血糸ヴィラン・ビットヴァイン①
すだまが作ってくれたからあげを食っていたら、玄関のチャイムが鳴った。
立ち上がりかけたが、すだまが「よいよい」というので任せる。
これで宅配だった場合、突然狐耳のじゃロリを見た宅配員が驚きでひっくりかえる可能性があるな。
結局知り合いだったので、俺はからあげを食いながら対応した。
「打診したいことがあるでやんす」
「ロクなことじゃないわ。聞かなくていいわよ、祈」
再び我が家を訪ねてきたラットロードが、リビングで腰を落ちつけるなりこちらに頭を下げた。
澪は呆れた表情を隠さず、俺にそう忠告してくる。
からあげを麦茶で流し込み、澪に言う。
「ラットロードはカワイイ後輩なんじゃなかったのかよ?」
「かわいいわよ~溶かしちゃいたいくらい」
「それがどういう感情なのかわからねえな」
目の中にいれても痛くない、みたいな感じなのか?
かわいくて食べちゃいたい、みたいなこと?
それともドロドロに溶かして殺しちまいてえぜ、という純粋な殺意?
「退職者としてアドバイスすると、公安に関わるとロクなことにならないわよ? このあたりで引いておくべきだと思うわ」
「もちろんその忠告は大切に聞くさ。引きたくなったら、俺の手を引っ張ってくれるか?」
澪は俺をじっとりと睨んだ。
「たらし」
「ああ? んなことねえよなあ?」
「いいえ、たらしでやんす」
「結託すんな」
澪とラットロードで、若干敵対の雰囲気出してたくせに、なに突然仲良しやってんだよ。
俺を共通の敵として仲を深めるんじゃねえわ。
ラットロードが本題に入る。
「次から次にヴィランを口説き落としてきたその手腕を見込んで、ビットヴァインの更生教育をお願いできねえでしょうか」
「一旦前半は無視してやるよ。ビットヴァインかあ」
誰が手当たり次第にヴィランを口説くナンパ師だ、という文句は言わないでおいてやる。
こんなヴィランまみれの家に住んでいると、さすがに言い訳しにくいからな。
だが唯一言い訳させて欲しいのは、俺から行ってんじゃなくて、ヴィランから俺の方に来るんだよ。
ビットヴァインは古参ヴィランだ。
アイアンクラッドと同期くらいの、最初期のヴィランである。
かつてライデンが捕まえて、フラックスとは異なり未だ脱獄したという話は聞かない。
――つっても、結局フラックスが脱獄したというニュースを聞いていないので、隠蔽されてると言われたらはいそうですかってなもんだけどな。
前に澪が指名手配されてるっつってたけど、アレも結局手配書は見ていない。
公安の内部におけるそういうリストに載った、みてえな意味での指名手配だったんかね。
「ビットヴァインはもともとマトモな方だったろ? お前らでなんとかできねえのかよ」
「あれでマトモならD.E.T.O.N.A.T.E.もマトモでしょう」
「いくら何でも言いすぎだろ」
俺の家の中で家電よりスペースを取らないまま生活している異常者と比べてやるなよ、何人たりとも。
ラットロードは深いため息をついた。
「話が通じねえんですよ。D.E.T.O.N.A.T.E.でさえ会話を成立させられるお嬢ならもしや、と思いましてね。このままじゃ殺処分されちまう」
「我が国の人権どうなってんの?」
ラットロードはもっと深いため息をついた。
こんなのはよくあることなのだろう。
もう一回言ってやるべきだろうか。
我が国の人権どうなってんの?
