液状ヴィラン・フラックス①
俺が通っているのは、ここいらで最も偏差値の高い大学だ。
というか日本でも屈指と言っていい。ほぼ最高峰の学び舎である。
ラットロードに絡まれた後、食堂で夜飯を食っていると、知り合いが声をかけてきた。
せっかくだから一緒に飯を食うことにして、俺は幸也にこう言った。
「お前俺と同じ大学だったんかよ。意外に頭いいな」
「俺より歳下なのに院生やってる祈さんに言われると、素直に受け取りづらいですね」
褒めを素直に受け取る幸也だが、今日は珍しく謙遜した。
俺がすごいのは当然だ。人生2回目だし。
それにしても、幸也とは学部が違うので同じ大学だとは気づかなかった。
初手の自己紹介で経済学部とは聞いていたが、この辺大学いっぱいあるし、どこの経済学部なのかまでは聞いてなかったのだ。
幸也は一般教養の講義を受けるため、医学部の方のキャンパスに来たついでに食堂へ来たらしい。
一般教養なら経済学部のキャンバスでも受けられるが、どうしてもその教授のその授業が良いというのが医学部の方にあったらしい。勤勉だな。
「講義の関係でこれから火曜の夜はここに来るんで、祈さんさえよかったらこのくらいの時間にまたご飯食べませんか」
「構わんぜ」
「やった……! 憧れのキャンパスライフだ……!」
噛みしめている。
同期と年齢が違う上に未成年であることから、俺もそれほど学内の友人は多くないが、そこまでなるほど孤独ではない。
遊ぶ友達いなくて勉強ばかりしていた、と言っていたが、あれって現在進行形だったのかよ。
俺は休んだ日のレジュメは借りられるし、先輩は過去問を見せてくれるし、何度か代返もしてやった。
年齢的に酒が飲めないので飲み会には参加しないが、食堂で一緒に飯を食うやつらなら何人かいる。
かなり一般的な大学生として生活しているだろう。飛び級とかは一旦考えないものとする。
幸也は普通の大学生活を送れていないらしい。
経済学部がどんなだか知らないが、たぶん学部の違いとかそんなんで説明できるようなアレではないのだろう。
コミュ障というのがどんな生き物なんだか俺にはわからんが、苦労があるんだろうな。
「どうやったら友達作れますかね?」
「自分を良く見せようとするな、自然体で行け」
「かっけえ……!」
幸也は目を輝かせて俺の話を聞いた。
ライデンの次は俺に憧れるつもりなんだろうか。
俺の中身はおっさんなので、なんかそれっぽいことを適当に言っているだけだ。
おじさんはすぐ適当なこと言うからな。話は三割で聞くべきだ。
幸也と話していると、後ろから肩をポンと叩かれた。
「祈ちゃん、一緒にいるのは彼氏?」
「バカ、彼氏だったらお前には絶対見られねェとこで会うわ」
「あはは! ひど!」
声をかけてきたのは、学内の知り合いだ。
俺と同じ年に入学した子だが、俺が爆速で院まで駆け抜けていったので、今は同じ講義を取ることもない。
しかし食堂で出会えばこうして軽く話すくらいの関係ではある。
さっきまでの笑顔はなりを潜め、無表情になった幸也は、俺の知人に対し軽く会釈した。
その姿は非常に様になっており、大学生というよりはエリートサラリーマンを思わせるほどであった。
――く、クールだ……!
本性を知っていて尚そう思わせる雰囲気があった。
俺をからかっていた女友達も、幸也を見て顔を赤く染めている。
彼氏かどうか聞いたのは、手を出していいのかの確認か。
見た感じ、孤高の似合う男過ぎる……!
こりゃ友達ができねえわけだ。皆遠巻きに眺めるだろうな。
あんまりオーラがあって近寄れねえわこれ。
今の幸也を見てコミュ障と思う者はいないだろう。
彼は自分がそうしたくて一人でいるのだ、と考えるに違いない。
それが俺といっしょにいると、幸也って意外と人と喋るんだ、じゃあ自分も仲良くなりたい、と声をかけられるってわけか。
一緒に座って十分くらいでこれだ。めんどくせえな。
大学の食堂は夜よりも朝や昼の方が人が多い。講義と講義の合間に飯を食うからだ。
夜は時間があるのでゆっくり外食なり自炊なりする奴が多い。
昼の食堂では幸也と会いたくねえな。こいつも経済学部の講義あるだろうから来ねえだろうけど。
幸也をちらちら見ながら去っていく知人を見送り、幸也に言う。
「俺と話してるときみてえに他の奴と話せねえの?」
「俺祈さんと話してるときどんな感じなんですか?」
「おおう……」
コミュニケーションへの理解が圧倒的に足りねえ。
ある意味ずっと自然体なのか。
自分をよく見せようとするな、という俺のアドバイスは的外れだったようだ。
こいつカッコつけて無言になってんじゃなくて、思考停止してるだけだ。何言っていいかわかんねえんだ。
俺に対してこんな普通に喋れるのは、最初にテンパって喋りまくったから慣れたとかそういうことだろうか。
かといってなあ、俺以外の人間は氷漬けにされたら死ぬし、友達になりたい奴にもう一回やれとはいえねえ。
「……ま、無理して友達作る必要なんかねえよ。いつの間にかよくそばにいるやつを友達って呼べばいいだけだ」
「かっけェ〜……!」
太鼓持つの上手いし、ちょっとでも喋れれば好かれると思うんだがな。
俺が取り持ってやるべきなのかな。でもなあ、ちょっと過干渉過ぎる気もするぜ。
ママみてえなことで悩んでいると、俺は突然喉を押さえた。
体の奥からゴボゴボという音がする。
「え、喉詰まりました?」
首を横に振って否定した上で、唇の前に人差し指を1本立て、騒ぐなと指示する。
俺は机の上に突っ伏して、数秒意識を失った。
起きた時には喉が焼けるような感覚と、全身を襲うだるさがあった。
「うえっ、あっぶね」
「祈さん?」
「悪ィ、死んでた」
「祈さーん!?」
これは溺死だ。
しかも俺の胃酸だか唾液だか、体液を操作されたことによるもの。
あまりにも静かで速やかな暗殺だった。
凄すぎ、俺に使う技術としてはもったいなさすぎ。何やっても普通に死ぬのに。
ラットロードの情報が正しいとすれば、このヴィランはおそらくフラックス。
液体と同化し、操作する能力を持ち、水道管の張り巡らされた現代都市において捕獲が大変に難しい、そこそこの古参だ。
どう考えても雪狐がメタれる相手である。液体なんだから凍る。
インフェルナでもいいだろう。液体なんだから蒸発する。
液状であることが厄介なら、気体か固体にしてしまえばいいのである。
「スーツ持ってる?」
「当然。1時間目が水泳の小学生的なあれです」
幸也は襟首を広げ、シャツの下にヒーロースーツを着ているのを見せてくれた。
いつでも戦えるようにしてて偉い。
やっぱもっとヒーローの数が欲しいよな。ヴィランの多さに対して足りていない。
フラックスは、逆に言うとライデンをメタれるヴィランだ。
濡れた場所でライデンは電気を使えない。市民を感電させる恐れがあるからだ。
やっぱり属性攻撃にはこういう得手不得手がある。
ヒーローがライデンしかいなかったからこそそれなりに長生きしたヴィランだったが、この新生ヒーローにかかればイチコロのはずだ。




