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ヒーローにゃなれねえから犠牲者やる  作者: 九条空


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血糸ヴィラン・ビットヴァイン④

 またねー! と元気に両手を振って、ビットヴァインは俺を送り出してくれた。


 そう言われたからには、また会いに来よう。

 彼女は己をあまり頭がよくないと称したが、そんなことはなさそうだ。

 少なくとも、俺が「今の俺たちのままでダチになろう」という言葉に込めた意味を、正確に理解した。


 ビットヴァインには、脱獄をしてほしくなかった。

 強引な手を取らないで、正式に外に出てほしい。


 公安に所属する以外の道を与えてやりたかった。

 彼女も暗殺者になることを望んではいないだろう。

 ほかの道を探すには、もう少し時間がかかりそうだ。


 そのときには彼女の拘束が外れているといいが――もちろん、ビットヴァインが自力で外すという意味ではなく、公安からその必要がないと判断されてほしいという意味だ。


「正直引いてるよ、おじさんは」

「開口一番なんだてめえ」


 部屋を出た先ではヘイズフォグ――薄井ちゃんが待っていた。

 ビットヴァインが拘束付きで閉じ込められていたのは、取り調べ室のような部屋だ。

 マジックミラーで、外にいる人は中を覗くことができる。


 俺たちの話を外から聞いていたのだろう。

 にしたって引かれる筋合いはない。

 盗み聞きされてこっちが引くならまだしも。


「ラットロードが祈ちゃん連れてきた時は、そりゃオレは適当なおじさんだから手を取りあえたけど、全部のヴィランとンなことできるわけないよね、って思った」

「それであってるよ。お前がザ・ヴィランじゃなかったから協力してやったんだ。これからも全部のヴィランとなかよくやれるわけじゃねえ」

「それが嘘くさく聞こえてきたなあ」


 澪にも同じことを言われた。

 なんなんだ。少なくとも俺は本心からそう言っている。


「ビットヴァインは素直ないい子じゃねえか。公安には性悪の口下手しかいねえのか?」

「だっはっは! それはそうかもね!」


 薄井ちゃんは大爆笑だった。

 性悪の口下手だという自認があるのだろうか。

 どっちもちげえだろ――ああいや、もう公安じゃねえのか。


「腹芸は誰が担当してんだよ。ここまで世間に異能者を隠しきったんだから、もっとうまいやつがいねえとおかしいだろ」

「他の暗躍に手一杯で腕が足んねえんでしょうな。なにしろ国の中だけでなく国際問題もやっとるもんで」

「公安も人いねえなあ〜っ。次から次に異能者殺してっからだろ」

「でしょうなあ」


 薄井ちゃんはポケットから煙草――ではなく、棒付きキャンディを取り出して包装を開けた。

 禁煙でも始めたのだろうか。能力的に弱体化するのでは――いや、煙草を吸っていることが能力の拡張性に繋がっているわけではないのか?

