ネズミ男爵・ラットロード②
仁は体格通り、めちゃくちゃよく食うので食費が痛い。
鳥とか自分で捕まえて来てくれねえかな。バイトしてくんねえかもはや。
あんまり顔バレしてないしいけると思うんだがどうだろう。
やっぱ顔の傷が駄目か。俺もあれでアイアンクラッドだってわかったしな。
そもそもヤクザ顔すぎるから接客業は無理だろう。
金属操れるし建築方向なら大活躍なのにな。
社会貢献できる能力者なんて山ほどいるはずなのに、異端者を抑圧する社会がそれを許さない。
ともかく食費だ食費。
スマホで節約レシピを探さなければ、と脳内にToDoリストを作っていると、声をかけられた。
俺がいるのは大学内の校舎を繋ぐ道だ。道幅は狭く、すれ違うのがやっとだ。
そんな道をふさぐように、小柄な男が立っている。
着ているのはボロボロの服で、ホームレスかなにかに見える。
首元に巻いたスカーフが、風も吹いていないのになびいた気がした。
「耳寄り情報があるでやんすが、買いません?」
俺にそう提案したのはネズミの耳としっぽを持つヴィラン、確か名前はネズミ男爵だ。
月島教授が言っていたネズミ男みたいな不審者って、明らかにこいつである。
おい、大学内までヴィラン入って来とる。治安が。俺の安全地帯が。
今や俺は自宅にまでヴィランに入り込まれてんだぞ。入れたのは俺だけど。
雪狐と出会ったときにも見かけたが、ラットロードは戦闘向きの能力ではない。
大きな耳による超聴力と、ネズミらしいすばしっこさにより、情報屋のような立ち回りをしている。
それにしても。
「やんすってお前」
「キャラづけって大事なんでやんすよ、生き残るためには覚えてもらわなきゃならねえでやんすから……」
俺には理解できない苦労があるようだ。
そういう人気戦略ってヴィランにもあんの?
情報を売るポジションだからなんかな。
リピーターをつくるためにいろいろ頑張っているのか。
ネズミ耳生えた中年男性ってだけでキャラ立ってると思うけどな。ケモナーにウケるんじゃねえの、知らんけど。
「情報屋ネズミ男爵、ラットロードの名で通っとりやす」
「情報を聞くまでその価値はわからず、情報を聞いた後では金を払う意味がない。お前どうやって情報売ってんの?」
「いいこと聞くでやんすねお嬢!」
「誰がお嬢だ」
ラットロードはにっこり笑い、歪んだ歯並びを見せた。
「今後もご贔屓にしていただくために、初回無料サービスをやってるでやんすよ。これであっしの情報の価値を理解していただければ次からはご購入いただいて、無価値だと思えば次回からあっしのこたぁ無視していただいてかまわねェでやんすから」
「あっしってお前」
「やんすっつったらあっしでしょうよ」
そうなんか。
俺はラットロードをヴィランとして聞いていたが、話が成立するあたりそれほど脅威を感じない。
暴力的な要素も未だなく、しかし裏社会の臭いはぷんぷんする男だった。なんか薄汚れてるし。
「初回無料っつってもなあ。解約しないと一か月後には勝手に金引き落とされてたりする?」
「そんなサブスクできるならおいらもっと儲かってるでやんす」
「おいらになってるぞ」
「しまった」
やんすっつったらあっしじゃなかったんか。
しばらく口を閉ざしたのち、ラットロードは付け足した。
「……でやんす」
「お前結構面白いから話聞いてやるよ。ヴィランとはいえ、俺はお前に傷つけられたこともねえしな」
「おお! そりゃ嬉しい! でやんす!」
耳をぴくぴく動かしてラットロードは喜んだ。
ラットロードによる、やんす口調の自己プロデュースは成功だ。
だってなんかおもしれえんだもん。もうちょい話聞きたくなるわ。
「ヴィランたちのボス、デルタの目的についてお話しできるでやんすよ」
「えー? それはあんまそそられねえな」
「えーっ! テレビはデルタの目的を推測するので持ち切りでやんすけどねえ!?」
