毒霧ヴィラン・薄墨①
大学からの帰り道。
日が暮れかける時間帯に道を歩いていると、遠くから轟音が鳴った。
最近じゃよくあることだ。ヴィランの暴走かガス爆発か。ヴィランが暴れた結果のガス爆発か。
ま、このまま歩いててあぶねえなら、その辺にいるはずの澪が忠告してくるだろう。
構わず帰り道を進んでいれば、前方に見覚えのあるマフラーがたなびいた。
「おー、ライデン。なんか久々な気ィするな。元気だったか?」
「それはこっちのセリフなんだけど、見たところ今日は誰にも襲われてなさそうだね」
今度のライデンは面影ではなさそうだ。
うんうん、そうだよな。ライデンは非常によく喋るが、パーソナルスペースは広い方だ。
面影は俺を刺すために躊躇なく近づいてきたからな、あのあたりかなりの違和感があったぜ。
「フラックス、祈は無事だった?」
「俺に聞けよ?」
ライデンがそう尋ねると、どこからか澪がフラックスの姿で現れた。
液状の体を波打たせながら、頬に手を当て軽くため息をつく。
「当然完璧に守り抜いた――そう言いたいところなんだけど……」
澪はそこで言葉を区切った。
ライデンが身を乗り出して騒ぎ出す。
「絶対なんかあった間だよね!? ちょっと嘘でしょ!? いつ、今日!? さっきのヴィラン!? 完璧に対処したと思ったんだけど、俺が見つける前に既に被害に遭ってた!?」
「だから俺に聞けって」
「いえ、それは大丈夫。あんまり言うと心配させるだけよね。このくらいにしておくわ」
「いやもうだいぶ手遅れだよ! どんだけ気にさせるのさ!? 護衛とか言ってたけどやっぱり信用ならないな! そこを代われフラックス、俺がやるから!」
「いや、ライデン。フラックスってマジですげえから。護衛力半端ないぜ。あと運搬能力も」
「私のこと荷車扱いするのはアナタくらいよ、祈」
面影が俺を刺せたのは、俺が澪にそうしろと言ったからだ。
それ以外はD.E.T.O.N.A.T.E.の爆撃も対処したし、倒れてるラットロードを運んでくれたし、縛った面影を運んでくれたし、うん、優秀。
ライデンは頭を抱えた。マスクで顔が見えない分、ジェスチャーでの感情表現が豊富である。
「仲良くなってるし……!」
「そりゃいっしょにいたらなあ。それがなくとも気ィ合うし」
「俺とは気が合わないってこと……!?」
「ぎゃはは! どうしたライデン、かわいいこと言いやがって。俺はお前と友達くらいにはなってると思ってたが?」
「……俺もそう思ってたけどね! もちろん!」
ライデンはフラックスを指さして宣言した。
「もうしばらくだけ祈のこと頼むけど、変なことしたらすぐ倒しに行くからね、フラックス!」
「あらあ~。変なことしたらすぐに来てくれるってこと?」
「やめとけお前、ライデンにそういう冗談通じねえから」
澪は肩をすくめて「しっかり守るわよ」とライデンに約束した。
ライデンはそれを聞いて、「じゃあまたね!」と疾風迅雷のスピードでその場を去った。
相変わらず忙しいやつだ。ヴィラン多すぎ、ヒーロー少なすぎ。
そんなことがあった後、家に帰ればすだまが「くらーっ!」と怒鳴る声が響いた。
すだまは説教が好きなので、日常のことである。
今日怒られてんのは誰かな、とリビングを覗くと、珍しく澪であった。
澪はラットロードを液体で縛り上げている。何?
