狐巫女・すだま①
家に入ろうとしたら、澪に肩を掴まれて止められた。
何、と言おうとする前に、人差し指で唇に触れて来る。
澪は自分の口にも人差し指を立て、しいっとやった。
つまり静かにしろ、喋るな、ということだ。いちいち仕草がキマるなこいつは。
片手を広げ、少し待て、のジェスチャーをした澪は瞬く間に液状になり、消えていった。
そしてすぐに戻ってくる。
人間の男性ではなく、人型の女性体だが液状というフラックスの姿になり、俺に言う。
「アイアン……じゃなかった。仁のお友達が来ているみたい」
「え!? アイツ友達いたの!?」
「友情があるか微妙なところだったけど、害はなさそうな気がしたわ。水道管に潜んで待機してるから、安心しておはなししなさいな。絶対に守ってあげるから♡」
「頼もしすぎるな」
とてつもなくしごできだ。
こういうのをスパダリというのかもしれない。
ときめきを感じないでもないが、これは同じ職場の超優秀な人材を見た時と同じような感覚だ。
かっけ~。あこがれちゃうぜ~。幸也もライデンに対してこんな感じなんかな。
玄関の扉を開け、俺がただいまと言うより先に、訪問者の声が聞こえる。
「じゃから、読むなら新聞でなくはろ~わ~くじゃろ! おぬしずっとヒモやっとって恥ずかしゅうないのか!? もちっとわしが矯正してやろうかのう!?」
のじゃロリだ。見なくてもわかる。
のじゃ口調で喋る幼い女の子が家にいる。うわあ。
リビングに行くと、仁は完全に思い描いた通りの姿でそこにいた。
つまり、眼鏡をかけ、新聞紙を広げ、周りをぐるぐる回りながら説教をしている狐耳の少女を完全に無視している。
鼓膜を硬化して音をカットしているのだろう。
使うところを初めてちゃんと見るのが、俺以外の騒音を遮断するときとは。謎の嫉妬しちゃうぞ。
「なんでここにいるんだ、すだま」
「……いのり~!? そりゃこっちのセリフじゃ!」
声をかければ、狐耳の少女は俺を見た。そして俺の名前を呼ぶ。
そうだ、知り合いだ。
俺はのじゃロリ狐耳巫女と幼なじみだ。うわあ。性癖変になっちゃう。
彼女はすだまという名前だ。
俺の地元で巫女をやっているため、巫女服を着ている。
すだまは狐のしっぽをふさふさと振りながら俺に飛びついてきた。
腕力がないなりに支えてやると、すだまは俺の胸元に頭をぐりぐりと押し付けた。
金の毛をぽんぽん撫でてやる。
「おお~ん、会いとう思っとったぞ~! ずうっと道に迷っとってお前に会えなんだ~!」
「なんだ、俺を探してたのか?」
「そうじゃ! 都会の広さを舐めておった! 大学がわかっておるのだから行けばわかると思うたのに~!」
「キャンバスも複数あるし、大学内の建物も多いしなあ。悪かったな、知ってたら探してやったんだが」
「祈はほんにええこじゃのう~。よしよし」
幼子にやるように俺の頭を撫でると、すだまはハッとした。
「……ちと待て、つまりこの男を養っておるおなごというのは祈のことか!?」
「そうだな」
「どこがいいんじゃこんな男! 目を覚ませ!」
「ぎゃはは! 仁がボロクソ言われてるのおもしれえ」
「だめだめなのがかわいいと思うところまでいってしもうたのか!? 手遅れじゃ! こんなに男を見る目がなかったとは! 幼い頃にもっと教えておくんじゃった、お~いおいおい」
「ぎゃはははは」
笑いが止まらん。
笑いすぎて涙が出てきた。
すだまもおいおい言いながら泣いている。
「あ~笑った笑った。で、すだまは仁のなんだ?」
「浮気を疑っとるのか!? 疑わなきゃならん時点で嫁を不安にさせとる、減点!」
「駄目だ、このままだと俺が笑い死ぬ」
まだまだこの勘違いを続けて笑いたいが、話が進まん。
腹筋が痛くなってきた。俺はひいひい言いながら、すだまの誤解を訂正してやる。
「仁と俺は恋仲じゃねえよ」
「体だけの関係じゃとお~!?」
「ぎゃはははは!」
やべえ、本当に笑い死んでしまうかもしれねえ。
息も絶え絶えになりながら、俺は何とか再びすだまへと説明した。
「あれだ、シェアハウスだ。最近の文化だよ、知ってるか? 複数人で同じ家に住むことで家賃浮かせるんだよ。今はいねえけど他にも人住んでっから」
「おお、聞いたことがある! なるほどそうであったか、早合点してしもうた。すまなんだ」
