液状ヴィラン・フラックス③
気絶したことで液体から人間に戻ったフラックスを無視し、ライデンは俺の方にやってきた。
てかちょっと待て、向こうで倒れてんのデカめの男なんだけど?
フラックスって男だったんか。
俺さっきまでこの人飲んでた? 性癖変になっちゃいそう。
「今回は間に合った!?」
「無事だよ。食堂も被害ねえな、やるじゃんライデン」
無事というにはついさっき溺死したのが問題だが、幸也からのつっこみはなかった。
それどころじゃねえって感じだ。憧れのヒーローがさっきよりも近くにいるもんな。
「ずっと手こずって来たのによくフラックス倒せたな。なんか新技使ったんか?」
「電気のコントロールをより精密にしたって感じかな。フラックスにだけ攻撃が当たるよう、電撃が広がって誰かが感電しないようにうまく調整できた。もっと前からこのくらい精密にできたけど、一度でも間違えれば取り返しのつかないことになるから、なかなか踏み切れなくてね。でも今を逃せばまたフラックスに逃げられちゃうから、そうなったときの被害を考えるとうじうじしてられない。うまくいってよかったよ」
相変わらずよく喋る。
「技名とかはないってことか?」
「なんだろ。パンチ・改?」
この世界にヒーローやヴィランが登場してからまだ日が浅い。
技名を叫びながらぶん殴る文化はまだなかった。そっちのほうが楽しいからやった方が良いと思う。
「普通に殴ったってことな」
「普通ではないよ、電気帯びてるし。水に電気を流すと、水素と酸素に分解されるから気体になる。フラックスは液体にしか同化できないから、本体を叩くにはそれで十分だ。水流のどこにフラックスがいるかに関しては、神経細胞の樹状突起から細胞体を経て、軸索を通り、次の樹状突起へと流れる特有の電気信号を見つけた。これを戦闘の中でやるの大変なんだからね」
「お疲れ」
話が長すぎてあんまり聞いてなかったが、大変だったということはわかったので労わっておいた。
ライデンの話をのんびり聞けるのは、そのとき大抵俺がボッコボコになっていて再生途中だからってのもある。
痛みを誤魔化すために聞くにはちょうどいい話なのだ。元気な今聞くと若干暇する。
「つか水を電気分解したのか? 水素爆発しねえ?」
「大丈夫、空気中の水素濃度が4%より低いときは爆発しないから! 当然それを超えない範囲での電気分解に留めたよ!」
ずっと話が理科の授業みてえだ。
ライデンは話上手いほうだと思ってたけど、俺の錯覚だったかもしれねえ。
しんどい時に聞くから判断能力落ちてたのかもな。
やっぱおっさんの話は3割くらいで聞くべきだ。ライデンの年齢知らねえけど。
「そっちの彼を紹介してくれないの? 仲良く会話してたよね」
「あー、こいつは……」
俺の隣で棒立ちになっている幸也について聞かれるが、なんと説明したものか。
ヒーローであることを言っていいのかどうかわからない。
許可を取ろうにも、幸也は目の前にいる憧れのヒーローに釘付けだ。
まともな判断ができるとは思えない。俺の話も聞こえなさそう。
一旦俺の判断で処理しとこう。
幸也を親指で指し示し、俺はライデンにこう言った。
「友達」
俺の言葉を受けて、幸也は先ほどのように軽く一礼した。
ライデンをガン見しているが、話は聞いていたらしい。
これ様になりすぎなんだよな。羨ましいわ。どんな会社でも面接通りそう。
「あ、へえ~。どうも、俺はライデン。うちの子がお世話になってます」
「誰がうちの子だ」
「もう最近君のこと産んだんじゃないかって気がしてきた」
「極まってんな」
ライデンが錯乱している。
なに、母性? ヒーローやってるとそうなんの?
「いやあ、祈って友達いたんだね。いつ襲われても一人だから友達いないのかと思ってたよ。焼肉店で襲われたときも寿司屋で襲われたときも、水族館や遊園地で襲われたときも一人だったよね?」
「失礼だろ。お前こそ友達いねえじゃん、新人ヒーローから無視されててかわいそ」
「失礼だな。確かに話しかけてもらったことないけど、それはこう、活動時間が微妙に被らないだけだと思うんだけど!? 避けられてないよね!? ヤバめの先輩ヒーローだと思われてる、俺!? もし新人に会ったら俺の長所いっぱい言っといて!」
「いいぜ。あ〜……めっちゃ喋るオモロ男、足が速い、マフラーが長い」
新人はこの場にいるので、この場で言っておいた。
聞いているかはわからない、ライデン見るのに忙しそうだから。
「祈は口悪いけど性根のやさしい子だから、見放さないで友達やってあげてね」
ライデンはツッコミを放棄し、幸也に俺のことを頼んだ。
ホントに俺のママみてえな立ち回りをするな。
母が死んだとか話したからだろうか。父はいるからな。やるならママってことか。
なんだよ、ストレートに褒めたらまたもじもじして、幸也が幻滅しちまうかもしれないと配慮してやったのに。
むしろ多少幻滅させといたほうが良いのか。
憧れが薄れれば雪狐とライデン、インフェルナの3人でパーティ組めるだろうし。
そのうち戦隊ものみたいに5人くらいにならねえかな。アイアンクラッドを戦隊ブラックにしてえ。
「はい」
幸也は表情を凍りつかせたまま、なんとかその返事を絞り出した。
俺は付き合いが長いので頑張って返事したんだなとわかるが、客観的に見ればただ口数が少ない真面目くんである。見た目ってこんなコミュニケーションに影響あるんだ、すげ。
ライデンもすっかりそう思ったようである。
「クールな男の子だね」
「ぎゃはは」
「祈はなぜウケてるんだろう」
ライデンがチーム組める日は遠そうで、思わず笑ってしまった。
もっと別の新ヒーローが出てくるのを期待した方がいいな。
雪狐がライデンの前で活動できるようになるより、アイアンクラッドがヒーローに転職する方が早そう。
アイツ最近だいぶ所帯じみてきて、家帰るとバラエティ番組とか見てんだよな。
家族かって。休日のお父さんかって。
仁は無職だから、リストラされたお父さんだな。
うわあ。嫌だ。てか俺の父はまだ生きている。父は2人もいらん。
前世含めたら既に父2人いんだから。