 薄井ちゃんがキャンディをくわえるのを眺めていて、急に気づいた。


「……あ! つかなにお前当たり前みてえなツラで公安に顔出してんだよ! ヒーローやるんじゃなかったんか!」

「それなんですがねえ。おじさんもやっぱり他人ばっか頼るのは良くねえってことで、自分で働きかけることにしたんだよね。ヒーローの公認」

「お、いいねえ。いい加減真面目に生きろ」

「耳が痛えなあ」


 キャンディをわずかに噛み砕いて、薄井ちゃんは渋い顔をした。

 チェインスモークの勢いでキャンディを食うとしたら、今度は糖尿病が気になっちまうんだけど。


「それができるんなら俺にとっても随分有利だ。もう少し公安に協力してやってもいい。どうせビットヴァイン以外にもいるんだろ、扱いに困るヴィランが」

「……そりゃいますが、もしかしてヒーローに更生させるつもりかい? 中々きっついんじゃねえかなあ……」

「無理そうならそれでもいいよ。でもできた方が進むだろ、ヒーロー制度の実装」

「そりゃあね〜……」


 言いよどんだ薄井ちゃんは、ガリガリと飴を噛み砕いた。

 突然の禁煙は、ゆらちゃんの進言だろうか。

 女の尻に敷かれるのが似合うおじさんだなあ。


「一緒にがんばろうや、薄井ちゃん。お互い守りてえものがあるだろ」

「大人顔負けってなくらいしっかりしてんねえ、祈ちゃんは」


 お互いに、父と娘だ。

 立場は逆転すれど、あるいは同じ部分もある。

 いや俺は男だけどね? 対外的にはね? 一応娘ってことにはなってっからね。


 飴のなくなった棒を噛みながら、薄井ちゃんは俺を見て笑った。


「おじさんにとっちゃ、祈ちゃんも守ってやりてえ子だ。頑張りすぎんといてくれや」

「……第二の妻に俺を狙っている?」

「なっ! 人聞きの悪い! 今のセクハラだった!?」


 俺の発言に、薄井ちゃんはめちゃくちゃ焦った。

 ライデンやアイアンクラッドが現れたときよりも、地下鉄で娘の救助作業を行っていたときよりも動揺している。

 おじさんにとってセクハラというのはそれほど恐ろしいことだ。俺も理解している。

 さっきの場合、俺の方がセクハラだった。いけねえ、体が美少女だと油断してしまう。


「冗談だよ、悪い」

「心臓に悪い冗談は勘弁してくれ。死ぬなら肺がんって決めてんだから」

「お前こそ最悪な冗談やめろ。好感度がプラマイゼロになっただろうが」

「ごめんごめん、口が滑った」


 こうしてしっかり謝るあたり、俺の父ががんであるということは公安にとって周知の事実なのだろう。

 いや~ね、個人情報がダダ漏れだわ。


「これ返すよ」


 薄井ちゃんがポケットに手を突っ込んだので、飴か煙草が出て来るかと思ったのだが、出てきたのは注射器だった。

 見覚えのある注射器だ。

 俺が薄井ちゃんに渡した、治験段階の治療薬である。

 突っ返す理由もないので受けとるが、薄井ちゃんに確認する。


「いいのか? 別に預けといて構わねえと思ったから渡したんだぜ。治験段階だからいざというときにしか使ってほしくはねえが、それが欲しくて薄墨んとこにちょっかいかけたんじゃねえの」

「祈ちゃんにはお見通しだったか」


 あれはデルタの指示ではなかったのだろう。

 ヘイズフォグの意思で、俺の薬を狙った。

 これまでのデルタは、俺の薬を目的としたことはない。


「別にいいんだぜ。奥さんの二の舞にならねえようにしてえんだろ」

「聞きましたか」


 薄井ちゃんはふーっ、と煙を吐き出した。

 煙草は吸っていない――そりゃあ、体を煙にできるのなら、吐息を煙にすることもできるのか。


「いえね、思い直したんですよ。今までのオレは後手後手すぎた。最悪の場合になったときのことは考えて、どうするか対策練ってたが、そもそもそうならないようにするためにゃあ行動してなかったんだよなあって」


 キャンディーの棒を手のひらの中でへし折りながら、薄井ちゃんは言った。


「もう誰にも、ゆらに指一本触れさせねえ」


 プラマイゼロになった好感度は、ちょっとプラス寄りになった。

 守りたいものがある人間のことは、応援したくなるものだ。


「夢の中ならいいか?」

「……ほんとに遊びにいってんの?」


 このリアクションを見るに、ゆらちゃんから話は聞いていないらしい。

 彼女は宣言通り、夢の中で俺に会いに来ている。

 いくらか相談を聞いているが、この様子なら、俺が聞いている相談はそのまま、パパには言えないようなことなのだろう。

 相談内容は秘匿したまま、俺は薄井ちゃんに言ってやった。


「あーあ。どれだけ雑談してくれるかは親子の仲良し度に直結だぞ。さっきのはヒーローとしちゃいい意気込みだったが、パパとしてはもっと頑張れ」

「肝に銘じときますよって……」


 ため息のような音量で、薄井ちゃんは言った。


 親には言えないことがあるのが、人としては正常だ。

 必要ではない会話がどれだけできるか、というのは、仲良しさをはかるひとつの基準だと俺は思っている。

 話題がいくら面白くなかろうが、会話を重ねるのは、仲良くなりたいですよという表明だ。


 ま、出会ってそれほど経ってもいない他人のご家庭に踏み込むのはお節介がすぎるか。


「サインは考えたか?」

「気がはやすぎんでしょ」


 ……雪狐もインフェルナも俺が会ったときにはサインあったって言わない方がいい?

 いや、あいつらは俺が会ったときには既にヒーローとしてそこそこ名が知れてたか。


「俺はそれなりにヒーローにゃ詳しいつもりだぜ。困ったら相談しな」

「頼もしいったらないね」


 完全にお節介だが――ヘイズフォグは完璧であろうとしすぎて、他人を頼れないタイプな気がするんだよな。

 だからこそ、他の人間からも頼られない。

 これだけ適当おじさんっぽい雰囲気を醸し出しておきながらそうなので、筋金入りだ。煙のくせに。

 その生き方はずっと昔から変わらないのだろう。


「前みてえに頼ってくれてもいいんだが?」

「あんなこと何回もあったらおじさんの寿命縮んじゃう」

「んじゃ、命に関わらんことで頼ってくれや。俺もそっちのが気楽」


 軽く笑った薄井ちゃんは、俺にこう聞いた。


「最近の女の子は何が好き?」

「ごめん。本当にごめん、わかんねえ。調べておきます」

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― 新着の感想 ―
すだまさんならきっと女の子にくわしい…… たぶんぼちぼち近所の知り合いができて、きらら時空みたいなん生成し始めてると思うんだ
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