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ヒーローにゃなれねえから犠牲者やる  作者: 九条空


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水面下の観測者・ナナメさん

 小さな水族館の忘れられた一角に彼はいる。


 初めて来たのでは、まず見落とすルート。

 なんとなく目立つ水槽を回っていくと、その小道には入らないのだ。

 近くに座る場所もなく、誰も長居しない水槽の前に、俺はいた。


 展示はマダコだ。

 マダコのために水族館に来るやつはかなりのマニアだろうから、都会の水族館とはいえやっぱりここまで人が来ることはほとんどない。

 しかし、俺はここに来るために入館料を払っている。


 水槽に近づけば、俺の脳内に直接声が響いた。


『それはやめたほうがいいね』

「悪い、理解力が足りなくてな。どれだ?」


 通称ナナメさん。

 水族館に住んでいる、ミュータントのタコだ。


 高い知能を持ち、こうしてテレパスで会話出来る他、未来視の能力もある。

 人の思考が読め、人と交流を繰り返してきたため、人のことをよく知っているが、当たり前なことに人とは違う。

 個体名には大したこだわりがないようで、自ら名乗るものがなかったため、俺はナナメさんと呼んでいる。


 会話がナナメに飛ぶからだ。

 ナナメさんは数分、いや数年先の俺と突然会話したりする。

 できる限り理解してやろうと努力しているが、見ている世界が違うため限界はある。


『少なくとも10年以上先だ』

「そんな先の話はどうでもいいが……10年後も俺は生きてるらしいってんなら良いことだな」

『あ、それはよくないな。死んじゃった』

「油断はよくないってことか。ありがとな、ナナメさん」


 ナナメさんの忠告は具体的なこともあるが、抽象的なことも多い。

 直近のことであればわかりやすいアドバイスをしてくれるが、遠くなればなるほどあやふやだ。

 しかし確実に星座占いよりは当たるので、無視はしないようにしている。


『ごめんね』

「いいよ」


 ナナメさんはこうして、時折謝ることがある。

 未来の見える彼が、何に対して謝っているのか推し量ることはできない。

 今すぐ起きることかもしれないし、数年後のことかもしれない。

 そもそも変わり続ける未来を見ているので、それは起きなかったことへの謝罪かもしれないのだ。


 ただ彼が謝る度に、俺は必ずいいよと言う。

 なにがあってもナナメさんを許す。そう思っているからだ。


 未来が見えるだけのタコになんの責任があろう。


「一旦世間話から入っていいか? 久しぶりだなナナメさん、最近来れなくて悪かったよ。問題なかったか? あったら既に聞いてるんだろうけど」

『大丈夫、問題なら3日後だから』

「俺が必要か?」

『他のことで忙しいからいいよ。それに君の問題と比べると全然大したことない。ぼくの機嫌がちょっと悪くなるくらい』

「問題じゃねえか。友達には機嫌よく過ごしてほしいと思うのは傲慢か?」

『この発言で機嫌は充分なおったから、君は役目を果たしたよ』

「そうか、相変わらず褒めるのがうまいな」

『君ほどじゃない』


 ナナメさんは俺の友達――友タコだ。

 占いのように指針にしたり、人生のアドバイザーのようにも思っているが、彼に未来視の能力がなかったとしてもこうして会いに来ただろう。


 人の思考が読める彼にしてみれば、俺はスケールの小さいことで悩んでいるのだろうなと思わされる。

 ナナメさんの年齢は知らないが、かなり長生きしているようだ。

 人生の酸いも甘いも知っている酢だこなのである。


 嬉しいことに、ナナメさんも俺のことを気に入ってくれているようだ。

 ナナメさんは元々俺の地元に住んでいる野生のタコであったが、俺が大学入学にあたって都会に引っ越すと同時についてきた。

 だから俺の家の近く、都会の水族館の水槽の中に今はいるのである。


『今だと思ったときに行く場所を教えておこう。きみの大学の研究室だ』

「それ、俺がちゃんと今だって思えるか? 俺は勘が鈍い方だぜ」


 水槽のたこつぼの中から這い出して、ナナメさんは言った。


『ファウストだね』

「ゲーテの? 相変わらず古典が好きだな、未来が見えるのに」

『一より十をなせ』

「意味はわかったが、誰の何に対して言ってる?」

『デルタの行い。君への』


 文系でもないのに俺が古典文学にやたら詳しいのは、ナナメさんの好みだ。

 こうして度々引用するので、俺は帰ってからその本を読まなければならない。


