変身ヴィラン・面影②
「で、誰にやられたんだ?」
事情聴取を始める。助けてやったんだからちょっとくらい聞く権利はあるだろう。
ラットロードは胸元にナイフを刺して倒れていた。どう見ても他殺だ。未遂だけど。
「それが誰なんだか」
「おいおい、自分を殺したやつもわからねえんじゃ、死んでも死にきれねえだろ。ちゃんと見ておけよ」
「見ておかなかったから、死んでも死にきれなかったんじゃねえですかい?」
「ははあ。一理あるか」
しかし、ラットロードは情報屋だ。
自分を殺そうとしたやつがいれば、そいつが誰なのか気になるもんだと思ったが、平気そうにしている。
業務上仕方がないから情報収集しているだけで、もともと知りたがりだから仕事にした、ってわけじゃねえのか。
人間、好きを仕事にしているやつばっかじゃないからな。
「お前より足が速かったのか? 俺はお前の足が実際どんだけ速いのかは知らんが、評判は聞いてるぜ」
「時速でいえばそれほどでもありやせん。あっしが速いと言われるのは逃げ足。そりゃあ、あぶねえ状況を見極める判断力と、そもそも危険に近寄らず、誰も知らねえ道を通ることによるところが多いでやんす」
ラットロードは小柄だ。潜り込める隙間も多かろう。
都会だからこそ発揮される逃走術というところか。
「そういうもんか。残念だな、情報なしじゃ仇も討ってやれねえ」
「情報ならありやすよ」
「おい。出し渋るなよ」
「命の恩人から情報料をとろうだなんて考えとりやせん」
その辺の仁義はあるらしい。
どうやって恩を返すか、とか言ってたしな。
「誰があっしを刺したのか、そいつはわかりやせんが、ヴィラン名なら明らかだ。変身ヴィラン・面影。誰にでもなれるおかげで、誰なのか一切不明。デルタに次ぐ、謎の多い輩でやんす」
「なるほど。誰かになって近づかれて、油断したところを刺されたってことか」
ラットロードは肩をすくめた。そういうことらしい。
情報屋だもんな。顧客に変身でもされたら距離を詰められるのは当然だ。
「いやあ、必要そうなところに情報を売るコウモリをやってたら、ヴィラン界隈から干されちまったでやんすねえ。しばらくは正義の方に寄りやしょうか」
ということは、面影はフラックスと同じパターンということだろう。
依頼を受けて人を殺す暗殺者。
デルタの指示なのかは不明だが、ヴィランというのはほとんどがデルタ配下と思った方が良い。
デルタの思惑から外れるようなことをするやつは、ラットロードのように消されてきたからだ。未遂だけど。
しかし己をコウモリと自称するとは。
ヒーローとヴィラン、どちらの陣営にもいい顔をする、という意味で使用したのだろうが、ネズミの耳としっぽが生えてるやつが言っていいセリフか?
「ネズミとしてのプライドはねえのか」
「チチチッ。なんでもやって生きていくのが、ネズミとしての誇りでやんすよ」
「かっけえじゃん」
俺が褒めると、ラットロードは再びチチチと鳴いた。
最初に出会った頃はほとんどネズミっぽく鳴かなかったのにな。
つうかネズミのヴィランなんだから、口調でキャラづけするならやんすじゃなくて、でちゅうだったのでは。
いや、ダメだな。なんとかでちゅって言う中年男性はキモすぎる。
「行くとこあんの? ないならここにいてもいいぜ。狭えし、殺意の高いヴィランも住んでるけど、家事は全部巫女がやってくれる」
「巫女……?」
ラットロードはすだまに丸洗いされたが、そのときは気を失っていたらしい。
ネズミにとって、狐って天敵か?
