狐巫女・すだま②
すだまがスーパーに出かけたので、俺は仁の腕をつついた。
仁は鼓膜を元に戻したらしく、ため息をついた。
音はうるさくなくとも、周りでわちゃわちゃやられつづけたらそれもうるさいからな。
俺はすだまのことが好きだが、世話焼きが行き過ぎてたまにうぜ~と思うこともある。
思春期ではないので反発せず、適当に流しているだけだ。
「どこですだまと知り合ったんだ?」
「カスと殴り合ってたら割って入ってきやがった」
「どういうタイプのカス? ヴィラン?」
仁は頷いた。
またヴィランと戦ったのかよ。それで死にかけて俺に拾われたのに懲りねえな。
てかもうヴィランと戦ってるならヒーローってことでよくない? 違うの?
仁は鼻で笑った。
「喧嘩はやめろだとよ。ヴィランをガキ扱いするたァな」
「歳食ってっからなあ。戦ってたヴィランじゃなくて、仁が目えつけられたのはなんでだ?」
「……逃げられた」
「ああ、相手のが逃げ足速かったのか。珍しいな、アイアンクラッドはいつも引き際弁えてて逃げるの上手いのに」
「うるせェ」
「のじゃロリがタイプだったのか?」
「なに言ってるかわからねェが、殺しておいた方が良さそうだな」
「勘で殺すのやめてくれるか?」
そしてその勘が当たっているのである。
知らない外国語でも、悪口言われたらなんとなくわかるのと同じ理論か。
「あ、そういえば。仁ってD.E.T.O.N.A.T.E.のこと知って――」
ビリリと大きな音がして、仁の持っていた新聞紙が真っ二つに破れた。
「る、どころじゃなさそうだな。何? ライデンくらい恨みが?」
「いつか殺す」
「いつもそれじゃねえか。俺と出会ったとき、お前は黒焦げだったな。爆風か?」
黙った。そういうことらしい。
だからわかりやすすぎるんだって。もう心読めるところまで行っちゃいそうだよ俺。
メンタリスト名乗れるかな。
絡んできたヴィランは全員叩きのめしてきた、とこないだ言っていたが、D.E.T.O.N.A.T.E.から絡んできたのだろうか。
何言ってるかわからねえのに?
いや、それこそ外国語でも罵倒はわかるのと同じ理論だろうな。
英語に加えて特殊な構文でしか喋らなくとも、敵意のあるなしは判断できるということか。
あるいは仁が全人類を嫌いなだけだ。
「どうするの、祈? あの子がここに住むなら、アタシずっと隠れてましょうか?」
シンクの蛇口から上半身だけ出して、澪は頬杖をついた。
「いや申し訳ねえよ。シェアハウスしてるって言ってあるし、普通に暮らせばいいだろ」
「そうするとアタシ、人の体でいないといけないじゃない?」
「フラックスでも良くね?」
「アタシって結構有名なヴィランなのよ? それに人間の顔でも指名手配されてるわ。田舎出身、どう見ても長生きで感覚ずれてそうだったけど、世間についていこうという努力を忘れていなかったから、知ってるかこれから知っちゃうわよ。防犯意識はしっかりしてそうだったもの」
澪はすだまをなかなかに高評価したらしい。
俺は特に解説しなかったが、澪はすだまが田舎出身で長生きなことを理解している。
狐耳生やして巫女服着てる幼女を見ればみんなわかるか。そういうことです。
「すだまはまともな感覚の持ち主だからな」
「……そうだったかしら?」
「正義的な意味で? 善性的な。俺たちはほら、だいぶアレだろ」
「そうね。だいぶアレね」
濁したが、だいぶアレなことには変わりない。
「どうすっかな。デルタの話をするとどうなるか……結局心配だからって傍にいることは変わらねえだろうし、いっか。話さなくて」
「後から知って怒りそうよね?」
