爆風ヴィラン・D.E.T.O.N.A.T.E.④
「だァいじょうぶだよライデン、フラックスはこれからヒーローやるんだってさ」
「まさか祈、脱獄犯の言うことそのまま信じたって言わないよね」
「いっぱいおはなししたらわかってくれたわよ♡」
変に含みを持たせないでくれ。
事実なのにヤバそうに聞こえるだろうが。
「理性的に話しましょ♡ アタシだって祈を殺したこと、悪いと思ってるのよ」
「……祈、フラックスに殺されたの?」
多弁なライデンが一瞬でも黙ると、異常を察せられる。
あ〜あ、バラすなよ。ライデンは気づいてなかったのに。
「まあまあ、それは置いといて」
「置いとけないから戻してきて」
「溺死させて暗殺したわ。何人ものミュータントを仕留めてきたんだから、こんなかわい子ちゃんくらい余裕よ」
澪――! お前ライデンに惚れたんじゃなかったんか!?
これはどういうアプローチ!? 人を煽る力どこで使ってんだ!
「だから償いのために、D.E.T.O.N.A.T.E.(デトネイト)から守ってあげたのよ」
……そういうことだったのか?
わざわざ尾行までしてきた理由がそれとは。
初対面のときにも言ったと思うが、律儀だ。
ああ、それで思い出した。
「言ってなかったか? 俺を殺したのは別に気にしなくていいぜ、許す許す」
「この子は……!」
「あらまあ」
俺の家まで謝りに来た澪に対して、そういや俺は気にしとらんぞと言うのを忘れていたらしい。
急にライデンに惚れたとか言い出すから、そっちの話を聞くのに忙しかったのだ。
平気そうにしてるから気づかなかったが罪悪感とかがあったのか。ヴィランにしては真面目だ。
「それで気が済むならビンタしてやってもいいぞ」
「うふふ、どこを叩いてくれるの?」
「そういう話に持っていくなよ、今は!」
やっぱ真面目じゃねえわこいつ!
やめろ、変な空気になるだろ!
「ライデン、この子デルタに狙われてるのよ。理由は知らないけど、誰かが守ってあげなくちゃ」
「それなら――」
「アナタにはできないわ。皆のヒーローだもの」
ライデンの話をさえぎって、澪は続けた。
「目的はデルタを倒して皆を助けることなんでしょう? それを達成できたのなら、デルタに狙われている祈を助けることにもなるわ。つまりアナタはいつも通り活動すればいいの。ライデンがデルタを倒すまでは、アタシが祈のこと守ってあげるわ」
「え、別にいいよ」
「こ〜ら」
澪はドアをノックするように、俺の頭をこつんと突いた。
「目的を果たすまでは、ライデンも恋愛に余裕割けないでしょうしね♡」
「なっほどな、理解した。ライデンがデルタ倒すまで暇だからってことね、いいよ」
「そういうことにしておいてあげる」
話はまとまった。
ライデンもしばらく頭を抱えていたが、ついには納得したようである。
「くっ……! 仕方ない、ちょっとでも変なことしたら懲らしめに行くからね、フラックス! それから俺より祈と仲良くならないでよ!?」
「ぎゃはは! ガキの嫉妬かよ!」
「ガキは誰だよ!」
癇癪起こしたみたいに地団太を踏んでんだから、ガキなのはライデンだろう。
では解散、とは行かなかった。
ぐだぐだしていたので、次のヒーローがやってきてしまった。
炎熱ヒーロー・インフェルナだ。
空を飛んでやってきて、少し離れたところに着地する。
俺たちの顔を順に見ていき、ぽつりと呟いた。
「祈さんに近づく幸也くん以外の男……殺すか……」
インフェルナの頭部は、青く燃えていた。
普段は赤い炎だ。青いってことは、いつもより高温なのだろう。
ガスバーナーやガスコンロの火は青い。
たしか2000℃まではいかねえくらいの――あれ、もしかしてこれヤバいか?
