炎熱ヒーロー・インフェルナ②
駅の構造ってのは複雑だ。
改札を出たんだからそこが1階だと思えば、2階だったり地下だったりする。
俺は駅近くにある贔屓のドーナツ屋に向かっていたが、突然壁が吹っ飛んできた。
当然ヴィランだ。吹っ飛ばされた先はガラスで、俺はまたガラスを突き破る羽目になった。
さらに災難なことに、飛び出した先は空中だった。
改札出てすぐだったんで俺はここを地上だと思い込んでいたが、意外に3階くらいだったんだなあ。
落下しながら呑気に考える。
マジで嫌だが、落下した後の傷はそれほど再生に時間がかからない。
ほぼ圧死と同じような感じだ。潰れたり折れたり破裂したり、ってなところである。
これまでヴィランに巻き込まれてきた結果、そういう怪我は何度もしてきている。てか落ちて叩きつけられるのも初めてではない。
しかし、俺がコンクリートの地面に叩きつけられるよりも前に、ヒーローが現れた。
ライデンではない。炎をまとう女性ヒーローだ。
名前はインフェルナ。
業火を意味するインフェルノのもじりで、炎を操る。
他のヒーローとは異なり、インフェルナは顔を隠すマスクをつけていない。
代わりに、首から上が燃えている。
その炎の先に顔があるのか、はたまたその炎自体が顔なのかは不明だ。
この世界はこういう外見に影響が及ぶタイプの異能力もそれなりにある。
炎をエンジンのようにして空を飛べるらしく、めちゃくちゃヒーローっぽいヒーローである。
顔はわからないが、首から下は確実に女性のものとわかる。
単純に言えばナイスバディ。多くの男性を異形頭好きに目覚めさせたと評判だ。
初の女性ヒーローということで、女性にも人気である。特に女児。
そんなインフェルナに腕を掴まれ、落下死を免れた俺だが、怪我はした。
ジュウ、と肉の焼ける音がして、俺の腕は掴まれた手の形に真っ赤になる。
インフェルナは体温が高いらしい――顔も燃えてるしな。
この手形が頬っぺたについていたら、紅葉のようなザ・ビンタ痕になっていたのだろう。
半ば現実逃避でそう思う。これ、ケロイドになるだろうな。
俺が直接的な母の死因であろう圧死より、焼死を嫌だと思うのは、死ねなかった時に最悪だからだ。
火傷は治すのにもっとも時間がかかる傷だ。
体の組成が熱によって変質してしまうので、火傷を負ったその部分ごと作り替える必要がある。
切り裂かれた部分同士をくっつければ良い刺傷や切傷よりも、はるかにコストがかかるのだ。萎える。
体が潰れたのを治すよりも、なんなら失った部位を再生するよりも、火傷はさらに時間がかかるということだ。
俺に度胸があれば火傷の部分を切り落として再生するのだが、コスパのためにそこまでのことはできない。痛いし。グロいし。
ヴィランから刺されるのはしょうがないと思えるが、自分で自分を刺したら怖いだろうが。えぐりとるとなると尚更。怖~。
「き……」
目の前のヒーローが何かを言いかけたが、もっとよく聞こうと耳を澄ます必要はなかった。
「キャーッ!!!」
続いたのは言葉ではなく、絹を裂くような悲鳴だった。
叫ぶなら大火傷を負った俺の方だと思うのだが。
インフェルナは頭部の炎をごうごうと燃やしながら、早口に言った。
「ご、ごごごごごごめんなさい温度調節を間違えてっ! 嫁入り前の娘さんになんてことを!」
「おお……そんな気にすんなよ、事故だろ。てか前見ろ前、ヴィラン来てるから」
「ヒィーッ! 離れててね、危ないから!」
炎を纏うヒーローは、情けない悲鳴をあげたあとヴィランに立ち向かって行った。
イメージと違うな。
雪狐の前例があるのでそれほど驚きはしない。
離れていろと言われても、俺の足は遅い。
逃げたところでなあ……という諦めもある。
どうせ俺が逃げ出した方向に転がってくるんだろ、ヴィランが。
インフェルナが対峙するヴィランは、アイアンクラッド。
金属を操るヴィランで、俺とライデンが初めて会ったときにライデンが戦っていたやつである。
つまり3年経っても捕まっていない強敵だ。
炎熱と金属の相性は、たぶん悪かった。
インフェルナはアイアンクラッドの操る金属をドロドロになるまで溶かすことができたが、アイアンクラッドは高熱で融けた状態の金属でも操ることができた。
金属の塊を振り回してくるだけで脅威だったアイアンクラッドは、超高温の金属を振り回してもっと危なくなった。
ある意味相性いいのかも。
アイアンクラッドがヒーローだったら、インフェルナといいチームが組めた。
いや、殺意高すぎるか?
インフェルナがヴィランだったら、アイアンクラッドと組んで取り返しのつかないことになっていた、の方が正しいのかもしれない。
それでもインフェルナはかなりいいとこまで追い詰めたと思ったんだが、やはりアイアンクラッドも長いことヴィランやってるだけある。
引き際の見極めが上手い。
アイアンクラッドはインフェルナの追撃を躱し切り、逃げていった。
ヒーローの戦いをまじまじと見ることってそんなにない。
なぜなら序盤か中盤で俺がヴィランにボコされるからだ。
今日は珍しい経験をした。
アイアンクラッドの猛攻から俺を守りきったあたり、インフェルナはライデンより優秀なのかもしれない。
さすがにそれは早計か?
ライデンvsアイアンクラッドはあの日以来近くで見てねえし、今やったらライデンもちゃんと俺のこと守りきれんのかね。
しかしインフェルナの戦いにも問題は多々あった。
駅周辺めっちゃくちゃ。
そりゃアイアンクラッドは高温の金属振り回してたし、インフェルナは燃えるパンチやキックを繰り出してたから、大火事になっていないのが不思議なくらいだ。
さすがにインフェルナの能力か?
体から離れた炎でも操れて、消火できるのかもしれない。
俺以外にも市民に攻撃がいかないよう守っていたし、その際に明らかな死角でも対応していた。熱による生物探知とかもできんのかも。
いいねえ、多彩なヒーローだ。