雷電ヒーロー・ライデン②
そんなことがあった次の日。
――次の日、だ。
24時間も経たないうちに、俺は再びトラブルに巻き込まれていた。
「また君!?」
「それって非難か?」
「いや、そういうわけじゃないけど!」
瓦礫に挟まって動けなくなったため、坊さんよろしく瞑想して時間を潰していると、瓦礫が持ち上げられてライデンが顔をのぞかせた。
開口一番がそれだったので、責められているのかと思った。
なぜこんなことになっているかといえば、当然ヴィランだ。
スーパーパワーでのバトルのある世界では、簡単に建物くらい崩壊するのだ。
電気のパワーとかは特別使わず、ライデンは俺の周りの瓦礫をせっせとどかした。
普通に怪力でもあるらしい。ヒーローらしくてなによりだ。
まあ、ここで電気使われたら俺感電するしな。
最後の瓦礫を放って、ライデンは気まずそうに言った。
「……その、災難だったね、連日巻き込まれて」
「同じこと言ってやるよ。連日お疲れ様ヒーロー」
「ああ、うん……」
瓦礫を背もたれにして耳を澄ませるが、今日はパトカーも救急車も出遅れているらしい。
これだけ周辺に瓦礫が転がっていれば、車はなかなか通れないか。
ヴィランとの戦いは熾烈を極めたらしい。
昨日見たあのヴィランが相手かはわからないが、今日の被害はカフェのガラス程度では済まず、ビルが一棟崩壊した。
そして俺は大変運悪く、そのビルの中にいたというわけだ。
まさか2日連続で超常バトルの割を食うことになるとは思ってもいなかった。
俺って才能あるのかな、ヴィランの犠牲者屋さんの。
他の一般市民は救助済みらしい、とは瓦礫をどかす作業中のライデンから聞いた。
なぜ俺が最後になったかと言えば、俺が終始無言だったからだ。
大体みんな「助けて!」とか「おーい!」とか叫ぶらしい。そうでないなら死んでいる。
なるほど盲点だった。瞑想してる場合じゃなかったな。
よく見つけてくれたものだ。なんなら、俺の傷が完治するまで見つけてくれなくても良かった。
しかし瓦礫に挟まれた状態では潰され続けて完治しなかっただろうし、やはりこれで良かったんだろう。
もじもじするライデンを見て、怪訝な顔をする。
俺なんか変なこと言ったか?
「昨日もそうだったが、礼を言われると微妙な顔すんのはなんなんだ? ヒーロー名乗ってるくせに褒められ慣れてないシャイボーイか」
「くっ……結構図星だ……!」
図星なんかい。
ヒーローなんぞやるのなら、目立ちたがり屋なのかと思っていた。
「お礼を言われたくてヒーローを始めたけど、いざ言われるとどうしていいかわかんなくってさ。ってごめん、君に話すことじゃないよね! それも今! どう考えてもすぐ病院に連れていかなきゃいけないのに、なにやってんだろ俺」
「俺が世界で一番カッコいいと思ってる言葉を教えてやるよ、ライデン」
ライデンの言葉を遮って、俺は言う。
「どういたしまして、だ。この言葉は、ありがとうと言われた後にしか言えない。それも、自分がありがとうと言われるようなことをしたって自信がなけりゃ、堂々とこう言ってやることはできねえだろう。だからこそ、ヒーローにはぴったりだと思わねえか」
それを聞いたライデンは肩を落とし、俯いた。
覆面ヒーロー故に年齢不詳、性別は男だろうってくらいしかわからないが、こういう姿を見ていると随分若いのではないかと思わされる。
「俺にはそう言う資格がないと思う。君は足を……それに昨日だって……そうだ、あんまり普通そうにしてるから忘れてたけど、血とか吐いてたよね!? 大丈夫なの!?」
「あ~? 血なんか吐いてねえよ、見間違いだ見間違い。マスクなんかつけてるから視界悪いんだろお前」
「いやこのマスクすごいから、眼鏡なしでもめっちゃ見えるから!」
ライデンは普段眼鏡をかけているらしい。
大丈夫か、そういう個人情報の積み重ねでいつか特定されるぞお前。
疑問なんだが、ヒーロースーツってヒーロー本人が作ってんのかな。裏に技術提供者として協力者がいんのかな。
眼鏡機能付きの覆面ってなかなか凄いと思うけど、しかし需要は目の悪い銀行強盗くらいにしかないのか。
「足の怪我も見間違いだ、ほらもう歩けるし」
「そんなわけ……。……あるんだ……」
ひょいと立ち上がってみせれば、ライデンは唖然とした。
鉄骨に挟まれて俺の足はぺちゃんこだったので、このリアクションは正しい。
ライデンがずっと気まずそうだったのはこのせいだ。
これから両足切断、車椅子か義足生活が待っている女に対し、どういう言葉をかければいいかわからなかったのだろう。
「身分を隠して戦うヒーローなら、他人の秘密も守れるよな?」
適当に誤魔化そうかとも思ったが、ライデンに助けてもらうのは2度目だ。
ということはつまり、3度目もある。2度あることは3度あるからだ。
どこかでバレるのなら、ライデンの罪悪感を減らしてやれる今暴露してもいいだろう。
ライデンはまじまじと俺の足を見て、呟くように言った。
「そうか、君も……!」
じっと見つめれば、肉むき出しの俺の足に、徐々に皮膚が張られていくのがわかるはずだ。
気味が悪いとは言われなかった。異能力を持っている時点で、ライデンと俺は同類とも言えるわけだしな。
平気そうな顔をしてみせているが、俺の両足はまだまだ完治していないので激痛が走り続けている。
皮膚治るときが一番痛いまであるんだこれが。
しかしここで痛いだのなんだの呻けば、この優しそうなヒーローは余計に心を痛めるだろう。
仕方ねえ、ちょっくら我慢してやるか。ポーカーフェイスは得意な方だ。
転生してる分、人生の酸いも甘いも経験してきている。あと女になったからか前世より痛みに強い気がする、気の所為かもしんねえけど。
「世の中、ヒーローとヴィランだけじゃない。こういう一般人もいるんだ。俺の静かな生活を守ってくれるか、ヒーロー?」
「わかった。この秘密は墓まで持っていくと誓うよ」
「ありがとう」
礼を言った俺が眉をあげてライデンを見ると、彼はハッとしてこう言った。
「どういたしまして!」
俺達は顔を見合わせて笑った。こういうのも悪くない。
俺はヒーローにはなれない。
だがヒーローのことは尊敬している。俺にできないことをやっているからだ。
俺は俺にできることをやるしかない。
持ってる手札で戦う。それが人生ってもんだ。