変身ヴィラン・面影④
最近大学にまでたどり着けねえな。ヴィランが多すぎる。
俺の研究が滞るので困ってしまう。
月島教授も心配するだろう。あと普通に研究室の人手が減って困るだろうし。
やはり大本、デルタを倒すしかないのだろうか。
のんびり歩いて家に帰ると、玄関前でフラックスが待機していた。
面影も縛られたままそこにいる。こんなん通行人に見られたらやべえわ。
俺の家、大通りからちょっと死角にあって良かった。
そこまで考えて家を借りたわけではないが、今こうして役立っている。
「家の中にラットロードがいるんだけど、どうする?」
「お、ちょうどいいじゃねえか。面影に刺されて死にかけたんだし、何発か殴らせてやろう」
家の中で待っていなかったのは、俺の判断を待つためだったらしい。
澪は本当に優秀である。こういう部下が欲しいよな。
でも仕事ができすぎて、俺が澪の上司だったら自信を無くしそうだ。
俺と澪はすたすたとリビングに向かった。そこが一番広いからだ。
たどり着くと、澪はすぐに言った。
「仁、代わりに縛ってくれるかしら?」
仁の返事を聞く前に、澪は面影の拘束をといた。
そうなれば、仁は能力を使って面影を捕獲せざるを得ない。
突然連れてこられた、俺と同じ顔をしたなにか。
フラックスの力を使って捕獲していないと危険と判断されている。
それを突然家の中で突然放されたのだ。
協力したいと思っていなくとも、己の安全のためにそれを捕獲するしかない。
澪は俺より仁を動かす方法を理解していそうだ。感心する。
「いだだだだ!」
面影を縛るものが、フラックスの液体から、アイアンクラッドの金属に代わる。
痛いらしい。そりゃそうだ。
仁は骨格が金属でできているため体重が重い。
しかし俺が家の床が抜けないか心配しているのは、それだけが原因ではない。
仁はどこかから、ざまざまな金属片を収集してくるのである。
金属を操作できるから、武装として集めているのか。
近くにたくさん金属がないと落ち着かないのか。
理由はわからないが、俺の家には何にも使えない鉄屑が山ほどおかれている。
なんかこう、巣作りする動物みてえ。
それを操作して、仁は俺の姿をした面影をギチギチに拘束した。
まあ、多少金属片で皮膚が切れたり、骨が押しつぶされたりしたところで、俺の体質を真似ているのなら治る。問題なかろう。
問題なのは仁の方だ。
こめかみに血管を浮き上がらせている。どう見ても怒っていた。
いつだって不機嫌そうな顔をしているが、それにも増して、だ。
それですら通常運転ではあるのだが。
口喧嘩が始まる前に、澪は能力を解除した。
つまり、フラックスの姿から、人間の男性の姿になった。
その姿はあまり好きではないと言っていたのに、どういう風の吹き回しだろうか。
俺が質問する前に、ラットロードは驚愕の表情を浮かべた。
「せ……先輩!?」
俺はきょろきょろあたりを見渡す。誰に言ってんだ。
「ハァイ、お久しぶりね。今はラットロードでしょう、男爵なんて出世したわねえ」
「お前か、先輩は」
ラットロードにあいさつした澪は、にこにこと人好きしそうな笑顔を浮かべた。
そういえば、ラットロードが俺の家に来たあの日、澪はラットロードに姿を見せなかった。
警戒して水道管に潜んでいるのだろうと思って特に気にしていなかったが、まさか知り合いだったとは。
「生きとりましたか。そうですか、そうか……」
ラットロードは感慨深く呟いた。
これだけで、彼らの間に筆舌に尽くしがたい関係があることが見て取れる。
しかし、澪が先輩で、ラットロードが後輩なのか。逆っぽいけど。
この場合澪が若く見えるのか、ラットロードが老けて見えるのか、どっちだ? どっちもか?
「今は楽しくやってるわよ~。何にも気にしないで頂戴な」
「ええ、アンタがそう言うのなら。生きていてくれるだけで充分だ」
ネズミ男爵は情報屋だ。
世間でもかなり有名なヴィランであるフラックスを知らなかったというわけはないだろう。
先輩と呼んだのは、人間の体をしている澪に対してだ。
つまり、澪が液体に同化するミュータントだとは知らないままに、先輩と呼び慕っていたということである。
しかし澪は人間の体でも指名手配されているはずだ。
まだニュースや、警察署の前に貼ってあるのとかは見たことがないが、情報屋を名乗るくらいならすでに知っていてもおかしくはない。知らない方が変だ。
……どういうこと? どうなったらそうなんの?
「すんごい気になる~って顔してるわね」
「そりゃそうだ。でも聞かない方が良いだろ?」
「うふふ、どうかしらね~。アタシは祈になら教えてあげてもいいけど、ラットロードが困るかしら~?」
「お嬢は命の恩人だ。信頼もできる。俺も構わねえですよ」
やんすを忘れている。
まあ、わざわざやんすと言わなくとも、なんとなく江戸っ子口調だ。それほど違和感はない。
これが彼のいつもの口調なのだろう。
わざわざキャラづけしなくともいいんだが、どうしてもやんすが面白いのでつい言ってほしくなってしまうのだった。
ラットロードはいつもとは違う表情を見せた。
表情というか、全体の雰囲気がすでに違う。
背筋を伸ばし、普段浮かべているへらへらした笑みをひっこめ、落ち着いてじっと俺の目を見た。
「俺は公安です」
「ど……っ」
変な声を出してしまった。
あまりに予想外のことを言われると、人間変な音が出るらしい。
公安とは、国内の治安維持や国家の安全保障に関する業務を担う機関だ。
警察の一部署と思ってもいいのかもしれない。テロ対策やスパイ活動の防止、危険な組織の監視や対策を主な業務としている。
カッコよく言うなら、日本版ジェームズ・ボンド的な――それだと言い過ぎか?
公安。公安かあ。
「……やっぱ国家公務員は給料少ないのか? 歯列矯正もできねえなんて……」
ラットロードの歯並びに関してそう言うと、澪はぷるぷると震えて爆笑している。
ラットロードは不満げに頭を掻いた。
こないだ風呂に入れてやったのに、すでにフケがぽろぽろと落ちている。
風呂が嫌いだと言っていたが、あれは真実だったのだろうか。
「素人にゃ何言ってもわかんねえでしょうが、お上品に見えたら暗部にはひそめねえんですよ」
「悪いフリすんのも大変だな。いや、お前あんま上手くなかったと思うよ? 性根の良さがにじみ出てたわ、だから俺もお前に良くしてやったんだし。もうちょいヴィランってもんを研究しとけ」
「うふふふふ!」
ついに耐え切れず、澪が声を出して笑い始めた。
「ちょっと待て? 公安の男が先輩って呼ぶということは、澪も?」
「元ね、元。ストリッパーの前よ」
「人生すげえな!」
公安勤務からストリッパーに?
異色の経歴過ぎる。そうはならんやろ。なっとるやろがい。
「アタシ器用なの。吹っ切れる前は我慢が得意だったのよ。たくさん暗殺したのは公安だった時。政府にとって都合の悪いミュータントを排除してたの。そんなのフラックスの能力がなくたってできたもの」
「え、特殊能力なしで暗殺者やってたってこと? 才能の塊じゃねえか」
「人を殺すのに、特別な力なんていらないのよ」
暗殺者が言うと考えさせられる。
人ってのは簡単に死ぬからな。殺そうと思えば、大抵どんな人間でも死んでしまう程度には。