幻煙ヴィラン・ヘイズフォグ③
すだまをなだめるのは簡単だ。
幼馴染なんだ。ちょっと機嫌を取ってやるくらいはすぐにできる。
家事にひと段落ついたあたりで構ってやった。
上機嫌なすだまが俺の膝枕でゴロゴロ喉を鳴らしているのを見て、薄墨はやっぱり引いていた。
「この面子の中で生活できそうか? 一応そこそこ安全だとは思うけど」
「そりゃあ、ここにいらっしゃる方々を同時に相手しなければならないとなれば、軍隊を連れてこなければならないでしょうなあ……」
ふむ。薄墨はすだまがでっけえ化け物に変身することを知らない。
だからこの評価は主に、アイアンクラッドとD.E.T.O.N.A.T.E.に対するもののはずだ。へー。
澪――フラックスは姿を見せない。ならばと思い、俺も澪のことは話さなかった。
推しが住んでいると知れば、薄墨は仰天して出ていってしまうかもしれない。
推しからは認知されたくないタイプ、と宣言されているからな。
澪の方はたぶん薄墨を警戒している。
自宅でも警戒態勢を敷かせることになって悪いが、薄墨の安全を守るためにも警戒してもらった方が良い。
薄墨自身に危険性はないと俺は思っているが、薄墨を――俺の薬品を狙って再び刺客が来ないとも限らない。
しかし、薬を奪うだけならばもっと簡単のはずだ。
俺が持ち歩いているんだ。そうでなくとも研究室にもある。
いや、俺は護衛に守られているから難しいのか。
研究室に置いてるやつなあ……あれも回収しておいた方が良いんだろうか。
研究室が襲われて、月島教授が危険な目にあわされたら困る。俺の恩人だぞ。
「んじゃちょっくら大学行ってくる」
「この時間にか?」
日は暮れている。しかし大学というのは体内時間の狂った人間ばかりなので、夜でも人は多い。
学生証があれば研究室にはいつでも入れる。
薬がどうなっているか確認、無事なら一旦持って帰ってくる。
そう思って立ち上がると、すだまの耳がしょんぼり垂れる。
「帰ってきたらもっかい撫でてやるから」
「む、それで許すとでも? 夜道は危ない、仁かでとねいとを連れていけ」
「そっちのほうがあぶねえんじゃね?」
俺という幼気な美少女をさらっているやべえ男がいる、とかで通報されそうだ。
D.E.T.O.N.A.T.E.と外歩くとき、はぐれそうなので手を繋いでいるが、既に通報されかけたことがある。
どう見ても俺が手を引いているはずなのだが、D.E.T.O.N.A.T.E.の狂気オーラが誘拐犯に見せるのだろう。
スマホを耳元に持って行って「通報しますか……!?」と恐怖の顔をしていた善良な一般市民には、へーきへーきと親指を立てておいた。
ついでにD.E.T.O.N.A.T.E.を指さして、俺の頭の横で指をくるくるっと回してから一礼し「ちょっと頭がアレな身内です」みたいなジェスチャーをすれば、善良な通行人も納得したようだ。
ネムネムと関わるようになってから、俺のジェスチャー能力はだんだんと上がりつつある。
「わしが行ってもええんじゃが、この見た目だと侮られがちじゃからな~。見た瞬間に敵わぬと思わせる威圧感も時には必要じゃて」
「そりゃ仁とD.E.T.O.N.A.T.E.見たらみんなUターンするか」
ヤクザ顔のマッチョと、狂人顔の狂人だ。夜道で会えば成人男性でも逃げ出す。
「それか澪を……」
「すだま、しーっ」
「ん? ああ……いや、なんでもない」
「そ~ゆ~ことだから行ってくるわ、すぐ戻っから」
まだぶつくさ文句を言うすだまを振り切って、俺は大学へ向かった。
薄墨も「お気をつけて」と手を振ってくれた。
一応俺にも、多少は周りの目を気にする気持ちがある。
俺が今向かおうとしているのは大学だ。
大学にヤクザ顔のマッチョか狂人顔の狂人を連れて行った場合、どうなる?