澪が俺の耳元に口を寄せ、小さく呟く。
「すごいわね、祈。インフェルナはアナタにぞっこんじゃない」
「すごいだろ。すごいだけだ」
めんどいと言い換えてもいい。
俺の家にもう1人男がいると言ったら、日本は焦土と化すかもしれねえ。
「インフェルナ、落ち着けよ。ライデンも巻き込んじゃうぞ」
「……?」
「……おい、ライデンも消そうとしてんのか!?」
祈さんに近づく幸也くん以外の男、の中にライデンも入っていたらしい。
ヒーローとかヴィランとか関係ねえんだ。
いけねえ、そういえばインフェルナは一度ヴィランになりかけているのだ。
雪狐とチームアップしてから精神状況がだいぶ安定していたので油断していた。
いつ闇落ちしてもおかしくない。
俺は爆弾処理班の気持ちで、ゆっくり雛を宥めた。
「雛、落ち着いてよく聞けよ。俺はデルタに命を狙われている」
「は? 殺しますか?」
「できるならやってくれ。ライデンはそのデルタを倒そうとしてるし、こっちは俺がデルタに殺されないようにしてくれる護衛。こいつらが俺の近くにいるのが気に入らねえならデルタを倒してくれ。そしたら俺の命は安全になって、男なんざ必要なくなる」
「完璧に理解しました。任せてください。私、祈さんのためならなんでもできますから」
早まったかもしれない。焚きつけ過ぎたか?
なんか大変なことになりますか、これ?
近くで澪がため息ついたのが聞こえた。やっぱやらかしたか?
手遅れかもしれないがフォローしておく。
「ほ、ほどほどにな? 無理するなよ? お前が傷ついたら悲しむのは俺だぜ?」
「女神に勝利と安寧を捧げてみせます」
「もうだいぶ取り返しのつかないところまできてるかもしんねえわ。極まってんな」
このままでは、雛は宗教を始めてしまうかもしれない。創始者的な意味で。
そんでその時祀られているのはおそらく俺だ。なんとか止めなければ。
一方ライデンは、インフェルナに消されそうになったにもかかわらず、別のことを気にかけていた。
「祈が俺の知らないところでいっぱい友達作ってる……」
「お前はいつまで俺のママ気分なんだよ。そりゃそうだろ。あとあれだからな? 俺はお前に初めて会ったとき、こっちに出てきたばっかだから友達いなかっただけで、地元には友達いるからな?」
生まれは田舎なのだ。
日本最高峰の大学に通うため、都会に出てきた。
友達をつくる余裕がなかったのは、治療薬を完成させるようと躍起になっているからだ。
俺には時間がねえんだ。遊んでる暇なんかねえ。
焼肉くらいは食いに行くけど。人間飯食わねえと死ぬからな。
インフェルナは頭の炎を揺らがせた。
「地元も焼いてきた方が良いってことですか?」
「インフェルナ、お前働きすぎだよ。帰って寝ろ。寝かしつけてやろうか?」
地元の友達の性別も聞いてないのに……そもそも男だとダメなのはなんでだよ。
そんで幸也がオッケーなのもなんなんだよ。
俺の恋愛対象は女だから近づく女の方がたぶんダメだよ。言わねえけど。
そもそもインフェルナが俺に向けているクソデカ感情が、恋愛にまつわるものなのかもわからない。
インフェルナは頭を火柱にした。
結構高く上がり、俺は思わず見上げてしまった。
わ~、三階くらいに届きそう。
「そんな……! 祈さんがいたら逆に寝れなくなっちゃうので……! ああ、それでも家に来てくれるなら……いやだめだ……今家の汚さが限界を超えている……帰ります……片付けなきゃ……」
徐々に火力が下がっていき、いつものインフェルナの顔に戻って来た。まだ青いが。
「お前はいつも頑張りすぎだからな。自分を大切にしろよ」
「うう……! 救世主……!」
恋愛よりもっとヤバめなベクトルに向かっていっている気がする。
インフェルナは頭の炎の色をようやく青から赤に戻し、ライデンと澪に一礼して飛んで帰って行った。
それを見送って、ふう、とため息をつく。
「D.E.T.O.N.A.T.E.が目の前で爆発したときよりヒヤヒヤしたぜ」
「D.E.T.O.N.A.T.E.が目の前で爆発したの!?」
あ、ライデンは知らなかったのか。余計なこと言ったな。