サイコメトリー・高遠ことは②
彼女はくすくす笑った。
「わたし、糸絡さんとおあいしたときには、集中治療室にまで、はいったんですよ」
「……災難だったな」
糸絡は6本の腕を持ち、8つの目を持つ男だ。
そりゃあ、思考を読もうと思ったら、普通の人間よりよほど情報量が多いだろう。
糸絡は俺と会話しながらも、いくつかの目と手は別の仕事に使っていた。
当然、思考も複雑だろう。3人分くらい同時に心を読んだ、程度の負担にはなりそうだ。
おそらく、彼女の頭が特別悪いというわけではない。
一人前の自分の思考、それにプラスで他人の思考。
負荷は2倍だ。
上乗せされるだけで、脳みそが限界を迎えてもおかしくはないというだけの話である。
俺は後ろをちらと振り返り、改めてドアの位置を確認した。
「あー、具合はどうだ? 俺は目の前から消えたほうが良い?」
糸絡ほどでなくとも、俺はおそらく、彼女にとって心を読むのがつらい人間のはずだ。
公安が彼女との対話に困っているというのも理解できる。
おそらく、ここに所属しているような人間は皆、頭が良過ぎるのだ。
それだけで、彼女にとっては負担である。
彼女と会話をするなら、複雑な思考をしない人間が適任だ。
えーと、アホな知り合いいたっけな。
あんま思いつかん。面影?
俺が退出する方向で考えていると、彼女は首を横に振った。
「いいえ。わたし、すでにあなたのこと、かなり好きです」
「おーっと。そりゃ、ありがとう?」
予想外に愛の告白をされ困惑する。
一度も喋ったことのない人間から告白されたときのような気分だ。
状況的には間違っていないか?
この場合、好きというのはそこまでの意味を持っていないだろう。
俺の顔はそれなりに整っているので、そういうことがあるだろうとも思えるが。
てか、まあ、そういう経験は、実際ある。
彼女の言う好きは、そういうのではなさそうだった。
心が読めるのなら、俺とは違う世界を見ているだろう。
聞いていい範囲のものかわからなかったので、何も言わない。
言ってもいいと思えば、彼女が自分から説明してくれるだろう。
案の定、口を開いた彼女は、なぜ俺を好きになりかけているのか話してくれた。
「ご配慮いただいているのが、すぐにわかりますから。気味が悪いよりも気まずいとおもって、自分のためでなくわたしのため、思考を制限しようとしている。やさしいひとですね、祈さん」
「それほどでも」
反論ならいくらでも思いつくが、口にするのは失礼だ。
俺を優しいと思うのならば、そう思わせておくのが本当のやさしさというものである。
心を読める相手に、こういう配慮が必要なのかはわからない。
「はい」
彼女はそう言って、くすくす笑った。
ま、俺の配慮は無駄ではなかったということだろう。
見る限り、調子はよさそうだ。体調は悪くなさそう。
それだけで、少しは肩の力を抜ける。
俺はきっと、普通の人間よりも、多くの苦痛を知っている。理解できる。
だからこそ、俺ではない人間が、苦しんでいるのを見るのは、つらい。
俺ならば、その苦痛からもっとはやく抜け出せるだろう。
慣れているから、それほど苦痛に思うことも、ないかもしれない。
他人の傷や病気を見ると、肩代わりしてやりたくなるのに、俺にはできない。
心配して、医者に託すことくらいしかできない。それがもどかしい。
「あなたならいつか、そういうことができるようになるのかもしれません。ですが、大切な人に傷ついてほしくないと思うのは、あなただけではないということを、忘れないでいてくださいね」
「肝に銘じとくよ」
心を読める人間からと思えば、肝に銘じるしかない言葉だ。
できるだけフラットな気分でいるよう心掛けているが、多少の気まずさは隠せない。
俺のしょうもない考えを読まれ、俺が恥ずかしい思いをするのは問題ないとしても、向こうを不快にさせていないかと不安なのである。
それでもやはり、彼女はふにゃふにゃ笑った。
「あなたのご友人……じん? おともだちに、感謝を。じょうずですよ、祈さん」
人で言いよどむのならば、該当する友は限られている。
この場合は、おそらくナナメさんだろう。
俺はテレパシーで会話をするのに、きっと人並み以上に慣れている。
「ええと……なにを言葉にすれば、いいのかな。ごめんなさい、聞いてください」
眉を下げながら、彼女はそう言った。
彼女のテレパスは、ナナメさんよりも感度が良さそうだ。
心を読むことに、能力が特化しているのだろう。
ナナメさんの能力は未来視に振られている。
テレパスはさほど得意ではなくて、ナナメさんの思考を俺に伝えることはできても、俺の思考を丸々と読み取ることはできない。
だから俺は不審者の誹りを受ける可能性を甘んじて受け入れ、水族館でナナメさんに口頭で話しかけていたのである。
だから、言葉にしてくれという彼女の頼みを、負担に思うことはない。
俺は願いを口にした。
「俺と友達になってくれるか?」
「ぴゃっ」
彼女は俺の発言に対し、跳びあがるように肩をあげた。
それを見て、俺も眉を上げる。どうやら、質問を間違えたようだ。
「悪い、なんか……違ったか? こういうことではない?」
俺の心が読めるのならば、俺が次に口にする言葉もわかっているのかと思ったが、そういうわけでもないのか?
視線をD.E.T.O.N.A.T.E.よりもぐるんぐるん回しながら、彼女はうわごとのように言った。
「あぇ、あの、えっと、いえ、はい、いいえ」
「落ち着いてくれ。ゆっくりで、いいからな」
支離滅裂なことを言い始めたので、落ち着かせるべく声をかける。
俺もなるべく、なにも考えないようにした。
複雑な思考は、負担をかけてしまうだろう。
瞑想、禅、マインドフルネス。
深呼吸、息を吸って吐く、その動作についてだけ考える。
息を吸って肺を膨らませ、息を吐いて肺をへこませる。
鼻から吸って、口から吐き出す。
この頭は性能が良いので、考えないようにするのは大変だ。
深呼吸するだけでいちいち、人体にある肺胞の数は3億から6億、倍近く差がある人間がいるとかおもろいよなとかどうでもいい情報が頭をよぎってしまう。
ここが寺だったら、坊主に肩をスパンと叩かれているところだ。雑念が多い。
「お、おともだちには……なりたいと、おもっています。なれるかは、わかりませんが」
「いいぜ。んー……俺の考えていること、わかるか?」
俺がひとつの考えに集中すると、彼女はぽぽぽ、と頬を赤く染めた。
「お、お好きなように……し、しいていうなら、ことはちゃん……で……」
「オーケーわかった、ことはちゃん」
彼女をなんと呼べばいいか、という俺の思考は無事に伝わったようだ。
心の中が筒抜けになる以上、彼女自身が何と呼ばれたいかは重要だろう。