どうなるかわからなくて怖いからできねえよ。
あとすだまは当たり前のように提案していたが、仁は普通に着いてこないと思う。
俺に「勝手に死ね」と言って終わりだ。
研究室から薬を取り、素早く自宅に向かっている最中。
夜道、街灯の下で星空を見上げる男が目に入る。
これだけで不審者と決めつけるのは早計だ。
口元には煙草。外で喫煙しているだけの一般男性かもしれない。
あからさまに道を変更する方が危険か?
足早に目の前を通り過ぎようとするが、声をかけられる。
「ど〜も。お嬢さん少しお暇ですか?」
「間に合ってます」
「まあまあそう言わず」
ナンパの対処は無視に限る。
俺が返答したのは、声をかけてきたこのおじさんの目的がナンパではないだろうと思ったからだ。
さすがになあ。これだけ多くのヴィランを目にしてきたんだ。
《《そういう》》雰囲気ってのは理解できるようになった。
「デルタからの誘いですぜ。断ったら後悔するんじゃねえかなあ。ま、お好きにしたらいいけれど」
男は気だるげにそう言うと、慣れた手つきでライターを取り出し、煙草に火をつけた。
口にくわえていた煙草には、今まで火がついていなかったらしい。
「……幻煙ヴィラン・ヘイズフォグか?」
「お、ご存知で? おじさんも有名になったもんだなあ。めんどくせ」
煙と共に吐き捨てた文句は、宙に消えていった。
おじさんと自称するだけあって、ヘイズフォグはおじさんだ。
やさぐれたような雰囲気、気だるげな態度、くたびれた人相。
若い頃はモテていそうだ――いや、今も尚か?
ヘイズフォグはくわえていた煙草を中指と薬指の間に挟んで持ち、その手で無精ひげのある頬をかいた。
さて、まさかこう来るとはな。
ヘイズフォグの評判を聞いた直後に、本人直々のお出ましだ。
俺はにやっと笑って、ヘイズフォグの申し出を受けることにした。
「そりゃ都合がいい。いい加減直接話がしてえと思ってたんだよ。デルタのところに連れてってくれんのか?」
「行かせるわけないよね?」
――今回は来るのがはやいな。
静電気のような音とともに現れたのは、雷電ヒーロー・ライデンだ。
「夜道は危ないよお嬢さん。こうして変なおじさんもいるし」
ヘイズフォグは顔をしかめた。
変なおじさんと言われたことではなく、ライデンがやってきたことに対してのようである。
「げ。ライデンたあ相手が悪い。出直そうかね」
「まあまあそう言わずにさ、もうちょっとお喋りしていこうよ! 俺とは初対面だろ!? お互いに自己紹介しようよ。俺はライデン、好きな食べ物はお寿司です!」
「そりゃ日本人で寿司嫌いなほうが珍しいですわな。なんのネタが好きか言うべきでは?」
「穴子!」
「いいですなあ。食いたくなってきたや」
珍しく、ライデンと会話の成立するヴィランだったらしい。
ライデンの放つ電撃を、煙になって避けながら、ヘイズフォグは軽口を叩き続けた。
似ているタイプかもしんねえな、この2人。
「オレはうなぎ派だけれども、穴子も嫌いじゃねえですぜ」
「うん、確かにおいしいけど最近は絶滅のことが気になってきちゃってさ!」
「人の業ってのは種族を滅ぼすからなあ」
――それは特殊能力者だけの社会をつくろうとしている、デルタの暗喩だろうか。
うなぎの話からそっちに繋げられるとは、すごいトーク技術だ。
異能力バトルに、俺の出番はない。
なんか電気がバチバチいって、煙がもくもくしてんなあ、くらいしかわかることもない。
どっちの配慮か知らんが、俺に被害が飛んできそうな感じもなかった。
