氷雪ヒーロー・雪狐③
雪狐はライデンと違って素直な性格なのか、俺の褒めにたじろがなかった。
容姿を整っている方だと率直な感想を述べたが、謙遜せずに堂々としている。
「ありがとう! でもクールではマジでないと思っています!」
「その自己診断はあってると思うぜ。なんでそんな評価になったんだよ」
「氷使うヒーローだからそういうイメージが先行したみたいで……助けた人と会話とかしなかったし……」
「無口系だと思われたんか。プロモーション失敗してんじゃねえか。お前どう考えても天然ドジで売り出すべき人材だろ」
「クールとかカッコイイとか言われすぎてプレッシャー凄くて……! だからうっかり出力間違えたって言うか……! 言い訳なんですけど……!」
俺をうっかり凍らせたのは、気合が入りすぎてしまったせいということか。
スーパーパワーというのは精神に大きな影響を受けるので、そういうこともあるだろう。
俺だって急いで治さなければと思えば思うほど早く治せるし、めんどいから適当でいいやと思えばあんまり治らない。
「こっから軌道修正しろよ。せめて爽やか系に持ってくとか」
「自分コミュ障なんで、ライデンさんみたいにうまく喋れないんですよ!」
「ライデンは喋りすぎだと思うが」
初めて会った時も戦いながらヴィランと会話していたが、ライデンの多弁は留まるところを知らない。
最近は俺の再生待ち時間で永遠に喋り続けている。
もう親より会話してるかもしれねえ。もっと親と会話しろ。はい。
「つか今俺とめっちゃ喋ってんじゃん」
「それはテンパってるからです!」
「おう、そうか。いい加減落ち着け。つか服着替えたらどうだ、風邪引くぞ」
風呂場でひっくり返っていたので、雪狐はびしょびしょになっている。
氷を扱う能力者なら体温調節くらいできるのかもしれないが、一応心配しておいた。
「自然と人を気遣えるコミュ力がうらやましい……!」
「極まってんな」
こんな口調の荒々しい女を羨むくらいだ、相当である。
いい子ちゃんと思われるのは心外だ。俺は雪狐に要求した。
「てか俺の着替え買って来いよ。風呂から上がったら風邪引くの俺だわ」
「本当にそうですね、走って行ってきます!」
「走るのは構わんがヒーロースーツ脱げよ。あるいはマスクまでつけろ」
正体バレるぞ。
ヒーローが女物の服を購入したらクールってイメージ消えんじゃねえかな。
代わりにどんな評価がつくかはなんとなく想像できたので、そうアドバイスするのはやめておいた。
こいつマジでやりかねん雰囲気がある。
せっかくアイドルみたいな人気があるのなら、まだその幻想を崩すべきではないだろう。
パシりを終えた雪狐が服を買って帰ってくる頃には、俺の再生もほとんど終わっていた。
雪狐は外に出るためにシャツを着て眼鏡をかけていたが、めちゃくちゃ似合いやがる。
昔は眼鏡をはずすとイケメン、みたいなのが古典として流行っていたが、こうしてみるとその設定には無理があることがわかる。
イケメンは眼鏡をかけていてもイケメンだからだ。
まだ関節がギシギシ言う気がするが、立って歩ければ充分である。
雪狐の服のセンスはまあまあだ。俺が持っている服は少ないので、今後のローテには入るだろう。
帰り支度をしながら、俺は急に用件を思い出した。
「そういや、新人ヒーローと接触したらライデンと組んで活動しねえか聞こうと思ってたんだ」
「あのライデンさんと!? 無理無理無理、無理っす!」
めっちゃ拒絶するじゃん。
なんで俺がライデンと知り合いなのかすら聞かず、ひたすら拒否とは。
「ライデン嫌われてんの?」
「逆です! 尊敬しすぎて自分なんかが一緒に戦えないですよ!」
「まあ、ライデン氷漬けになったら困るしな」
「ヒン……」
謎の鳴き声を上げてしょげやがった。
「でもお前そのうちドジで人殺しそうだし、誰かとチーム組んだ方が良いと思うけど」
ヒーローをフォローできるのはヒーローだけだ。
電気と氷雪の相性は知らないが、ライデンのヒーロー歴は長い。
俺が最近院進したってことは、ライデンは3年くらいヒーローやってる――そんなに長くねえか?
まあ、ライデンが最初のヒーローなのだから、ヒーロー歴が最も長いのはあいつなのだ。
後輩のフォローアップくらいはできるだろう。
「自分より頼れる人がいたらそりゃもう嬉しいですが、ライデンさんの隣で戦ったら緊張で街を氷河期にしそうなんで……」
「極まってんな」
そこまでのスーパーパワーを持っているのは素晴らしいが、コントロールできないなら厄介なだけだ。
ライデンが助けた人数は多いし、ファンもそれなりにいるとは思っていたが、ここまで好かれているとは。
同じくスーパーパワーを持っている人間だと、より憧れるもんなのかね。
気持ちはわからんでもない。俺だってライデンは偉いなと思っている。
自分がヒーローになりたいなどとは絶対に思わないが。
「わかったわかった。お前以外にも新人ヒーロー出て来てただろ。そっちと接触したらいいじゃん」
「コミュ障です!」
「元気な自己紹介どうも」
「氷室幸也、経済学部2年です!」
「マジの自己紹介ありがとな。老けてるって言われるだろ」
「孤独だと悪口すら聞こえてこないんですよね」
「なんかごめんな」
なんなら30代かと思っていた。意外と歳近かった。
いや、大学ってのは何歳でも入れるからそうと決まったわけではないかと思い年齢を聞けば、ちゃんと20歳だった。老けてんな、美形ではあるけど。
目の前の男が若いと思うと、途端に庇護欲が湧いてきた。
俺の体はガキだが、中身はおっさんだ。
大学生なんてキャピキャピの若者、遠くから眺めて微笑ましく思っていた世代である。
いや今は俺も大学通ってんだけどな。
「ヒーローの知り合いできたら紹介してやるよ」
「頼もしすぎる……!」
自分より小さいガキをあんま頼るな。俺は転生してるしいいけど。