すだまはネズミを捕って食うようなことはしないだろうが、ラットロードがどう思うかはわからない。
「お気遣いはありがてえですが、ネズミってのはどこでも生きていけるもんでやんすよ。またいいこと知ったら教えにきやすから、そんときお会いしやしょう」
「そうか」
ラットロードは居候五号にはならなかった。実験体二号ではある。
必要かはわからないが、俺はラットロードに連絡先を書いた紙を渡した。
研究途中の薬を投与したのだ。本来なら傍で経過を見守りたいが、本人の希望とあらば仕方がない。
些細なことでも体調の変化があればすぐに教えろと言い含めて、ラットロードを見送る。
「面影に気をつけるでやんすよ。お嬢には長生きしてほしいでやんすからね」
「お前もなー」
そう言って、ラットロードは去って行った。
俺の部屋着が1着消えたが、セールから帰って来たすだまが上下ピンクのパジャマをくれた。
色が気に食わんが、家の中なら我慢するか。
まったく俺の好みくらい把握しろよな。洗濯してんだから服の好みわかるだろ。
「仲良さそうだったわね~」
「そうか?」
ラットロードがいなくなり、澪が顔を出す。
「ホント祈ってば、たらしなんだから。今までよく刺されなかったわね」
「あ……? 何、俺って刺されそうなほど恨みを買ってそうなのか?」
「今までインフェルナみたいなのに好かれなかったの?」
「あ~……? 言わんとしてることはわかった。ンなことはなかったと思うが……」
「本当かしらねえ。すだま、どうだった?」
保護者に聞くなよ。
すだまは買ってきた食品を冷蔵庫にしまいながら答えた。
「幼い頃の祈か。そりゃあもうすごかったわい。気を抜くとすぐ魑魅魍魎を引き連れて帰って来おってな」
「誰の話してんの? え、俺に見えてないだけでそういうの憑いてた? 幽霊的な話か? やめろよ、得意じゃねえんだよ」
ホラーはそんなに得意じゃない。
少なくとも、自分から好き好んで観ることはない。
ジャンプスケアとか最悪だ。ドキッとすると不安になるだろうが、何が楽しいんだ。
「祈の地元って魑魅魍魎がいっぱいいるのね~。地獄?」
「人の故郷を地獄呼ばわりすな」
そりゃあ、すだまのようなザ・人外がいても目くじらを立てないのんびり屋ばかりの住む地域だったが――いや、そうなのか?
もしかして、あそこは人外でも受け入れてくれるらしいぜという噂が広がり、いろんなのが集まっていたのかもしれない。
実際ナナメさんはあの辺の水辺にいたわけだし。
「あやかしをたらしこむのがそれはそれはうまい。かくいうわしもメロメロじゃ」
「すだまは人間ならだれでも好きだろ」
「節操なしのように言うでないわ。誰の家にも転がり込んでおるわけではないぞ」
「え~? 地元のやつらなら誰でもいいんじゃねえのか? じゃあ俺のことどのくらい好きなんだよ」
洗濯物を畳みながら、すだまは少し考えた。
「おぬしのためなら、国を傾けてやっても良い」
「おおう……」
「特別じゃぞお? おぬしが治めたほうがマシな国になりそうだからのう」
「あ、そういう感じ? 絶対やめろよ、国とか要らねえから。やるなら責任もって最後まで自分で治めろ。大体そんなことできんのか、総理大臣でも暗殺すんのか」
「やりようはいくらでもあろうな。これでも昔はぶいぶい言わせとったんじゃぞ~」
「マジ? 知らなかったわ」
神社の信仰が薄れてきたことによって力を失い、今は幼女になっておるだけじゃ~みたいなこと?
性癖おかしくなっちゃう。ロリコンじゃなくて助かった。
「わしだって人の世に馴染むまでいっぱい苦労したんじゃ。皆の気持ちはわかるつもりだよ」
声のトーンを落とすだけで、すだまからは凄みが出る。
生きてきた年月がそう感じさせるのだろうか。
「うふふ。私はどちらかというと、馴染まないと決断するまでに苦労したわ。器用に生まれちゃったもんだから、やろうと思えばいくらでも溶け込めたの」
澪の悩みは、雛とは正反対のところにありそうだ。
雛は頭の炎を無理矢理隠し、擬態して社会で生活することで苦しんでいた。
水と火だから性格も逆なんかね。
すだまは澪の言葉に何度も頷く。
「ああ、それもわかる。いくら人に化けようが、実際には人ではないが故、いつまでも虚しさが消えんのだ。わしもこの耳としっぽを出して暮らすと決断するまでに数百年はかかった」
「あらあ、話が通じるわね! 仲良くなればなるほど騙しているのが申し訳なくなるのよ。でも勇気を出して正体を晒したとき、化け物扱いされるのがいちばん心にクるの。だったら最初から化け物でいたほうがずっとずっとマシだわ」
「うむ、うむ……」
澪の言葉にすだまは深くうなずいた。共感しているらしい。
数百年生きてる狐と同じ目線で語れる澪はすごいな。どんだけ濃い人生を生きてきたんだよ。