「何が目的だろうがやってることが悪党なのは変わんねえし、理念に共感できようができまいがアイツのやってることは止めなきゃいけねえ。だから聞く意味もねえよ」
「ははあ……」
ラットロードは妙に感心したような声を出した。
「それがいいでやんすね。聞いたらお嬢でもデルタについて行きたくなっちまうかもしれねえ」
「デルタって洗脳の能力でも持ってんの?」
「どうなんでしょうねえ。あっしはありゃ、ただのカリスマってやつだと思うでやんすが」
カリスマ。
数々のヴィランたちをそそのかし、まとめあげているのだから、口はうまいのだろう。
ま、そのほうが助かるか。
ヴィラン全員を洗脳して支配してる異能力者だったら、ちょっと強すぎて勝てるか不安になってくる。
「これは情報ではなくただの雑談として聞いてくだせえ」
そう前置きして、ラットロードは語り始めた。
「デルタが次々に異能力者を抱え込めるのは、はぐれ者たちにこう吹き込むからでやんす。『我々は特別な力を持った新人類だ。旧人類を滅ぼして、世界の段階を進めよう』ってなもんで」
「選民思想、世界征服、めちゃくちゃテンプレ悪の組織じゃん。大した謎でもねえ」
「本人から聞くとすげえんでやんすがねえ~っ! あっしの力ではこんなもんで!」
ラットロードは悔しそうだ。
もうちょっとリアクションしてやればよかったかもしれない。
「で、お前はデルタの考えに共鳴するやつらを集めるためにこうして声かけてんの?」
「いやいや、そんなタダ働きしやせんよ。世界がミュータントだけになろうが、そいつらが金くれねえなら意味ねえでやんすから」
素晴らしい思考だ。金という唯一の指針からブレない、潔い守銭奴。
デルタの選民思想より、断然こちらのほうが共感できる。俺は資本主義で育った。
「あっしもアンタを気に入ったんで、次回に売ろうと思ってた情報を教えるでやんす――お嬢、デルタに狙われてるでやんすね」
「あ?」
「次に暴れる予定のヴィラン、フラックス。こいつは液体と同化できるでやんすが、デルタからの指示でお嬢――片桐祈を狙うことになっている、と言っとりやした。殺してもいいので適当に痛めつけておけ、という指示があったと」
「はあ~?」
なるほど。
ラットロードがなぜ俺に声をかけてきたのか不思議だったのだ。
俺に特殊な能力があるという前提ではなさそうだった。
俺はラットロードの目の前で雪狐によって氷漬けにされているため、そう思っていても不思議ではなかったが、再生能力について彼はついぞ口にしなかった。
デルタの標的。
そうなりゃ俺に話しかける理由は充分だ。
俺からも情報を取れる。デルタが狙う謎の女はどんな人物なのかと。
「何が目的だろうがやってることは悪党なので考えても仕方がねえ、でやんしたね?」
ラットロードは、俺がデルタについて言ったことを復唱した。
情報屋をやっているだけあり、記憶力はいいようだ。
「その考えが気に入りやした。情報売ってるとみんななぜなにうるせえんでやんすよ。あっしが知ってるのは事実だけ。そっから推測すんのは情報を買ったやつらの仕事だ。お嬢、アンタならあっしの情報をうまく使ってくれそうでやんす」
やはり、やんす口調のプロデュースはうまくいっている。
抜けたところのあるカワイイヤツ、という認識だったが、ちゃんと小賢しい。
ラットロードは、なぜデルタが俺を狙うのか、俺に質問させなかった。
情報を売るが、そこまで考えるのはあっしの仕事じゃねえでやんすよ、というわけだ。
一方で、事実を教えるだけ、という商売方法には共感する。
情報を売るのなら、推測を挟まない方が精度が高い。
情報をねじまげて伝え、人々を思うように動かす、などという野望は持っていないということだ。
こいつを信頼したいという気持ちになってきたな。
どこまでが商売上手のやり口なのか、今後見極めていくとするか。