4.夢の向こうで、また会えたら
中学生の羽鳥悠真は、頬を押さえたまま、力尽きたようにベンチに腰を下ろした。
久美は彼の前にしゃがみこんで、小さく息をついた。
「ほんとはね、私……ずっと、好きだったの」
虚ろだった少年の瞳に、微かな光が戻った。
「小学校のときからずっと。声をかける勇気もなくて、遠くから見てるだけだったけど……でも、本当に、大好きだった」
自分でも驚くほど、すらすらと言葉が出てきた。
十数年分の想いが、音になって流れ出す。
「たい焼きがチョコだったら当たり。そんな自分ルールを決めて……いつか、それを君と分け合える日を夢見ていた」
くすっと笑って、そっと彼の横に座り直す。
彼はまだ何も言わない。ただ、紙袋をじっと見つめたまま。
「ねえ……中身、食べてみて。たぶん、それ、当たりだよ」
久美の言葉に、羽鳥はようやく紙袋を開けた。
少し冷めたたい焼きを、恐る恐る口に運ぶ。
もぐ、もぐ。
「……うん。チョコだ」
そして、ほんのすこし、照れくさそうに笑った。
「やっぱり、変な人だな」
「よく言われるの」
また、同じやりとり。だけど、今度はちゃんと届いた気がした。
久美は立ち上がって、空を見上げた。
遠くから、風の音が聞こえる。葉擦れの音に混じって、白い霧がまた、静かに立ち込めてきていた。
「……あー、そろそろ行かなきゃ」
久美がつぶやくと、羽鳥が振り向いた。
「どこに?」
「うーん、夢の向こう……かな?」
曖昧に笑ってごまかす。彼は眉をひそめて、それでも何かを言いかけたようだった。
けれど、言葉より先に霧がすべてを飲み込んでいった。
公園も、たい焼きも、そして、少年の姿も。