すだまはすっかり納得し、俺だけではなく仁へも謝った。仁は聞いていない。
「しかし異性とも住むのか? 婚姻前の若い男女が一つ屋根の下で無事に過ごせるのかのう」
「不穏な感じ出すのやめてくれよ、なんもねえから」
すだまから俺への疑問はひとまずなくなったらしい。
次は俺が疑問を解消する番だ。
「どっから聞くかな……まずなんで俺に会いに来たんだ? なんかのついでか?」
「いいや、祈が心配で様子を見に来たんじゃ。健治にも頼まれたしのう」
健治は俺の父だ。
すだまは自分の腰に両手をあてると、頬をぷくっと膨らませた。
「こ~んなに長い時間帰ってこんとは! 親不孝じゃぞ!」
「あ~悪かった悪かった。忙しいんだよいろいろ」
俺は大学に入学して以来、地元には一度も帰っていない。
そんなことをする時間があるのなら薬の研究をしていた。
「人生は短いんじゃ! 親の死に目に会えずに後悔した者を何度見てきたことか!」
「親の死に目を見ねえために頑張ってんだよ。親父の病気治すためにべんきょ~してんの」
「祈~! おぬしは本当にいいこじゃのう~! よしよし」
すだまはまた俺の頭を撫でた。
俺のことをいつまでもガキだと思っている。
おそらくずっとこうなのだろう。なにしろすだまは俺の父へもこんな感じだからだ。
「だが無理をしておぬしが体を壊しては元も子も……いや体は壊さんか。しかし心は壊れるものじゃ。焦ってもどうにもならぬことはある。少しは家に顔を見せい」
「わかったよ、そのうちな」
「くらっ! そのうちではない! すぐじゃすぐ!」
「今はタイミングが悪すぎるんだよ」
「なんじゃあ? 試験でもあるのか?」
「そうそう」
適当に頷くと、すだまはため息をついた。
付き合いも長い。俺が適当なことを言っているとすぐにわかったのだろう。
「まったく。そんなことを言うて、その試験が終わっても次の試験があるからと帰って来んつもりじゃな」
「ぎ、ぎくーっ」
「帰るまでここに居座るからのっ!」
「えー? 俺はいいけどルームメイトがなあ。仁、家が狭くなったら出てくっつってたし」
「ほう、殊勝なところはあるのじゃな」
いや、狭くなったら家主の俺が困るから出ていく、というのではなく、狭くなったら仁の生活が不便になるから出ていく、という意味だ。
せっかくすだまから仁への印象が向上したのだ、なにも言わないでおく。
「そんなに長く神社を離れて、行事とか町内会とか大丈夫なのか?」
「町内会はもはや名誉会長じゃからのう。わしがいなくとも回るようにちゃ~んと教えてある。神社の方もそうじゃ。神無月と一緒じゃよ、問題はないのう」
しごできだ。
感心する。すだまは抜けたところもあるが、基本はしっかり者なのだ。
「栄養はちゃんと摂っとるのか? 昔から細っこかったが、拍車がかかっとるように見える。まったく、近所のスーパーはどこじゃ? おぬしの好きな肉じゃがをつくってやろう」
「わ~い。久々にすだまの飯が食える~」
「ほんに素直でかわいいやつじゃの~。よしよし」
両手をあげてよろこぶと、すだまはすっかり上機嫌になった。
何もお世辞ではなく、すだまの料理は絶品だ。
様々な問題を一旦放置してでも食べる価値がある。
「案内してやるよ。荷物も持つし」
「気遣いのできるよいこじゃの。しかし力はわしの方が強かろう。道だけ教えてくれればよい、よい。帰って来たばかりで疲れておろう? 少し横になっておれ」
こういうのもスパダリって言うんだろうか。
いや、これは……実家の母ちゃん……なのか? 婆ちゃん?
正月に一番高額のお年玉をくれる最高の婆ちゃんか?
「すだま、俺の家に調理器具はねえぞ。買うならフライパンからだ」
「おぬし~!? 料理は仕込んでやったじゃろ!?」
「できるからってやるとは限らねえだろ」
「まったくいつまでも世話の焼ける子じゃのう! かわゆいかわゆい!」
すだまは俺の頭を撫でた。
だめだめなのがかわいいところまで来ちまっている。手遅れだ。
一緒に住んで家事やってくれるなら最高だ。ちょっと前なら喜んですだまを受け入れていただろう。
今となっては問題がたくさんある。
デルタに狙われている以上、俺と一緒にいるのはすだまが危険だし。どうしたもんかね。




