金属ヴィラン・アイアンクラッド③
「動けねえ感じ? しゃあねえなあ、戻ってくるまで通報されんなよ」
遺言くらい聞いてやろうかと煽ったが、あんなんは冗談だ。
こいつには殺されかけたし、実際俺でなければ死んでいただろうが、だからと言って見殺しにするほどの恨みはない。
アイアンクラッドが罪人だろうが、日本に死刑という制度が存在しようが、俺に裁量権はない。
思想のために戦うなんてこと俺はしないが、もし戦うのならヒーロー相手でもヴィラン相手でもなく、人間相手になるだろう。
一歩間違えば、異能力者たちは本当に人権を失いそうなのだ。
人間には存在しない能力を持った者たちを、人間ではないと定義して対処すべきだ、という世論はそれなりにある。
街に入り込んだ熊とか、自然災害とか、そういうジャンルとして対処しようってのはわからんでもないが、ヴィランに人権がなくなれば世界がどうなっていくか想像に難くない。
逮捕とか裁判とか全部ぶっ飛ばして殺すとか、そういう話になってくる。
そのうちヒーローにも人権が無くなり、俺達みたいなこっそり生きてる能力者たちは一生表に出られないだろう。
俺の望む世界ではねえな、間違いなく。
助けられそうならヴィランでも助けるべきだ。
どんなクズでも治療を受ける権利が存在する。それが人権ってもんである。
救急車で動かせない男を、いたいけな少女に過ぎないこの俺が動かせるわけがない。
俺は一度家に帰り、目的のものを持ってアイアンクラッドのところに戻ってきた。
アイアンクラッドはまだ生きていて、焦げたままそこにいた。
――ま、長々人権意識について考えたが、俺はこれから倫理観やばめのことをしようとしている。
家から持ってきた注射器を片手に、俺は朗々と勧誘する。
「バイトォ〜。治験バイトいかがっすかァ〜。報酬はお前の命、リスクもお前の命。このまま死ぬかもしれねえならやる価値あるだろ」
「なんだそりゃ……」
さっきと比べ、明らかに発言の勢いが落ちている。死にかけているということだろう。
話を真面目に聞いてもらうために、お茶らけた雰囲気をひっこめた。
アイアンクラッドの目を見て、誠実に説明する。
「俺は医学生で治癒能力のミュータントだ。これは研究途中の特殊な治療薬、原材料に俺の体細胞等が使用されている。動物実験は成功してるけど人間に使ったことはねえ。いろいろちょうどいいんだわ、お前だったら俺の薬で死んでも罪悪感ねえし」
己の特殊能力を開示するのは、会って2度目以降、というのが俺ルールだ。
アイアンクラッドと会話するのはこれが初めてだが、会うのは初めてではない。だから良し。
それに実験体になってもらうのなら、俺には説明の義務がある。
手元の注射器を揺らし、アイアンクラッドの焦げた顔を覗き込む。
「やる?」
「……勝手にしろ」
「あらやだ、俺の命はお前に預けたぜってこと? プロポーズかよ、ぎゃはは!」
「死にかけのヴィランにコント仕掛けるな。さっさとやれよイカレ女」
ノリのいいやつは好きだ。
俺はアイアンクラッドの腕を取り、注射器を打ち込んだ。
経過観察。
スマホを取り出して、カメラモードを起動する。
アイアンクラッドは大きく顔をしかめた。左眉をまたぐ縦傷が歪む。
「撮んな」
「ハリウッド映画とか見ねえの? 研究者ってのはすぐビデオで記録撮るんだよ。実験者一号、体調どうですか」
「死にてェから殺してェになってきた」
「元気になってきたと。いいじゃん、成功してそう」
アイアンクラッドはしばらく、自分の手のひらを握ったり開いたり、肘を曲げたり伸ばしたり、近くの標識を折ったり伸ばしたりした。
金属操れるからって、さりげなく器物損壊すんのやめてくんない?
ヴィラン仕草が染みつきすぎだろ。
ついに立ち上がったアイアンクラッドを見て、俺は撮影を止めた。
充分元気になったようだ。あとは副作用とかが出ないか確認したい。
「んで、ウチくる?」
「はァ? だからなんでそうなるんだ」
「行くとこあんの?」
俺にはアイアンクラッドの経過をもっと長期的に観察できるメリットがある。
アイアンクラッドにも潜伏場所ができるというメリットがあるはずだ。悪い取引ではない。
ヴィランを匿うのは犯罪寄りの行為だが、勝手に作った薬を勝手に人間に投与してる時点で大分やらかしている。
超常の力に関する法律はないので、いろいろと抜け穴はありそうなんだけど。
それこそヴィランに人権が無くなったら、俺がやったのは動物実験と同じくらいのことになるな、ぎゃはは。最悪。
「黒焦げだったが、よく見たらお前の傷はインフェルナの攻撃によるもんじゃなかった。インフェルナ以外、炎熱に近い異能力を使用するヒーローの話は未だ聞かん。ヒーローじゃねえならヴィランだ。ヴィランにもあるだろ、派閥だのなんだの。負けたんなら居場所ねえんじゃねえの」
アイアンクラッドはだんまりだ。図星ということでよろしいか。
ヴィランと戦うヴィランってのは、実際それもうダークヒーローなんじゃねえの。
「んで、どうする」
「……どうなっても知らねェぞ」
「送り狼に変身するぜって宣言か? いい度胸だな」
「早く歩けイカレ女」
俺んち来るってことでいいらしい。
まったく素直じゃないんだから。ヴィランだから仕方ねえか。
しかしイカレ女と呼ばれるのは納得がいかない。イカレはいいが、女が嫌だ。
「片桐祈だ。かあちゃんって呼んでもいいぜ」
「どこ取ってんだアホ」
なんならライデンより真面目につっこんでくれるな、この男。
ライデンは途中でボケにボケを重ねてくるタイプの男なので、それはそれでおもろいが話の収拾がつかなくなることがあるのだ。
さて、アイアンクラッドは普段呼びするには長い名前だ。
「お前のことはアイちゃんって呼んでも」
「いいわけねェだろ」
「アンちゃん」
「鍛谷」
嫌すぎて名乗りやがったこいつ。
「……お前もかあちゃんだったか」
「仁」
嫌すぎて下の名前まで名乗りやがったこいつ。
個人情報の取り扱いがなってねえ。
全然じっちゃんとかになっちまう名前だけどいいのか。良くねえんだろうな。
一応俺の見た目はカワイイ女のはずなのに、絡まれて嬉しくないとは、硬派な男である。
「俺は最近寮出たからな。男連れ込み放題だ」
「……既にいんなら行かねェぞ」
「お前が第一号だって」
「二号が来るなら出てく」
「そんなに俺と2人っきりでいたいってことか。仁ってば♡」
一瞬本気の殺意が仁の目に宿ったのが見えたので、ここいらで黙ることにする。
アイアンクラッドと同じく、俺も引き際はわかるタイプだ。