「よう、来てたのかラットロード。体調はどうだ?」
「それより先に聞いてほしいことがありますがね……」
ラットロードは疲れた様子でそう言った。
縛り上げられてはいるが、命の危機は感じていないようだ。
「ああもう。すだまが邪魔するから間に合わなかったじゃない」
「喧嘩はやめい! まったくどうしてそんなに気が短いんじゃ、若いのは!」
すだまも充分気が短いと思う。既にぷんすこ怒っているし。
「俺が見てねえ間にラットロード始末する気だったのか?」
「殺すまで行かないわよ、カワイイ後輩ちゃんだもの。ただおはなしする場所を変えようと思っただけよ」
「内緒話か? 悪かったな。ここは俺の家だから、俺に聞かれたくねえ話をするには向かねえぞ」
「お嬢、少しの間フラックスをお借りしてえでやんす」
「ああ、もう……」
澪はため息をついた。
ラットロードの方から澪を訪ねて来たのだろう。
澪は俺のことをストーカー――もとい、護衛しているため、基本的に俺と一緒にいる。
姿は見せないので俺の視界にはいないが、常に俺の近くにいるというのは、ライデンに呼ばれてすぐに顔を出したことからも明らかだ。
ラットロードは俺にも話を聞かせるため、わざわざ俺の家を訪ねてきた。
家の中にラットロードがいることに、俺が帰宅する直前に気づいた澪は、俺にバレる前にラットロードを縛り上げてどこか別のところで話をするつもりだったのだろう。それをすだまに邪魔されたと。
今回はラットロードのが一枚上手だったようだ。
「借りるも何も、澪は俺の所有物じゃねえよ。そういうのは当事者同士で決めろ」
「お嬢を護衛するからそばを離れないっておっしゃられるもんですから、お嬢の許可を頂ければと」
「澪が俺を守ってるのも澪の意思だからな。俺が何言っても関係ねえだろ」
この口ぶりじゃ、すでに何度か断られている依頼っぽいな。
「毒霧ヴィラン・薄墨をご存じですかい」
「ああ、食らったことあるな」
雪狐とインフェルナのチームアップが軌道に乗った頃にぶちあたった。
毒だけ食らったので姿は見ていないし、体温で視覚外でも生き物を探知できるインフェルナも、あの場にはいなかったと言っていた。
あいつらは別のヴィランを捕まえた帰りに、毒で転がっている俺を発見して慌てふためいていたというわけである。
「そこまで詳しいとは思っとりやせんでしたが、そうでしたか。アイツは公安の悩みの種でして、なんとか捕縛してえんです。フラックスの力があれば数日で捕らえられると思うでやんすが」
「アタシ、もう公安は辞めたのよ。いつまでも頼られちゃ困るわあ」
ラットロードは目を鋭く光らせた。
「いいや、アンタにも責任はある。薄墨が《《公安を辞めて》》ヴィランになったのは、アンタが死んだからだ。死んだと思わせて足抜けしたんでしょうが、アンタを慕ってた薄墨には随分ショックだったようで。もうなにもかもどうでもよくなっちまったんでしょうな」
「……嘘でしょ」
澪は少しの時間放心した。
「モテモテじゃん、澪」
「はあ、そんなにアタシのこと好きだったんなら、もっとアピールしてもらわなきゃ伝わらないわよお。そんな話聞いちゃうとね、ああもう……」
「行きてえなら行けよ、俺なら問題ないぜ」
「問題大ありよ。祈がアタシのいない間に死んだら、アタシの気持ちはどうなると思うの」
死んだって言わなきゃ死んでねえのと一緒だしなあ。
ライデンに約束した手前、護衛の任務から離れるのが嫌なのだろう。
「フラックスの代わりを務めるのはあっしにゃ荷が重い。かといって公安の異能者を紹介するのは気に食わねえでしょう」
「ぜ~ったいやめてよね」
澪は渋い顔をしている。
ラットロードの要請に応じ、薄墨とやらをなんとかする方向で考えているのだろう。
心残りは俺の安全だ。澪が来る前はひとりでやっていたのだし、そんなにプリンセス扱いせんでも。
「ま、あんま外出しないようにしてやるよ。この家にはアイアンクラッドとすだまがいるんだぜ。2人もいりゃフラックスの代わりくらいにはならぁ」
「性格的に問題大アリなのよ、あの2人は」
仁は理解できるが、すだまもそうなのか。
まあ、狐耳生えたのじゃロリだからな。人間とは違う道理で動くことも多かろう。
「いいこと、祈。死なないでね」
「わかったわかった。俺だって死にたくねえよ」
澪は俺のことを疑いの目で見た。返事が適当すぎたか。
しかしいつだって俺は死なないよう生きている。
そんなの関係なしに殺してくるヤバいやつばっかの世界なのだ、ここは。
深く深くため息をついて、ようやく澪はラットロードを解放した。
「はあ。それじゃあ、過去を清算しに行きましょうか。ささっと終わらせてくるわ。行きましょラットロード、居場所の見当くらいはついてるんでしょうね」
「拠点は数か所にしぼってありますから、あっしより速いアンタにゃ回りきるのはすぐでしょう」
細かい相談は、さすがに俺にも内緒にするらしい。公安の案件だからな、秘密も多いのだろう。
場所を変えるとのことで、玄関から出ていく2人を見守る。
それにしても。
「え~、ラットロード、やんすはもうやめちまうのか? 俺あれ好きだったんだけど」
「昔の知人がいる前でキャラ作るのしんどいんですよ」
「ふたりっきりのときはやんすしてくれるってことか?」
「ええ、それが好きなら」
「やりい!」
やんす口調がどんどん上手くなっていくラットロードの今後に期待だぜ。