「ビットヴァインとは顔見知りだしな。一回会ってやるくらいなら構わねえよ、デルタの話も聞けるかもしれねえし」
次にため息をついたのは澪だ。
また厄介ごとを引き受けて、と思っているのだろう。
実際困るのは俺なのに、自分事のように心を痛めてくれるとは、素晴らしい友情だ。
俺の護衛が面倒になるという理由も含まれているのだろうが、俺を護衛しようと思っている時点で俺の身を案じてくれているわけだからな。
ラットロードは珍しく、わかりやすく顔を歪めた。
「あのいけすかねえヘイズフォグともお友達になられたと聞いたでやんすよ」
「お? 嫌いなのか? 珍しい、ラットロードは器用に誰とでもうまくやってそうなのにな」
「人生あがるのが早すぎるでやんす、妬ましい。なんでも器用にやるってんならアイツのほうがそうでしょう。あっしはいっつもアイツに及びませんでしたからね」
「ライバル的な?」
「ハッ。同じ土俵にゃ立てませんよ。とびきりのエリートだ」
澪もかつてヘイズフォグに対し、エリートという言葉を使った。
あの場合、一般人として公安で働いていた澪と、能力者として働いていたヘイズフォグ、という対比だった。
しかしこの場合、ラットロードも異能者である。
その中でも、さらにエリートと呼ばれるだけの待遇を得ていたということなのだろうか。
ラットロードはヘイズフォグに対していい思い出がないらしい。
ヂッとネズミらしい舌打ちをした後、吐き捨てるように言った。
「そのくせ奥方を殺されるたあ、大事なとこで失敗する男だ。適当に生きてっからそうなるんだよ」
「あー、亡くなってるのは聞いてたが、殺されてたのか。公安?」
「さすがに公安もそこまで鬼じゃねえですよ。だが公安の仕事を通じて買った恨みから、とは聞いとりやす。本当に大事なんだったら自分の傍に置いとくべきじゃねえや。こんなことやってんのになんでそれがわからねえ」
「……そうか」
それはラットロード自身が、大切な人の安全を守るために距離を置いてきたということなのだろう。
あまり幸せそうな生き方とは思えない。
だが、一目でミュータントとわかるような姿の人間には、それほど選択肢はなかったはずだ。
「更生ってのは暗殺者にするって意味か?」
「公安としちゃそれを望んでるでしょうな」
今の日本で異能者がまともに生活するには、公安に所属する以外の方法がほとんどない。
何度もヴィランに襲われて、たぶん公安にも再生能力がバレていたはずの俺は、なぜか声をかけられなかったが――いや、よく考えるとそれはずいぶん異常だな。
最初に声をかけてきたのはラットロードだが、彼は公安という立場を明らかにしないままだった。
そりゃ、潜入任務やってるなら迂闊に正体を明かせないだろうが、それにしたって俺という異能者の存在は把握していたわけで。
これほど人材不足を嘆いている公安が、俺をスカウトしない理由は?
え、俺ってそんな要らない感じか?
たしかに戦闘能力はねえし、人を殺す気なんざもっとねえが。
従業員にしたくない異能者は、それはそれで消されるという話だったような気もするが。
害がないから放置されている――という割には、結構害がある気がすんだけど。
俺は暴れねえが、俺を狙って暴れるやつが多すぎる。
……今度聞いておくか。まずはビットヴァインの話だ。
「その期待には応えられねえだろう。だが話してはみてえな。またやり合うとするか、デルタと」
ビットヴァインはヴィランだった。
だとすれば、デルタにそそのかされた過去があるだろう。
また間接的なべしゃりバトルといきますか。
「ラットロードも飯食ってく? すだまのからあげはうめえぞ」
「はあ……」
気の抜けた返事は、隙と見るぜ。
即座にいいえと言わねえ時点で、それは是とみなされる。
俺が目くばせするよりもはやく、すだまにより、食卓にはラットロードの分の茶碗と唐揚げ、味噌汁ときんぴらが追加された。
すだまが出したのは割りばしだった。やべ、普通の箸が足りなかったらしい。
「箸足んねえ~。今度100均で買いに行くか」
「うむ、300円の均一店があるのを知っているか? そっちにかわゆい絵柄の箸があってのう」
「目星つけてんなら買ったらいいじゃねえか。金出すけど」
「ばかもの、一緒に選んで買いたいという話じゃろ!」
「あ~。おけ、そのうち」
「まったく!」
行けたら行く、くらいの確度であることが、すだまにはお見通しだったらしい。
時間をつくってやりたいのは山々だが、俺は忙しいのだ。
大学院生を舐めるなよ、この立場はあらゆるポジションから本当にこき使われるんだからな。
ゼミ生のレポートとか確認して採点してんだからな、もはや給料ほしいぜ。
これでも未成年であることを考慮されかなり配慮されている方だ。
白米を飲み込んでから、未だに箸を握らないラットロードに尋ねる。
「なんか苦手な食いもんあった?」
「雑食ですがね」
「器まで食うなよ」
チチッと鳴いたラットロードが箸を持ったのを確認してから、俺は味噌汁をすすった。




