5.チョコ入りなら、当たりだよ
久美は、自宅のソファで目を覚ました。
時計は朝の七時を指している。
カーテンの隙間から差し込む光が、ぼんやりとまぶしい。
――やっぱり夢だったんだ。
じんわりと、胸の奥に切なさが広がる。
でも、心は軽かった。
わだかまりが取れたような、長い旅を終えたような。
「……ありがとね」
久美はぽつりとそう呟き、立ち上がった。
そして、冷蔵庫を開ける。
中には――
昨日のうちに買っておいた、チョコクリームたい焼きが一つ。
それを見て、ふっと笑った。
当たりだ。
◇
数日が過ぎて、オフィスは活気立っていた。
新しいプロジェクトの人員発表と、顔合わせミーティングがあるというので、久美も緊張混じりに出社していた。
ホワイトボードに書かれたスケジュールを確認する。
>「新規共同開発PJ:合同キックオフ MTG」
「主任! 今回のプロジェクトで良い出会いがあるといいっすね!」
佐藤くんがニヤついた顔で冷やかしてくる。
苦笑いで返しつつ、ミーティングルームへ向かった久美は、そこで言葉を失うことになる。
「はじめまして。今回のプロジェクトリーダーを務めます、羽鳥です。よろしくお願いします」
その声。
その笑顔。
名前も、まったく同じだった。
頭の中が真っ白になっていく──。
──休憩中の自販機の前。
久美が缶コーヒーを取り出していると、佐藤くんが珍しく遠慮がちに質問してきた。
「主任……あのプロジェクトリーダーさんとは、お知り合いですか?」
「……たぶん。幼馴染だと思う」
小さく笑ってそう答えたとき、背後から声がした。
「やっぱり、中3で転校しちゃった高瀬……だよね?」
驚いて振り向いた久美に、彼は言った。
「ずっと返事できないまま、こんな歳になっちゃったけど……今度一緒に、たい焼きでもどう?」
そして、少年のように、いたずらっぽい笑顔を向けた。
久美の頬が、すこしだけ熱くなった。
「チョコ入りだったら”当たり”、だろ?」
そして二人は、ほんの少しだけ近づいた。
まるで、永い間止まっていた時間が、少しずつ動き始めたように。