毒霧ヴィラン・薄墨⑤
「你好〜」
「間に合ってます」
「何が!?」
宅配かと思って玄関の扉を開けたが、向こうに立っていたのは怪しい男だった。
現代社会の問題の一つだな。
大抵のものを宅配で買ってしまうので配達員が訪問する機会が多く、チャイムが鳴ったら配達だと思ってとりあえず開けてしまう。
この治安の悪い日本ではそんなことしちゃいけねえわ。
D.E.T.O.N.A.T.E.の時に学んでおくべきだった。
即座にドアを閉めようとしたが、靴を滑り込まされて閉じられない。
クッ、悪質なセールスのやり口だ。
怪しい男は自分を指さして、必死で言った。
「オレですよオレ、面影!」
「……面影ねえじゃん!」
面影の面影がなくなってしまった。
髪には赤色のメッシュが入り、顔には赤の色丸眼鏡。
耳には中華風の意匠が施されたタッセルピアス。
目尻には赤いアイメイク、服はもちろん中華服だ。
怪しすぎるだろ、職質されねえのか。逆に怪しすぎるからファッションで押し通せるのか。
「祈さんが中華服似合うって言ったんじゃないスか。ワタシ悲しいアルよ〜しくしく」
「キャラもそれでいくのか? まあ悪くねえか……」
「師匠がそう言うならそうするアル!」
「しまった、迂闊だった。こいつ俺の全肯定マシーンになっちまったんだった」
影響されやすさは相変わらずらしい。
自分というものがない。ある意味それがこいつなのかもしれないが、行き過ぎると記憶まで無くすとわかっているからな。
もうちょいアイデンティティが確立するまでは面倒見てやるしかない。
「で、今日は何の用だ?」
「公安に就職決まったんでご報告に来たアルよ〜。ぴーすぴーす」
「お〜、良かったじゃねえか。マトモな社会人生活頑張れよ」
暗殺者という時点でマトモな社会人からはかけ離れているように思えるが、さて。
人に擬態できる時点でもっと普通の職業に就けそうだが、こいつの場合擬態しすぎて変なことになりそうだ。
異能者の管理に慣れているはずの公安に一旦は預けておくか。
「公安に所属できたんで、祈さんの役に立ちそうな情報あったら全部流すアルね〜」
「俺がスパイ潜入させたみてえになってんじゃねえか。ンなこたしなくていいよ、世の中信用ってモンが大事なんだから」
「オレは祈さんからの信頼さえ得られればなんでもいいです」
「うわあ、急に元に戻るな」
「わかったアル!」
「しまった、このままではこいつ一生エセ中国人になっちまう」
それがいいことなのか悪いことなのか判断ができない。
公安勤務の暗殺者が、ヴィランよりマシなのかどうか判断できないのと同じことだ。
本人がいいならいいんだけど、こいつには自分が全然ねえんだよ。
「もし祈さんの暗殺依頼が来たら、その場で公安の内部をできるだけめちゃくちゃにしてくるアル!」
「おいやめろ、俺が公安に爆発物しかけたみてえになる」
大人として、若者のやんちゃの責任を取ってやるべきだという気持ちはある。
けど俺の体は未成年で、面影の方が多分歳上なんだよな。少なくとも肉体年齢は。
面影が公安に所属したというのなら聞きたいことがある。
「薄墨には会ったか?」
「ああ、会ったアルよ。ん〜……気難しそうな感じだったアルねえ」
「研究者気質か? 仲良くなれっかなあ」
「仲良くなりたいんスか? 引きずってきます?」
「引きずったら仲良くなれねんだよ」
「でもワタシのことは引きずって来たじゃないアルか♡」
「それはお前が特殊なだけだ」
特殊と言われ、面影はキャッキャとはしゃいだ。
普通の逆、特別とか異常とか、そういう言葉に弱いらしい。機嫌を取るのがすだまくらい簡単だ。
お前は世界に1人だけで代わりがないんだよ、と言わている感覚になるのだろうか。
そういう特質を持った人間は多くいると思うが、こいつの場合厄介だ。
言われたらその通りになってしまう性質とあわせて、異常をとことん突き詰めた結果がヴィランである。
「立ち話もなんだ、上がってけよ。仁が不機嫌だったら殺されるかもしんねえけど」
「祈さんの家ってDEAD OR ALIVEなんスね~」
「意味あってるか? どっちかっつったら、この門をくぐる者は一切の希望を捨てよじゃねえの?」
「どっちにしろ地獄じゃないスか」
アリギエリの神曲を知っているあたり、記憶はないくせに教養はあるな。
俺が知っているのは当然、ナナメさんの影響だ。すぐ引用すんだから。
おかげさまでやたら文学部の教授にも気に入られてんだよ。
面影を連れてリビングに行くと、テレビを見ていた仁が舌打ちした。
「面影来たけど殺しとく?」
「勧めないでほしいアル!」
「うぜえ。死ね」
「良かったな面影、今日の仁は機嫌が良いぞ」
「死ねとか言ってるのに!?」
殺す、ではなく死ね、の時点で機嫌が良い。
殺すのは仁の意思だが、死ねの場合は生殺与奪を一旦相手に委ねているからな。
積極性の少なさから言って、殺意も少ない。
「不良になっておる!」
一方、中華野郎になった面影を見て、すだまはそう言った。
「不良じゃねえ、ファッションだよファッション。今はこういうのが流行ってる、場所もある、らしい」
「そ、そうなのか……? むう、服装というのは移り変わりがはやいからのう。皆が和装でなくなるまで一瞬であった」
歴史を感じさせる発言だ。
「面影、すだまには良くしてもらえよ。変化について詳しいらしいし、お前が師匠と呼ぶならこっちだろ」
「もちろん! 恩人アルね、この姿を思い出させてもらったアル!」
「この口調も流行なのかのう?」
「この流行はめちゃくちゃ前だ」
「ちぐはぐじゃあ」
中国人が「~アル」っていうのってどっから来たんだろうな。
まだ「~だと思たよ」のように小さいつが抜ける、みたいな方が中国人の喋り方として理解できるんだが。
そんなこと言うと面影がその喋り方をしてしまうので黙る。
あと、のじゃロリの流行もかなり前のような……いや、ずっと前から存在しているすだまが時代遅れってのも変な話だな。
流行が追い付き、そして越えていったのだ。