空まわりする強さ
ぼくらは アンドルに連れられて、クリスに会いに行った。
昼下がりの2時。
5月とは思えないほどに暑く、真夏なみに気温が高い。
灼けるように暑いが 湿気がないのが、砂漠のいいところだ。
「ここだったか?クリスの部屋があると思ったが。」
「いないですね。」
( クリスの部屋なら二階だ。ちょうど真上だな。)
そっか。
「もしかしたら、階を間違えてるのかもしれない。」
「ああ!そうだ。いけねぇな。どじったぜ。」
僕らは それから二階へ上がっていった。
「ちょうど1週間だが、ここでの生活は慣れたか?」
彼は 道中、僕に聞いた。
「慣れないね。まだ、分からないことが多いよ。」
「…困ったことがあれば、近くにいるやつに聞けよ。ここに来てから気が休まらないんだろ。」
…優しさが やけに身に染みて 逆に体がこわばってしまう。
( …ここにたどり着く者は 心に傷を受けた者が多い。アンドルも マグネ族から越してきてるからな。)
へぇ、知らなかった。
( ああ、過去に似たような 経験があるんだろう。)
全く、そういう風には見えなかった。
( ここに来て、お前が提携を結んだ マラカイトとスピネルも、ヘルゼナ族とマグネ族からここへ来た。)
名前も長かったもんね。
マラカイト•ヘルゼナ•コランダム。
スピネル•マグネ•コランダム。
名前じゃなくて苗字だったのか。
( 流れてきたもの同士、互いに引き付け合うのかもしれないな。)
人を磁石みたいに言って…
ふと、スピネルとマラカイトが つるんでいた理由が分かった気がした。
「今度はいるみたいだな。」
前に歩いていたアンドルが、急に止まった。
あの部屋だろうか。暖簾が掛けられてるけど。
( 毛皮[暖簾]が掛けられていれば、部屋にいる印になっている。)
そうなのか、やばい。僕の部屋ずっと掛けっぱなしだ。
「寝ちまってるのか。静かだな。」
「訪問は今度にする?」
「何もなけりゃいいが、顔がやつれてたからな。様子を見に行くか。」
彼はそう言って、壁をノックした。
「クリス、アンドルだ。調子はどうだ?」
しばらく待っても返答は ない。
この時間は 眠くなるからな。
「心配だな。」
彼は そっと暖簾をくぐって中の様子をみた。
「クリス?」
アンドルが呼んでも やはり、返事はない。
「いないな、ん。クリス!」
アンドルは 部屋の中へ入っていった。
僕も気になって部屋へ入ると、薄暗い部屋の隅でクリスは 丸くなって泣いていた。
「アンドル。どうすればいいか、私、わからなくなっちゃった。」
「落ち着いて、何があった。もしかして、スピネルに何か言われたか?」
彼女は首を横にふった。
「違うの、スピネルは―マラカイトに文句を言いに行くって、出て行った。」
彼女は体育座りのまま、顔を埋めて言った。
それを聞いて、アンドルは深くため息をつく。
「そうか、クリス。何も自分が背負うこたぁねぇ。
俺が叱っといてやるから。」
そう言って優しく頭を撫でた。
「な、だから、そんな泣くな。」
彼女はその後、思っていた事を全部吐き出して眠った。
クリスは、マラカイトが血を流して倒れたのを目の当たりにしてショックだったようだ。
まさか、そんなに危険だったなんて知らなかったと涙を流して言っていた。
そんな試合を肯定して、進んで「やればいい」と思っていたらしい。