ポンと手を打って、俺は2人に提案した。
「よし、折衷案だ。ライデンもいっしょにデルタのところに来たらいいじゃねえか」
「お嬢さん。オレは確かにデルタから、アンタを連れてこいとしか言われてませんがね。宿敵とされてるヒーローも一緒に連れてったらたぶん、おじさんが怒られるんじゃねえかなあ」
社会人って大変だなあ。
ライデンの電撃を避けながら、ヘイズフォグは器用に肩をすくめた。
「消されるのはごめんですぜ。ヴィランと付き合う上で大切なのは、いつ相手がオレを殺してもおかしくねえと思うことなんでね」
「わかってんじゃん、お前とは仲良くできそうだな」
ヘイズフォグの意見に同意して頷くと、ライデンから文句が飛んできた。
「仲良くしようとしないでくれる!?」
「俺以外の男と仲良くしないでよって意味か、ライデン?」
「祈、今ふざけてる場合じゃないからね!?」
一方、ヘイズフォグは俺の冗談に乗って来た。
にやつきながら右の小指を立てている。
「おっ。お嬢さんはライデンのこれですかい?」
「その小指立てるヤツ、なんとなくでしか意味を理解してねんだよな。赤い糸で結ばれた仲ですよねみてえなことか?」
「ウブだなあ。ま、そんなようなもんです」
立てていた小指を引っ込めて、ヘイズフォグはポケットに手を突っ込んだ。
取り出したのは携帯灰皿だ。ポイ捨てはしない主義らしい、好感が持てる。
吸殻を捨てた瞬間、ヘイズフォグは新しい煙草に火をつけた。チェインスモーカーだ。
ヘイズフォグについて、所感を述べる。
「よく喋るヤツは嫌いじゃねえぜ、俺は考えてることをわかってやる力が人より弱いからな。全部口に出してズバッと言ってくれる方が楽でいい」
「祈、考えてることをわかってやる力が人より弱いと思ってたんだ……!? その認識は改めたほうが良いと思うけど……!?」
「ああ? 後半も改めたほうが良いか? 俺はお前みたいにズバッというタイプのが好きだぜ、ライデン」
「いや、やっぱり前半も改めなくていい。君は俺の考えていることをまるでわかっていない」
「ぎゃはは! ズバッと言うじゃん!」
エスパーじゃねえんだから、そりゃライデンの考えていることなんかわからねえよ。
俺が笑っているのを見て、ヘイズフォグも笑っていた。口からぷかぷかと煙が漏れる。
「ライデンもヘイズフォグも似たタイプだろ? 仲良くできそうじゃねえか。ほら携帯灰皿持ってるヴィランだぞー、真面目ー、きっとどうしようもない理由があってヴィランになっちゃったんだって、同情してやれよ」
「でも歩きたばこしてるじゃんか!」
「おっと。おじさんがくわえてるこれはアロマだから。煙草じゃないから」
「アロマ街中で焚くなや」
「虫よけ虫よけ」
適当なことを言うおじさんだ。好感が持てる。
俺も適当なことを言うおじさんだからだ。わかる。
「話し合いでなんとかしようとしてくれる相手は、おじさんも好きだなあ。なにしろ時間稼ぎっちゅうんが簡単だから」
ヘイズフォグがポケットから取り出したのは煙草の箱でも携帯灰皿でもなかった。
映画でよく見るような、なんかのスイッチ。
大抵そういうスイッチを押されるとロクなことにならない――。
「ポチッとな」
ヘイズフォグがボタンを押した瞬間、爆発音が響く。
近くの塀の欠片が飛んでくる。思わず腕で顔を守るが、欠片は俺の体を《《すり抜けて》》いった。
目を丸くしながら自分の体を見る。
薄くなっていた。透明、いやこれは――煙だ。
「祈!」
ライデンの悲痛な叫びを聞きながら、俺はヘイズフォグと共に煙にのまれた。




