液状ヒーロー・フラックス③
くだらない話を続け、きゃらきゃら笑ったあと、澪はふと遠い目をした。
「ヒーローとヴィランを分けるものって何かしら?」
「哲学的だな。率直に言ったら、人を助けるために動いてるかどうかじゃねえの?」
「あら、ヴィランにだってそういうのもいるわよ? デルタだってそういう自認なんじゃないかしら。ミュータントが生きやすい世界を作ろう、だから普通の人間はみんな殺してしまおう、ってね」
「そんな言葉に騙されたのか?」
澪は肩をすくめた。
なぜデルタが俺を殺そうとしているのかはわからず、なぜ澪がデルタの指示に従ったのかもわからない。
澪は俺に謝罪したが、肝心の「なぜ」については答えてくれなかった。
もっと仲良くならねえとダメってことかもな。
デルタの理想とする世界について考える。
「世界がミュータントだけになったら、そうだなあ。今度はミュータント以外が迫害されるだけだろうな。ミュータント同士の子供がミュータントである保証なんかない。ミュータントでなければ、その子供は殺すのか?」
「……そうよね。人間ってのはそういうのを繰り返してきた。これからも繰り返すのよね」
「デルタの理想は、俺には単純に、弱者から強者の立ち位置に移りたいってだけに聞こえるぜ。今の世の中じゃ一般人が優勢だから、今度は異能者がそれにとって代わろう、っていうな。そういうのより、俺は弱者を引き上げる方法を考えたい。ま、具体的な方法は知らねえよ。そういうのは国会で考えてもらいたいし、まず国会に話を持って行ける程度には異能者の権利を認めてもらわねえと」
だが、そういった地道な活動をする時間は俺にはない。
薬の開発で忙しいんだよ。俺は医学生なんだ。
そういうのは文系の生徒に任せたいぜ。
俺の通う大学には未来の政治家がたくさんいるだろうし、その辺に粉かけとくってくらいならできんのかもしれねえけど。
「あなたは自分の異能を恨めしく思ったことがある?」
「わかってきいてんだろ。そう思ったことのない能力者はいねえだろうな。だがそんなのちょっとしたコンプレックスの話だ。乾燥肌に悩むやつとか、食品アレルギーを恨むやつとかと一緒」
「そんな簡単に言えるのが羨ましいわ。アナタの見た目が人間だからかしら?」
澪は水面を揺らした。
異形になるタイプの能力者は、擬態できる俺のような能力者には想像もできない苦労があるだろう。
だが、それは逆も同じことだ。澪には俺の苦労を想像できない。
想像するヒントくらいは与えてやるか。俺は口を開いた。
「この歳になってくるといろいろ諦めがついてくるもんだ。心だけは女にならんと決めているが、体はずっと女のままだろうからな」
先ほど澪が言ったように、俺には再生能力がある。
性転換手術を行ったとしても、元の性別に復元されてしまうリスクがあるのだ。
この能力を恨めしく思うとしたら、そのへんになってくる。
もっと能力がコントロールできるようになり、治したい傷とそうでない傷を区別し、傷を修復した際に戻る状態を定義し直せるのであれば可能かもしれない。
まだそういう段階には達していないし、今の俺には他にもっとやることがある。
「俺は俺を男だと思っている。周りがどう思おうがそれは変わらねえ。だからどう扱われようが、俺は俺のままだ」
「ステキね」
澪は眩しいものを見るように、目を細めた。
「異能は持っているだけで迫害されるわ。どんな問題でもそうだけど、悪いことする人が目立って、誰にも迷惑かけてない人は認識されないから、悪印象だけ募るの」
「喫煙者も似たようなもんだよな。真面目に吸ってるやつかわいそ」
ポイ捨てだの歩きたばこだの、煙草に関してはマナー違反が目立つが、ちゃんとしてるやつは目立たない。
煙草の臭いが苦手な奴らには目の敵にされるだろうが、煙草を吸うのも権利だろ。