申し訳なくなって、マラカイトに謝ろうと思っていたようだった。
マラカイトに傷を負わせた当の本人は、自覚がないどころか、病室に殴り込む勢いだと…
それで、スピネルと口論して、彼女は もっと病んじゃったのか。
酷いな。しょうがない奴だ。スピネル
( …俺は…未来を変えて、状況を悪化させたのか―
マラカイトも、クリスまでも…)
いや、僕がいる時点で世界線は違う…今はそんな話は いいや。
ルビ。まだ、何とも言えないよ。
良くなっていくのは、これからだよ。
僕らは、クリスが寝付くまで 見守ったあと、スピネルに会いに行くことにした。
道場の入口に差し掛かると、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「待ちなさい。どうしても会いに行くのなら、私を倒してからにしなさい!」
「くそ!姉ちゃん、そこを退かねぇと痛い目を見るぜ。」
アンドルと僕は、急いで駆け込むと、思った通り。
見知った ふたりが睨み合っているところだった。
「何してんだ!スピネル!サファ!やめないか!」
アンドルは、ふたりの間に割って入った。
どちらかというと、サファは 仁王立ちしてるだけだったが…
「そうだよ。小学生じゃないんだから。話し合おうよ。」
ん、待てよ。スピネルは小6ぐらいか…
「ああ?」
「経優!こいつに言って聞かせても無駄よ。」
珍しく、サファが殺気だっている。
「まずは、スピネル。女の子に手をあげるな。そんなことは教えてないだろ。」
「…硬度9の猛者相手に手加減する馬鹿がどこにい、ぐはぁ!」
早すぎて、見えなかったが、アンドルが何かしたのか。スピネルはお腹を抱えて うずくまった。
今のご時世、手を出すのは…
「…スピネル。もうここに来て3年が経つ。もうこういう のは辞めにしないか。」
「ちっ、卑怯だ!不意打ちは、ねぇ。」
根が優しいのだろう。
アンドルは "しまった"という顔をしている。
「スピネル、君はなぜそんなに怒ってるの?昨日の試合で負けたから?」
痛みで怯んでいた顔が、みるみる怖くなっていく。
「兄ちゃん、逆に聞きてぇ。俺は負けたのか。」
「負けた。誰が見ても明らかだったよ。」
フツフツとスピネルの中で怒りが湧いているように、顔を真っ赤にしている。
「じゃあ、何であいつは怪我で寝込んで、俺は 怪我ひとつ負ってねぇんだ!」
彼はそう言うと地面を殴った。
怒っている理由。負けた方がピンピンしているのはおかしい。と
「つまり、傷ひとつ無くて、後遺症も、痛みもないのはまとも(フェア)じゃないってこと?」
「違ぇよ!間抜け!マラカイトが手加減してなきゃなんだって言うんだよ!あいつに問いただしてやる。」
一瞬、カチンとなった。
あの試合で、アラカイトが本気じゃなかったと、言ってるのか?
( いかんな。俺にはスピネルの言っていることが分からん。)
「ありえないわ!どうかしてるわよ。マラカイトに腹いせに そんなことを言いに行くとか。」
サファは 怒り、アンドルは額に手を当てて目をつぶっている。
「マラカイトは本気で君に挑んでたよ。戦ったスピネルが一番よくわかってたと思ってたけど。」
「何が言いたい。じゃあ、あいつは俺より強いのかよ。あいつは怪我で寝て、俺は無傷だぜ。」
「あのな―」
アンドルが最後まで言わないように、手でさえぎった。
ルビが勝ちだと判断したのはなぜ?
