幻煙ヴィラン・ヘイズフォグ④
言語化しにくい体験だった。
一瞬、自分がこのまま消えてしまうのではないか、という不安を覚えたものの、俺が煙になっていた時間はそれほど長くなかっただろう。
爆風によって気体は一瞬で流れ、ライデンからは随分距離を開いたようだ。
場所は――廃墟のようなビル、その真ん中あたりの階層。解体工事の途中か?
「いやあ〜、他人もいっしょに煙に巻くのはちょいと時間がかかるんですわ」
ヘイズフォグはライデンとの戦闘中、何度も自分の体を煙にしていた。
フラックスが液状だとすれば、こいつは気体だ。
それも、自分の体だけではなく、他人にも適応できると――強くね?
「へえ、便利だな。やっぱヴィランってのは逃走能力に長けてねえと長続きしねえから、お前才能あるぞ」
「だっはっは。欲しいのは才能より、宝くじが当たるような豪運ですがねえ」
ライデン見て厄介そうな顔をしていたくせに、俺の誘拐はしっかりやってのけた。
凄腕だ、感心してる場合じゃないんだろうが。
「護衛とも引き剥がされたのに随分余裕ですな、お嬢さん」
「お、気づいてたのか。やるなヘイズフォグ」
護衛というのは澪、フラックスのことだろう。
暗殺に特化しているフラックスは、隠密も大の得意だ。
水というのはどこにでもあるし、何しろ日本には水道管というものがある。
潜み放題――だというのに、ヘイズフォグは、澪は今近くにいないと確信しているようだった。
「しかし、お前がD.E.T.O.N.A.T.E.の後釜か」
煙になれるのだ。
そりゃあ爆弾と一緒に爆発しても、本人は無傷だろう。優秀な人間時限爆弾になれる。
ヘイズフォグは軽く肩をすくめた。
「そう言われちまうと荷が重えやな」
「人質でも取られてんの?」
「やってもらったのは借金の肩代わりだわな」
「ぎゃはは! ロクでもねえ!」
「いやあ、馬での負けが立て込んじまって……」
馬。競馬だろう。
……やっぱ公安、国家公務員って給料低いんかな。
ギャンブルに賭けなければならないほど稼ぎが――いや、それは俺がギャンブルをやらない人間だからそう思うのだろうか。
稼ぎがあろうがなかろうが、金を突っ込むのがやめられない。
ギャンブル依存はそういうものだと聞く。
「デルタは爆弾が好きなのか? 殺すだけなら方法はなんでもいいだろうに、やたらに爆破を好んでねえか」
「さてね。オレにはわからねえよ、あの人が何考えてるかなんてなあ」
煙とともにそう吐き捨てたヘイズフォグは、あまりヴィランらしくない。
なんというか、そう――公務員みてえだ。サラリーマンでもいいが。
やりたくないことを渋々やってストレスをためている、そんなシケたツラをしていた。ふむ。
「そんで、デルタは近くにいんのか?」
「それなら――」
発言は轟音にさえぎられた。
俺とヘイズフォグは同じく目を丸くして、音のした方を見た。
この時点で、これがヘイズフォグ第2の爆弾でないことは明らかだ。
ビルに残っていたガラスが砕け散り、巨大な金属の塊が顔を出す。
それは全てを破壊する意志を持っているかのようで、我々に絶望を与えた。
アイアンクラッド、仁だ。
何しに来たんだか知らねえが、こいつが戦うと被害がとんでもねえんだよ。
俺が贔屓している店を何度潰されたかわからねえし、俺自身も何度も潰されている。
アイアンクラッドか来た時点で、このビル終わったな。
そんでこのビルにいる俺も終わったかもしれない。
「げ。アイアンクラッド――お嬢さん、交友関係どうなってんです?」
ライデンが来たときと同じくらい、いや、なんならそれよりも明らかに顔を引きつらせたヘイズフォグがぼやいた。
「俺はお前にも聞きてえけど。薄墨とはどういう関係?」
いや、この質問に下心はないはずだ。
べ、別にこのヘイズフォグが薄墨の元彼なんじゃねえかとか気になっているわけでは、いや、気にはなっているが、それを知ったところでへ〜で済ませるだけで、うん。
「そりゃあ、よくチームアップしてた同僚ですわ。博識なやつでね。話を聞くのがおもしれえし、おじさんのくだらねえ話でも面白がってくれたからなあ。悪く思っちゃいなかったんで、こないだは傷つける前に帰ってもらったんだわ」
……これだけではまだわからねえな。
仲が良かったのは真実らしいが、どこまでの仲だったのかは――いや、今そんなこと考えてる場合じゃねえんだった。仁だ。
こうしてる間にも、アイアンクラッドは暴れ、ビルがどんどん削れていっている。
ヘイズフォグは俺と談笑しつつも煙になり、抱えた俺ごと攻撃を避けているが、ビルがどれだけ耐えられるかはわからない。
