幻煙ヴィラン・ヘイズフォグ②
「襲撃者に心当たりは?」
「幻煙ヴィラン・ヘイズフォグですな」
薄墨は即座に言い切った。
聞き覚えのないヴィランだ。
最近は俺も危機感を覚え、それなりにヒーロー・ヴィラン関係のニュースを追うようにしているから、まだ知名度のないヴィランだろうか。
「特定済みか。優秀だな、薄墨」
「いえ、直接話しかけられましたからなあ。昔の知り合いでして。3分間待ってやると言われましたので、その間に逃げました」
ヴィランにしては、良心的な強盗だ。
ヘイズフォグについて尋ねると、薄墨はあっさり教えてくれた。
「もともと公安所属の暗殺者だったのですが、少し見ないうちにヴィランになってましたな」
「公安ってヴィラン生みまくってねえ?」
すべての元凶なんでないか、という気さえしてきた。
デルタの正体が、実は公安そのもの、組織全体の異名、とか言わねえよな。
そこまでではなくとも、デルタが公安に所属している経緯を持っていても、なんら不思議ではない。
澪がデルタに対して詳しく話さないのは――いや、それはさすがに邪推だろう。
薄墨はにこにこ笑った。
どんな顔をしていても美人だが、笑顔はより効くからやめてほしい。
「おほほほ、某も該当するためなんともはや。しかし公安がなければもっとはやくヴィランになっていた、という見方もできますぞ」
「それは自己分析か?」
「某の場合は公安、というより公安にいた結城氏――フラックスのおかげですな」
公安にいた頃の澪は、異能を隠していたと聞く。
一般人であるはずの澪と、異能者である薄墨の間にどんな交流があったのか気になるが――まあ、それはまた今度聞けば良い。
ともかく、薄墨の身を守らなけらばならない。
せっかく俺を頼って来てくれたのだ。できるだけのことはしよう。
これは当然、薄墨が汗っかきの中年男性でも同じことをした。
同じことをしたはずだが、美女を見ているとどんどん自信がなくなってくるので、今すぐにでも中年男性の姿になってくれないだろうか。
「そのヘイズフォグの目的はわかってんのか?」
「いえ。しかし狙いは祈氏の薬だったやも。やろうと思えば公安の研究所などいつでも襲えた男が、今になって――と考えると、タイミング的に疑わしいですな。ちょうど祈氏はデルタに狙われていると聞きますし、ヴィランというものは基本的にデルタと繋がっていると思った方が良いものですから」
「薄墨もデルタに会ったのか?」
「声はかけられましたし話もしましたが、顔は拝みませんでしたな。某的にも情報を知れば知るほど消される可能性が上がると思い、それ以上深堀りはいたしませんでした」
なるほど。すべてのヴィランはデルタとかかわりがある。
一瞬ヴィランをやっていただけの薄墨ですら接触済みならば、それは真実のように思えた。
俺もヴィランで~すって名乗ればデルタに会えんのかな。
それなりにやる価値はある気がするが、ライデンが泣いちゃうかもしれない。
俺は玄関で、薄墨がなんと言っていたかを思い出した。
「あ。匿うのは構わねえけど、家狭えぞ? 仁の他にも何人か住んでるし。そんで女性なのは平気なんか、最近のシェアハウスはそんなもんなんか」
「おお、祈氏はシェアハウスをしていたのですか。前回お訪ねした時はおひとりで住まわれているように思えましたので、すっかり勘違いを。ご迷惑ならば別の場所を探します、なに、簡単に見つけられますとも。向こうが某を簡単に見つけてしまうようになるやもしれませんが」
「あのなあ。そんなこと聞かされてはい、じゃあ出てってねとは言えねえだろ」
「あっ。気を遣わせてしまいました。そんなつもりではなく、ああしまった、これは申し訳ない。オタクはすぐに余計なことをべらべら喋ってしまいますからな」
恐縮した様子の薄墨に気にするなと伝え、どこで寝かすか考える。もう廊下か?