目の前で煙吸わされたら怒っていいと思うが、服からする煙草臭くらいだったらそこまで目くじら立てんでも。
風呂入ってないやつとか洗濯下手で生乾き臭するやつと同列で、それはまた別の問題になってくる。
能力者についてもそれと同じだと思うんだがな。
周囲と異なる性質を持ち、生きにくさが故に迷惑をかけることもあるが、迷惑をかけねえ人間なんざいない。
ミュータントの犯罪者はヴィランとして目立つが、そうでない者は静かに黙って隠れるか、ヒーローをやっている。
「世の中の問題ってのは複雑に絡み合ってるから、単に悪と切り捨てられるもんは一個もない」
「現実は勧善懲悪ってわけにはいかないのよねえ」
ヒーローとヴィラン、それで終わりにはならない。
加害者と被害者、ってだけでもない。
俺は漫画を読んでいて、悪役の悲惨な過去が明らかになる展開が嫌いだが、それはフィクションが一気に現実へ近づくからだ。
同情の余地がない極悪人など、現実には存在しない。同情などしたくないと、認識を拒否しているだけだ。
「声を上げなければ何も解決しないというのはわかるわよ。ただ黙って耐えているだけでは、最初からいないものとされて、誰にも助けてもらえないもの。どうして助けてくれないのって誰かを恨む前に、まず助けてって言わなきゃいけないの。ヘルプを出すのが下手だから暴れ回る子もいるんでしょうね」
元ヴィランが言うと真に迫る言葉だ。
「澪がヴィランやってたのもそういう理由?」
「うふふ、どうかしらね。そういう面がなかったとは言い切れないけど、それだけだったらアタシもっとすっごい被害出せたわよ~。日本なくなってたかもね、島国だから」
「やらんでいてくれてありがとな」
「いやね、冗談よ! 地球の海水丸ごと操れるなら誰にだって負けないわ!」
「スーパーパワーって成長するしな、そういう日が来るかもしれねえだろ」
「夢あるわね~」
操れる液体の量に限りがあるのか。
液体を操るにはそこにある程度自分を溶かさないといけないらしいし、自分の濃度が何%未満だと操れなくなる、というラインが存在するのかもな。
不純物の多い液体は操りにくいと言っていたし、海水は塩分だのなんだのも多かろう。
制限がない無敵の能力はないというわけだ。
「フラックスってデルタと会ったことあるんだよな?」
「あるわよ。ヴィランなら大抵会ったことあるんじゃないかしら。世間では謎の存在だけど、アタシたちにとっては結構気軽に会える存在ね。だからこそすごいと思うわよ。これだけのヴィランに会っておきながら、世間には情報を掴ませないままでいる。やり手よね」
謎のヴィラン、デルタについての話が聞けそうで、思わず身を乗り出す。
仁にこの話題を振っても要領を得ない。
答えてくれないわけではないが「殺してェくらいムカつく男だ」とかである。
こいつ殺したいか殺したくないかくらいでしか人物評価できねえのか。ほとんど殺したいっぽいし。
「デルタがどんな感じか教えてくれよ、気になる」
「いいの~? 知ったら口封じに狙われちゃうかもよ~?」
「もう狙われてるしな、お前とかに」
「うふふ! ブラックジョークがお上手ね! 実際口封じに殺されるならアタシの方が先よ」
「ブラックジョークがお上手だな」
男なんだか女なんだかあやふやで、倫理観もふわふわ。
共通点が多く、澪と俺は気が合うようだ。いい友達できたな。
澪は思い出すように顎に手をやると、こう言った。
「デルタは、そうね~。ゲイってああいう男が好きよね」
「俺の中のデルタ像が狂っちゃう」
どういう男がゲイにモテるのか知らない。
調べたくなるがやめておこう。
どっちにしろ、俺はデルタを見た瞬間に「これがゲイにモテる男か」と思ってしまう呪いにかけられた。
やはりヴィランを扇動する力を持った男は、あらゆる方向にモテるということか。