俺たちが今いるのが何階だかわからないし、この上に何階分あるのかもわからないが、ぺしゃんこに潰されるのは勘弁願いたい。
「おーい、アイアンクラッド。こいつこれから俺のこと、デルタのとこにまで連れてってくれるんだと。俺も会いてえしこのままさらわれてやろうと思うんだけど」
「殺す」
「あ、ダメだ。バーサーカーモードだ」
「そのモードだとなんなんです?」
「話が通じねえ」
「そりゃあまいった」
何言っても「殺す」しか言わず、マジで殺しにかかってくるバーサク状態。
ライデンを前にしたときなどは、この状態であることが多い。
俺はこの状態になるまでキレさせたことはないと言い訳しておこう。
これほど短気な男相手でも、それなりに穏やかな会話ができるのが俺の長所だからな。
「金属操るだけの能力者なんだし、煙になれるお前ならなんとかなんじゃねえの?」
無責任に言えば、ヘイズフォグはため息と主に紫煙を吐き出した。
「あ〜あ、おじさんにそんな期待しないでね〜。そりゃ自分ひとりで逃げるなら簡単よ? ただお嬢さん連れてるしなあ」
「ああ、なるほどな。俺というお荷物を背負ったハンデ戦か。アイアンクラッドは俺ごとお前を殺しにくるぞ。頑張れ」
「お友達ではなかった?」
「あいつは友達でも殺せる男だ」
「そりゃあまいった。公安向きだな」
俺としては絶対向いてないと思うけどな。上司も殺しちゃうだろ。
だが友を殺せると聞いて即座にその発言が出るということは、かつて公安に所属していたヘイズフォグにも友殺しの経験があるということだろうか。
薄墨を見逃している時点で、ヘイズフォグは公安には向いていなかったと、そういう自虐かね。
ビルの鉄骨が飛んでくるようになってから、ヘイズフォグは潔く諦めたようだ。
正しい判断だ。このままだとビルごと握りつぶされるだろう。俺が。
「じゃ、やっぱり出直すとしますかね。いやあ、面倒な仕事引き受けちまったなあ。おじさんには無理かも」
「頑張れ、応援してるぞ」
「調子狂うなあ」
いや、俺もデルタに会いてえもんで。
しかし、俺をデルタに会わせたくない勢力がこれほどいるとは思っていなかった。
インフェルナがああなった事例もあるし、警戒するのも当然だ。
俺が闇落ちしたら大変だろうなあ~。これは自画自賛が過ぎるか?
他人もいっしょに煙に巻くのは時間がかかる。ヘイズフォグはそう言った。
自分ひとりで逃げるならば簡単だとも。それは見栄ではなかったようだ。
あっというまに煙となって、ヘイズフォグはかき消えた。
残ったのは殺気まみれの仁である。あれ? 俺まだ危ないか?
仁はでっけえ舌打ちをしながら、纏っていた金属をまとめてぶん投げて、ビルを追加で破壊した。
……まだ倒壊しねえよな? 大丈夫か?
ものに当たるのはやめなさい、と説教してやってもいいが、その結果俺という人に当たられたら死ぬので、沈黙は金である。
「たまたまここにいたのか?」
仁からは返事がない。
ということはつまり、俺のためにここに来たということだ。
すだまに言われたのかもしれない。
夜道は危険だと、俺が家を出る寸前までぶーたれていたのだ。
薄墨が中年男性の姿になれることを、すだまはまだ知らないからな。
すだまはD.E.T.O.N.A.T.E.とほぼ会話を成立させられないため、ぎゃあぎゃあ言うなら仁相手になる。
うざすぎると思って家を出たのかもしれない。ついでにマジで俺を探してくれたのかも。
ライデンとフラックスの目を欺き、俺をさらったヘイズフォグの居場所を、どうやって知ったのかはわからない。
仁は意外とハイテクに詳しいからな。それか野生の勘だろうか。
わざわざ助けに来てくれてありがとう、とか言うと仁を照れさせ……いや、キレさせそうなので、俺は何も言わなかった。
だが、それはそれで仁の機嫌を悪くしたらしい。
「チッ……てめェには一応借りがある」
「おっさんのツンデレか。需要ありそう」
「会話する努力をしろ」
ヴィランにそんなこと言われる日が来るとは。
なんてマトモな男なんだ、仁。こんな男にヴィランやらせてる社会が悪いだろ。
借りというのが治療してやった借りなのか、衣食住を提供してやっている借りなのかはわからない。
だがまあ――それらのどれかは、要らぬお節介ではなかったと。
「ありがとな、仁」
「……チッ」
「お前も会話する努力しろや」
礼言われて舌打ちで返すやつがあるか。
やっぱこいつには社会性が無さすぎるから、仁がヴィランをやっているのは社会のせいではねえわ。