俺の布団を譲ってやってもいいが、それはそれでその、いろいろ問題がある。
主に俺の性癖に関してだ。おかしくなっちゃうだろうが。
「ドラえもんのごとく押し入れで構いませんぞ」
「悪ィ、うちクローゼットしかねえし、そこは先客がいる」
「そうでしたか。ともかく半畳もあれば良いのですが。オタクは動きませんからな」
「まあその辺の部屋の角なら……しかしエコノミー症候群になるぞ」
「おほほ、某薬には詳しいんですぞ。エコノミー症候群にならない毒薬なら開発済みです」
「毒薬な時点でダメだろ」
「某以外が服用すると死ぬでしょうな」
「ンなもん飲むな」
マッドサイエンティストの美女がルームメイトに増えた。性癖おかしくなっちゃう。
「今度はなんじゃあ!」
帰ってきた瞬間、すだまが叫んだ。そりゃそうなるだろう。
すだまを見た薄墨は、あんぐりと口を開けている。そりゃそうなるだろう。
「き、狐耳のじゃロリ……!?」
「ああ。狐耳のじゃロリだ」
「そ、某実は死んでいた……? ここは黄泉……?」
「この家に来たやつ、一回死んだと思いがちなの何なんだろうな。そんな浮世離れしてる?」
してるかもしれねえ。
単純に狐耳のじゃロリが生息しているというだけで大分変だ。
そして狐耳のじゃロリが普通に暮らしている俺の地元も、相当変なのだろう。
他にも変なのがいるし……それは俺の家もだな。
俺は立ち上がり、クローゼットの扉に手をかけた。
「今のうちに驚かしとくわ。クローゼットの先住民、D.E.T.O.N.A.T.E.くんです」
「ええー……!?」
クローゼットを開ければ、いつも通り、そこにはD.E.T.O.N.A.T.E.が立っている。
相変わらずピンクの瞳孔をぎょろぎょろ動かしているが、寝てるときもこうなんだろうか。
いつ扉を開けてもこうなのでわからない。扉が開く音で起きているのかもしれない。
D.E.T.O.N.A.T.E.を見た薄墨は、流石に引いている。
俺が狂人をクローゼットに監禁する趣味があると誤解していなければいいが。
「公安からそういう情報は流れてこねえの? ここD.E.T.O.N.A.T.E.いるらしいぜ~みたいなの」
「部署が違いますなあ、そういうのはラットロードの管轄でしょう。いやはやしかし、そうでしたか。この濃ゆい面子の中にいらっしゃるということは、そちらの方も……?」
「ああ、仁か。アイアンクラッド」
「ええー……!?」
俺が勝手に名乗ったことが不満だった仁は俺を睨んでくる。
普通にしててもガンをつけているのと同じくらい目つきの悪い男だ。今更気にならん。
「おい」
「仁、こいつ毒霧ヴィランをやめて公安に勤めてる薄墨」
「……チッ」
舌打ちで済ませたので、仁が家から出ていくことはないらしい。
二号が来たら家を出ていくと言っていたのが、もはや懐かしい。
薄墨は一時的に匿うってことでノーカンなのか。
いちいち聞くとうざがって出ていきそうなので、何も言わない。
存外、この家のことを気に入っているのかもしれない。
鉄屑もいっぱい運び込んでるしなあ。
アイアンクラッドの力ならば、この家はいざというとき変形合体してでっけえロボになったりするかも。
そうなったらおもしろいが、俺が家にいる間は絶対にやらないでほしい。
「待てい! この感じ、また住民を増やす気か!?」
薄墨を紹介していっているのをしばらく聞いていたすだまは、ようやく声を上げた。
すだまは本当にものわかりのよい狐なので、自分の番が来るまで黙るだけの分別がある。
「一時的にな」
「一時的とか言うてずっといる算段かもしれぬじゃろ!?」
「自白か?」
「ななななななんのことだかのう~?」
一応、すだまは俺が田舎に顔を出すまで見張る、という名目で俺の家にいる。
その割にはどっかり腰を据えて、いろんな家電増やしたりしてるので、住む気満々なのは見て取れた。
俺もとやかく言わない。家事してくれるのが助かるからだ。
だが、マジで家に人が入りきらなくなったら、一番最初に追い出すのはすだまだと思うんだよな。
なにしろそんなことをしても、俺のことを嫌いにならないという信頼があるからだ。
「すだま、茶釜になるか?」
「やじゃっ!」
ぷいっとそっぽを向いたすだまはエプロンをつけ、いつものように家事を始めた。
薄墨はそれを見て「はわわ……」とか言っていた。
見た目は美女でも、中身はオタクくんである。