 一より十をなせ。

 二は去るに任せよ。

 しかしてただちに三にゆけ。

 しからばすなわち汝は富まむ。

 四は喪失せよ。

 五と六とより

 七と八とを生ぜしめよ。

 これの如く魔女は説く。

 これにおいてや成就すべし。

 九は則ち一なり。

 十は則ち無なり。


 これはゲーテの詩、ファウストに登場する魔女の九九だ。

 どんな意味があるのかと言えば、意味はない。

 魔女はこれを言ったあと、こう付け加えるのだ。


 まるで矛盾したことは智者にも愚者にも深秘らしく聞えますからね。


 ナナメさんは複数の未来が見えるため、発言が矛盾する場合がある。

 デルタに関していくらか俺に伝えたとしても、不確定で揺らぐ未来についてのことだ。

 忠言は矛盾し意味を成さない。ナナメさんの神秘性を保つだけで、俺のためにはならない。

 だから口を閉ざそう、という意味である。


 伝え方がカッコいいんだよな。

 昔の俺はこの意味を理解するのに相当な時間をかけた。


 ナナメさんは水槽の壁を吸盤でぺたぺた触った。

 俺はなんとなしに、それを反対側からつつく。

 分厚いアクリルが俺たちの間を遮っても、ナナメさんの言葉は聞こえてくる。

 だが田舎にいた頃と違って、簡単に触れ合えないのはなんとなく寂しかった。


『彼は手強いよ。全部はわからない』

「ナナメさんでも? そりゃすげえ。もしかしてナナメさんに似た能力か?」

『そうかもしれない。ああ、だめだ。久しぶりに自分が死ぬのを見た』

「……悪かった。もう来ない方が良いか、それとも別にできる償いがあるか?」


 未来の見えるナナメさんは、当然生存に長ける。

 シェイクスピアを暗記しているのだ、自然界の競争に打ち勝つことくらい簡単なのだろう。


 そんなナナメさんでも死ぬ未来があるとは。


 ヴィラン・デルタ。

 最初のヴィランにして未だ正体不明。

 俺も男であるらしいってことくらいしか知らないが――ゲイにモテそうな男であるらしいというのは一旦忘れて――まさかナナメさんでさえその正体がわからないとは。


 てっきりナナメさんは何でも知っていると思い込んでいた。

 アカシックタコードくらいに思っていた。

 やはり万能の能力は存在しないということだ。


 ナナメさんの様子は、友タコとしてちょくちょく見に行っている。

 なにしろ田舎から一緒に上京してきてくれたのだ。

 暮らしにくいことがあれば俺の責任である。


 今日はちょっとばかし下心もあった。

 俺はデルタに命を狙われているらしい。

 その目的がなんなのか、ナナメさんならば教えてくれるのかもしれないと考えた。


 しかし結果はこれだ。

 俺は友として、ナナメさんを危険な目にあわせたいわけではない。

 俺を心配してこんなところまで着いてきてくれたタコを死なせては、一生の心残りになるだろう。


 俺がナナメさんに危険を持ち込んでしまうのならば、断腸の思いで距離をとる。

 水族館の年間パスポートは持っているが、既に元は充分すぎるほど回収しているしな。


 なんなら俺は水族館の職員に「あ、マダコの!」と呼ばれているぞ。

 完全にマダコマニアとして認識されている。そりゃそう。実際そう。

 ナナメさん以外のマダコにはあまり興味はないが。


『償いでなく、義務でなく、必要でなく、君がぼくを訪ねてきてくれるのが、ぼくの機嫌を良くするよ』


 自分に死を運んでくるかもしれない存在に、こんなことを言ってくれるとは。タコができている。


「ナナメさんは相変わらずひとたらしなタコだな」

『タコたらしの人よ、永遠なれ』

「お前が共にいてくれるのなら考えよう」

『当たり前のことほど確かめたくなる』


 ナナメさんは俺の心を読めても、俺はナナメさんの内心を完全に理解することはできない。

 だから彼の言うことを愚直に信じることにしている。


 ナナメさんが俺を好いてくれて、また会いたいと伝えてくれる限り、俺は彼に会いに行こう。


 水族館はいつでも空調が効いていて、夏でも冬でも快適だしな。

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― 新着の感想 ―
イケタコだなぁ! 元々タコは謎に知能高いし、ミュータント化したら人間凌駕してもおかしくはないな。しかも教養がある人格者と来た。人間がAIに支配されるのはちと抵抗あるけど、このイケタコに支配されるならそ…
タコが長生きしさえすれば人を超えた知能を持つ説! 未来視イルカもいいけどタコも切なく可愛いですね
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