炎熱ヒーロー・インフェルナ③
戦う相手を失ったインフェルナがこちらに歩いてきたので、拍手で迎える。
「おつかれ〜。強かったなインフェルナ」
褒められるとライデンはもじもじし、雪狐はハキハキ礼を言ったが、インフェルノはどうだろう。
顔に該当する炎を眺めていると、炎の勢いがどんどん弱くなっていった。
強火だったのがとろ火くらいになり、ついには炎が消える。
そして人間の女の顔がでてきた。
うわ、これ大丈夫か? 異形頭好き勢が知ったら解釈違いで死にそう。
てかヒーローなんだから簡単に素顔晒さないでくれるか?
文句を言おうとすれば、女の頬を涙が伝った。ぎょっとする。
「わ、私、女の子の人生をめちゃくちゃにしてしまった……」
「な、なにも泣くこたないだろ……」
それからその言い方は非常に語弊がある。
そこまでじゃねえよ、腕に手形ついたくらいで。
インフェルナは俺の腕をうっかり焼いたことを、恐ろしく悔いているらしい。
まあ、悪気なく人を傷つけたら動揺もする。
事故で人轢いちゃったとか、ぶつかって転ばせちゃったとか、そんな感じの罪悪感だろう。
ヒーローなんかやってる正義感からか、そういうのを人一倍悩むタイプらしい。
ここで俺の特異体質について話してやってもいいが、このヒーローとは初対面だ。
まだそこまでの関係じゃないよな、2回目から考えよう。
ぐずぐず泣く女を適当に慰める。
「ほら、お前がめっちゃ有名なヒーローになって、この手形が人に自慢できるくらいすっげえサインになるように頑張ったらいいんでないか」
「ぐ、ぐす……っ。なんてやさしいんですか、おじょうさん……」
涙で化粧が崩れ、顔面がすごいことになっている。
マスカラだかアイラインだかわからないが、滲んだそれで目の周りがパンダのように真っ黒だ。
俺はポケットからハンカチを取り出し、インフェルナに手渡した。
「どしたん、俺でよかったら話聞こか?」
相変わらず俺の慰めは適当だったが、彼女の涙腺はもっと崩壊した。
こんなんで泣くくらい弱っていたのだろう。悪い男にひっかからないか心配だ。
今の俺は女なのでセーフかな。慰めてやるか。
そう思い話を聞いていたらまるで話は終わらず、警察が来ても一向に話が終わらないので、インフェルナは俺を抱えてファミレスに来た。
ちなみに頭は燃えておらず、公衆トイレでヒーローコスチュームを着替えていたので、ここにいるのは化粧の崩れた成人女性だ。
多少顔を洗ったのか、目元のパンダ具合はマシになっていた。
ボストン眼鏡の似合う真面目そうな女性だ。
眼鏡は普通の服に着替えてからつけていたので、燃えても平気な特別製という訳ではなさそう。
インフェルナは赤沢雛と名乗った。
30歳の元事務職で、退職して今は無職。
雪狐――幸也と違って若く見えるな。化粧ぐずぐずだけど、童顔なのはわかる。
ヒーローなんだからあんま普通に身分明かさないでほしいが、また泣かれたら困るので文句は言わない。
「昔からそうなんです。ドジでのろま、力ばっかり強くてお淑やかとはかけ離れて……」
彼女の話は飛び飛びで、就職活動の苦労を話したかと思えば、小学生時代の黒歴史を話し出したりする。
話を遮らずに聞いてやり、適当な相槌を打つ。
俺は適当なおじさんなので、適当に話を聞くのが得意だ。
飲み会でのおじさんの話なんて覚えてる必要ねえんだから。
「私、本来の姿はヒーローやってる時の方なんですよ。つまり頭は燃えてるのが普通なんです」
「今は普通じゃねえってこと?」
「無理してます、普通の人間のフリするために。めちゃめちゃテンションを下げると人間の頭になるんです」
「……そりゃ大変だな」
人の顔になってから、彼女の表情がずっと浮かないのはそういう理由だったのか。
俺が泣かせたからってだけでなくてよかった。
しかし聞く限りそれは大変すぎる。
テンション上げたら頭が燃え、そうならないように気をつけ続けているのなら、人生楽しくねえだろ。
インフェルナは死んだ目で薄く笑った。
「家にいる時は頭燃やしまくってますよ」
「眼鏡はどうすんの?」
「燃えてる時は目悪くないんです。視界以外で見ているというか。うまく説明できないんですけど、耳じゃないもので聞いて、口じゃないもので喋っているというか……」
「ほへえ〜」
「自分を偽って生きるのは疲れる」
とてつもなく疲れた顔をして、ヒーロー・インフェルナは呟いた。
「ある日突然、なにもかもどうでもよくなっちゃって……いっそのことすべてめちゃくちゃにしてやろうと思ったんですけど……」
「おおう」
ヴィラン誕生秘話を聞いていたのか俺は?
「いざやろうとしたら怖くなっちゃって、意気地無しですね。帰ろうとしたらヴィランが暴れ始めたんで、やった! これなら大手を振ってボコっていいぞ! と思って……」
サンドバッグになってくれてありがとう、見知らぬヴィランよ。
そのおかげで凶悪なヴィランが生まれずに済んだらしい。
インフェルナがヴィランになっていたら、俺は既に何回か焼死してんだろうな。
「そしたらなし崩し的にヒーローになっちゃってて……最初暴れかけた手前、やらないと申し訳ない気持ちになり……」
「成り行きでヒーローになることあんだなあ」
「私なんかそんな器じゃないんですよ! 今失業保険で生活してるんです! 自分も助けられてないのに他人が助けられるかってんだ!」
「自覚あるだけ偉いよ。もっと自分を大切にできるようになっていこうな」
「う、うう……天使ィ~!」
この荒ぶり様を見ると、ちゃんとしたカウンセラーが必要そうだな。
しかし超人は一般的な存在ではないから超人と呼ばれるのだ。
特殊な能力を持った人間をカウンセリングできる心理療法士はなかなかいねえだろう。
「あんま一人で思い悩むなよ? 俺でよかったら話聞くけど、もっと頼れる人を増やしな」
「う、うええん……! そんな人いたらここまでなってない……!」
「極まってんな」
火災報知器が鳴り、スプリンクラーが作動した。
ファミレスの中にいた人々は突然びしょぬれになって、悲鳴を上げるなり悪態をつくなりしている。
原因であろう彼女は机に突っ伏した。泣いてるのかもしれない。
スプリンクラーからの水で濡れた前髪を耳にかけて、インフェルナに提案する。
「火傷しないパートナーと組んだらいいんでない?」
「そんな人が都合よくいるわけ……」
いるんだなこれが。