「すだまはすぐ怒るからな。だがなだめるのは一瞬だぜ。かわいいって言わせればいいだけだからな」
「あらあ! 意外と小悪魔ちゃんね~!」
そこそこアレなことを言ったが、澪はきゃぴきゃぴ喜んだ。
アレなのは俺だけではないということだ。
「すだまにフラックスのこと話していいか? 犯罪者とわかれど、攻撃したり警察に突き出そうとしたりすることはないと思う。ただ代わりにめちゃくちゃ構われるっつーか、まあそれは誰に対してもそうなんだが、ともかくうぜ~ってなるかもしれねえ。そうなったら無理矢理すだまを家に帰す」
「祈の好きなようにして構わないわよ。祈にどれだけ嫌われようが、アタシはアナタを守るって決めてるから」
俺は少し考えた。
「プロポーズ?」
「プロポーズなら嫌われちゃだめでしょう? ストーカー宣言かもしれないわね、うふふ」
「澪にストーカーされたらぜってえ逃れられねえじゃん。ライデン大変そう」
「ストーカーする前提なのやめなさいよ。アタシは追いかけられたいタイプよ?」
「え、意外~。惚れっぽいのにな」
「振り向かせてからが本番でしょ♡」
「いいね、その調子でいったれ」
俺たちはそんな雑談をしながら、すだまが帰ってくるのを待った。
「というわけでフラックスこと澪だ。かなりマブダチだぜ、めっちゃ気ィ合うから」
「悪人と意気投合しとる時点でだめだめじゃあ! わしの教育が悪かったんじゃ、許せ健治! お~いおいおい」
すだまは丸くなっておいおいと泣き始めた。
ふ、肉じゃがを作り終わってからこの話をして正解だったな。
もう肉じゃがはこの場にあるんだ、何があろうが食わせてもらうぜ。
しっぽを極限まで下げたすだまを見て、澪も眉を下げた。
「泣かせちゃったわね。見た目がこどもだと、ちょっと心が痛いんだけど?」
「すだま、俺の友達を泣かせんなよな」
「泣いとるのはわしじゃ!」
すだまは長生きしているというのに、感情が豊かだ。
すぐ怒り、すぐ泣き、すぐ笑う。
だから子供の方が感性があい、あの田舎町に子供が産まれれば必ず仲良くなった。
あの町では皆がすだまの幼なじみなのだ。そういう場所だった。
ああいう世界が理想だ。
ミュータントが隠れずとも、自然と受け入れられる社会。
しかし、すだまは善性が過ぎる。
一般的な感覚を持つ人間ならば、皆すだまを好きになるだろう。
誰もがすだまのように、うまく生きていけるわけではない。
「すだま。人の世に迎合できる異形ばかりじゃねえってわかってるだろ」
「じゃがわしは人間の方が好きじゃ。人の肩を持つと決めておる」
「俺のことは好きなのに?」
「悲しいことを言うでない。おぬしは異形ではないよ。人より得意なことが多いだけじゃ」
俺は肩をすくめた。年の功には勝てねえな。
すだまのことは皆が好きだ。俺も例外ではない。
「俺はすだまが好きだよ。人より得意なことが多いからな」
「おだてても甘くせんぞ。こればかりは祈の安全がかかっておる」
「安全って言うなら――」
「澪」
デルタの話をしそうになった澪を、名を呼ぶことで制止する。
「まず澪を見極めろ。それですだまがダメだと思うのなら、俺も自分に見る目がなかったと思うことにする」
「……おぬしがそこまで言うのなら。少し時間をかけるか」
相変わらず甘々だ。計画通り。
「というわけで四号だ、仁。出てくか?」
返事はなかった。鼓膜を硬化しているようだ。
初対面なのに耳を完全にふさいでもいい、と思えるほどすだまを信頼したのなら、仁は出ていかないだろう。
ちょっと手狭になるが、すだまは小柄だ。問題ないな。
……てか、すだまは仁を見極めなくてよかったのか?
仁もヴィランだってことは秘密にしておくか。面倒が2倍になる。