( 気絶し、続行ができない。戦闘不能になったからだ)
うーん―
「記憶がないんだよね。負けた時の。」
「ああ?なんで俺が負けたことになってんだよ。」
「じゃあ、君の言う通りの勝敗のつけ方では 気絶は負けにならない?」
ほとんど、気絶したことは認めている。
じゃあ、他に彼の中での勝ち負けのジャッチ(判断)があるはず。
「…勝ったやつが強い。強いやつは、寝たきりにならないだろ?俺は致命的な攻撃は受けてねぇし。」
気絶しちゃえば、やろうと思えばトドメを刺せるのに。
これは―理屈じゃないのか。
「ああ、強さなら、君の方がパワーもスピードも優ってるね。」
「なんだよ。わかってんじゃねぇか。」
「でも、君は勝負にも試合にも勝てなかった。」
「はぁ?なんでだよ。」
スピネルは立ち上がった。
今にも喰らいつきそうだ。
「マラカイトはギリギリで勝った。それは確かにそうだけど。死にものぐるいで勝ちにいったに違いないよ。」
「じゃあ、お前は真剣勝負でマラカイトが勝ったっていうのか?」
冗談じゃないと鼻で笑って言った。
「俺が負けたんならなんで、あいつは倒れている?勝者は敗者を討ち倒し、思いのままにできる!」
「見損なったわ!負けたうえに、そんな恥知らずなことを叫ぶなんて。」
サファは悲しそうに言った。
僕には、一応 スピネルの言い分は理解できる。
「今、俺は なに不自由もない。もう一度やれば結果はみえている。」
「そうか、君が言ってることがわかってきたよ。」
僕がそういうと、場が静まりかえった。
スピネルは、相変わらず睨みつけてくるし、アンドルもサファも困惑している。
「どういうこと?経優は スピネルが正しいと思うの?」
サファに 顔をしかめて そう聞かれる。
正しいか、正しくないか。
「サファ。スピネルは 自分が正しいかなんて 考えてないよ。」
「じゃあ、なによ。何でこいつは 騒いでいるの?」
スピネルに指を差して言った。
「ただ、自分の知っている勝敗の決め方じゃない。そう言いたいんでしょ?」
スピネルは 問われ、歯を剥き出して僕を睨みつけた。
僕の考え、合ったってるな。
人ってこんな顔できるのか。
きっと、勝ちに飢えてるんだろうな。
アンドルが落ち着いた声で僕に尋ねる。
「経優、どういうことだよ。俺はわからねぇ。」
「簡単な話。スピネルは痛みの無い負けにも、勝ったマラカイトが血を流して倒れてるのも理解が出来ていない。」
スピネルが経験したことのない負け。
こんな子供に 歪んだ知覚を教えたのは誰?
「でも、え。どういうことよ。」
無理もない。
スピネルの言ってることは矛盾してるのだから。
必ず、間違った価値観を受け付けたやつがいる。
勝つことは、相手の自尊心まで折り、捻じ伏せること。
「誰に吹き込まれた?ここにくる前の話だよね。」
僕は、スピネルに聞いた。
スピネルの目に涙が浮かび上がる。
「…経優。俺は、敗者か?マラカイトは どうして俺に怪我ひとつ負わせなかった。」
「スピネル。君は生まれ持った力があるよね。強いから真っ向から戦ってきたんだよね。」
ポツポツと涙を流して頷いた。
「マラカイトは、脆弱な体に生まれた。真正面からぶつかっていけば、純粋な力じゃ君に敵わなかったんだよ。」
ガラガラな声で唸って、から真っ直ぐに見て言った。
「俺が敵なのに、あいつは俺を痛めつけなかったのは何でだよ!俺は舐められたのか?」
「勝つために、君を傷つける。マラカイトは、そんなことのために戦ったんじゃない。自分に勝つために戦った。」
スピネルは、腕で涙を拭って言った。
「あいつは、本気で戦ったのか?」
スピネルの目にもう、恨みの色がなくなった。
「当たり前でしょ。マラカイトは全力で君に挑戦した。」
聞いて、スピネルは膝をついた。
「俺は、負けた。あいつに、負けた。俺は アラカイトより弱いな。強えのかな、あいつ。」
「強いよ。自分より、強い相手だと分かってて、戦って勝っちゃったんだから。」
そう言っていると、サファに肘でつつかれた。
「…スピネル、かわいそうよ。何か言ってあげて。」
サファに言われて、すぐに付け加えた。
「負けたって認めるのは、強くないとできないことだよ。スピネルは、この戦いで強くなった。」
スピネルに声をかけると、飛び上がって言った。
「そうだ。俺は あいつには二度と負けねぇ。負けられねー」
立ち直り、闘志を燃やすスピネルをみて、僕は何ともムズムズした。
心地いいものではない。
僕が口を開きかけた時、スピネルが呟いた。
「俺が知らねぇ強さもあるんだな。」
付きものがとれたカラッとした笑顔で。
こんばんは、石乃岩緒止です。
いつもご愛読ありがとうございます。
ずっと人間ドラマを書いていると、舞台が砂漠である感覚が弱くなってしまいますね。
試行錯誤して、よりいいものを書けるよう、頑張ります。よろしくお願いします。