変身ヴィラン・面影③
「おーい、祈~!」
俺の名前を呼びながら駆け寄ってきたのはライデンだ。
珍しい。ヒーローは遅れてやってくるという常套句が適応される男だ。
つまりライデンが来る頃には大体俺は既にヴィランにやられている。
まだ俺は元気だ。
だからそんな俺にライデンが声をかけてくるのは――もしかすると初めてかもしれない。
「どうした?」
返事は刺突で返って来た。
ライデンは持ち前のスピードを披露したらしい。
俺が視認できないほどの素早さで動き、いつの間にか俺の胸にはナイフが突き刺さっていた。
「うわ……思ってたよりキツいな、胸糞悪ゥ……」
なぜか刺したやつが俺より引いている。
ライデンの姿をした《《なにか》》は、俺の返り血がついた手をヒーロースーツで拭いた。
ライデンのスーツは白を基調とし、稲妻を思わせる黄色のアクセントが入っている。
だから俺の血は鮮やかに目立った。
まあこれ、ライデンではねえわ。
ラットロードから聞いていたので、思っていたより驚かなかった。
変身ヴィラン・面影。
ラットロードもこんな感じで刺されたのだろう。
俺の場合はライデンだったが、ラットロードに近づいた面影は誰に化けたんだろうな。
ともかく、刺された俺を見てドン引きしていることから、こいつが殺人を楽しむタイプではないということはわかった。
であれば同情くらいさせられるだろう。
俺はとびきり可哀想に見えるよう、絶望の表情をつくった。
「なんで……どうして……こんなこと……するの……?」
「ウッ……」
とぎれとぎれに言って、口から血をこぼす。
ライデンの見た目のなにかはひるんだ。
「わたしが悪いんだね? なんでもするから、嫌いにならないで……」
「ウウ……!」
相手はさらにひるむ。
瞬きを封印して目を乾かし、俺はぽろりと涙を流した。
すぐに泣けるのは俺の特技だ。全然使ったことねえけど。なにもねえのに泣く意味ねえし。
「ねえライデン」
泣いたことで鼻声になった俺の声は、より悲痛そうに響いた。
一歩近づいて、ライデンのマスクを撫でる。向こうは逃げなかった。
本物にもこんなことをしたことはない。意外につるつるしている。
布みたいな素材かと思っていたがプラスチックか金属系統なのか――いやそんなことは今どうでもいい。
「わたしのこと、すきだっていってよ」
俺が抱き着くと、ライデンみたいななにかは固まった。
密着したことで胸から生えていたナイフの柄が押され、体内へさらに押し込まれるが、そんなんどうでもいいんだ。
「今だ、やれーっ! 捕らえろーっ!」
「え!?」
抱きつきを拘束に変更。と言っても俺の非力さではなんの拘束力にもならないだろう。
迅速に面影を捕らえたのは、当然澪――フラックスだ。
そもそも澪が本気を出していれば、俺は刺されていない。
しかし今回の目的は面影の捕獲だ。であれば最大限まで引き付けるために刺されるくらいはしよう。
事前に相談した際、澪は渋りに渋ったが、面影を放置する方が危険だと判断したのだろう。
最終的には同意して、こうして奇襲攻撃を成功させている。
素早く近づいてきたフラックスは、あっという間に面影を水球の中に閉じ込めた。
俺は離れ、胸元のナイフを引き抜きながら中指を立てる。
「よっしゃボケェ! 舐めんなカス! この俺がナイフ1本で死ぬわけねえだろ!」
「さっきまでの殊勝な祈は幻覚だったのかしら」
刺し傷なんざもう一瞬で治せるんだよ俺は!
何回ヴィランにズタボロにされたと思ってんだ!
