な内容としては「まず上下関係を教えるために叩きのめす」。
……不思議犬、南無。
よっぽど邪悪な存在でなければ、すだまが面倒見るだろう。
すだまは根っからの世話焼きだからな。
「やりすぎんなよー」
すだまの背中に声をかけ、見送る。
さて、こいつらがここにいる事情を聞こうにも、まともに喋れる奴がここにはいない。
仁の言葉はすぐ罵倒になるし、D.E.T.O.N.A.T.E.はD.E.T.O.N.A.T.E.だ。
ネムネムは見当たらないが、ネムネムもジェスチャーしかできない。
……やはり俺はすだまを引き止めるべきだったのでは?
まあいい。順番にやるべきことをやっていこう。
「仁、俺に言いたいことある?」
「……」
「ないならいいんだわ。新しい家みっけたら住む?」
「はァ?」
仁は素っ頓狂な声を上げ、意味がわからないものを見る目で俺を見た。
その程度のリアクションは想定内だ。動じることはない。
俺は再び、同じ提案をした。
「住む?」
「……広いならな」
仁はそっぽを向きながら、そう言った。
ツンデレのデレなんかな、これ。
直前に家破壊されてるからあんま嬉しくねえかも。
俺では仁を扱うことはできないが、俺以上に仁を扱えるやつもいねえんだから仕方がない。
小粋なジョークを言って、仁の殺気を紛らわせられるやつが、俺以外にもいたらいいんだけどな。
「次家壊すなら、変形合体ロボにした上で俺に見せてくれるか?」
「死ね」
まあ、この小粋なジョークは不発に終わったわけだが。