「あら、やるわねえ。体質まで真似られるの?」
澪が感心した声を出す。水球の中のライデンは姿を消していた。
そして、フラックスが増えた。澪に化けなおしたのだ。
液体の中に液体がいるようだが、俺にはどこからどこまでが、どっちのフラックスなのかまったくわからない。
「でも同じ能力なら、使い方が上手い方が勝っちゃうわよ♡」
フラックスはその能力が強力だが、強みは応用力にある。
「ほら、もっとうまく、急いで操作しなきゃ。操作権がどんどんアタシにとられて、体積が少なくなってるわよ」
見た目は同じ液体なので、何がどうなっているか見ただけでは判断できない。
しかし澪の言うことには、澪の方が優勢らしい。
大丈夫だよな? これ、澪に化けた面影側が言ってるわけじゃねえよな。
「ものまねが上手なのね。でも液体っていうのはどんな形にでもなれるの。決められた形をなぞるしかできないアナタより、ずっと自由なアタシが勝つのは自然よね?」
「ぐ……っ!」
「うふふ。このままだとアナタ、アタシに液体ぜ~んぶ乗っ取られて、自我が無くなっちゃうわよお~」
怖いことを言っている。
同化する液体がないと、フラックスは自我を失うらしい。
存在ごと消えてしまうとかそういうことだろうか。人間には戻らないのか。
フラックスの技術には、一朝一夕でたどり着けない。
諦めた面影は俺に化けた。
「ナイス。これで殺せるな」
「友達を殺すのは罪悪感があるわね~」
「もうやったことあんだろ」
「そうだったわ、うふふ!」
ブラックジョークで笑い合っていると、俺の姿をしたなにかは、フラックスの水球の中で溺死した。
体質まで俺になっているのなら、この程度で死ぬわけがない。
しばらく眺めていると、再生、溺死、再生を繰り返している。
俺の見た目なのでちょっと可哀想だ、俺が。
「耳だけ出せるか?」
「仰せのままに」
言葉が良く聞こえるように、耳だけ水の檻から出してやる。
よ~し、めちゃくちゃ虎の威を借ってやろう。
すべてフラックスの功績だが、ノリノリに便乗してやるぜ。
「俺に化けたのは悪手だったな。これでお前は死ねなくなった。そこから出るために別の何かに変身しても、溺れて死ぬだけだ。死なないためには再生能力のある俺であり続けるしかなく、そして俺は非力でそこから出られない。俺たちはお前を何度でも殺して甚振れる。可哀想に、俺の体は全部復元するからな。痛覚はずうっとあるぜ。痛みが麻痺することはない。それも治るからだ」
淡々と説明してやった。
見ただけで体質までコピーできるのならすべて知っているかもしれないが、念のためだ。
拷問官ってのは常に冷静じゃねえとな。知らんけど。
「今日は時間があるからな、長く付き合ってやれるよ――お前が死の恐怖を克服して、俺の変身を解いて楽になろうとするまで繰り返そう」
面影が溺死から復活するのを見届けてから、澪に面影の口まで水面から出すよう頼む。
打ち上げられた魚のように必死に口をぱくぱくさせ息をしているのを見ながら、俺は素敵な提案をした。
「もっと紳士的に話をするってんなら離してやってもいいぞ」
「全部言うこと聞くので殺さないでください!」
「俺の姿で命乞いしないでくれるか? みっともない」
かくいう俺もD.E.T.O.N.A.T.E.のときは全力で命乞いをしたが、まだ多少かっこつける余力はあった。
デトネイト構文で喋ると勝手にかっこよくなっちまうってのもある。
さて、これで拷問し続けなくてもスムーズに話を聞けそうだ。
やったなと言おうとして振り返ると、澪は険しい顔をしていた。
「え、なんかあったか?」
「……いいえ、なんでもないわ」
「絶対なんでもなくないだろ、それは。そっとしておいた方が嬉しいやつか?」
「ええ。今は」
何だろう、俺が目の前で面影を拷問してしまったことで、かつて拷問されてしんどかったときのトラウマでもフラッシュバックしてしまったのだろうか。だとしたら申し訳ねえな。
しかし今の俺にできることは、それこそそっとしておくくらいだろう。
「じゃ、俺の家集合」
「また仁に眉間のシワが増えるでしょうね」
澪はマンホールの蓋を開け、面影を引きずり込んでいった。
何回見てもクリーチャーの仕草だ。元ヴィランだしこんなもんか。




