辛勝の痕
何が起きたのか。戦いの決着は一瞬のことだった。
正直、理解が追いつかない。
マラカイトが勝つのに、絶望的な状況だったはずだ。
それが 逆転の大勝利に終わり、賞賛の嵐が起こった。
いつのまにか、二人の試合に大勢のギャラリーが集まっていた。
「やるじゃない。心配してたけど、必要なかったわね!」
「マラカイトは やるときはやるんです!これで少しは高慢なスピネルの態度も良くなればいいけど。」
二人に たたえられてもマラカイトは まるで反応がなかった。
僕はなんて声をかけたら…そもそも僕にそんな資格があるのか…
( なぜ迷う。声をかけてあげたらいいだろう。)
僕は、マラカイトに嫉妬してたんだ。
超えなきゃいけない壁に 立ち向かっていくのをみて、応援どころか 嫌って失敗すればいいとまで思ったから…
( そんなことか、気にしなくても お前は何もしてないし、陰口を言っていない。人間、誰しも嫉妬するものだ。)
…口にしてはないけど、不幸を願ってた。合わせる顔がないよ。
( …生きていれば、人を悪く思うことだってある。俺もそういう時期があった。)
ルビが?そういうものとは かけ離れて見えるけど。
( …お前は よく思ってくれてるが、誰しも俺の成し遂げたい夢を認めているわけじゃない。
対立して、邪魔をするやつは憎い。俺も人間だからな。)
そんな。今の環境を改善しようとしてる人を悪く思う人なんて…いや、僕が言えることじゃないや。
( …すまん、話がそれたな。…お前には いい所がたくさんあるから嫉妬して、自分を責める必要はない。)
そうかな。というか、なんでルビは 僕のことをフォローしてくれるの?てっきり怒られるかと思ってた。
( …反省して自分の弱さと向き合い、改善しようとしている者を怒るわけがない。むしろ、同じ戦士として尊ばれる気質だ。)
そんなに、褒められたらくすぐったいよ。
けど、ありがとう。おかげで楽になったよ。
( ああ、お前なら大丈夫だ。マラカイトの勝利を祝ってやってくれ。)
僕は、人波をかき分けてマラカイトにかけよった。
「マラカイト、おめで―」
言いかけたとき、僕は出かかった言葉を飲み込んだ。
マラカイトをルビが手で押さえいた。
白い砂が赤黒く染まっている。
「ルビ、僕はどうすればいい?」
周囲の人は 慌てていた。クリスは 塞ぎ込んで頭を抱えているし、まともに動けそうな人は僕しかいない。
「!経優か。サファに水を汲んでくるように頼んである。薬がいる。フロウを。伝えてくれ。」
「わかった。」
群衆が避け道をつくると 僕を通した。
みんな、深刻そうな顔をしている。
「すぐ、とってくるから。」
走りながら、言うとフロウの部屋に向かった。
( 出て西だ。)
わかってる。右だよね。
( その方角は東だ。)
ああ!紛らわしい。こっちだね。
( 二つ目の部屋だ。)
「フロウ!マラカイトが怪我をした。ルビが薬を貰ってくるよう言われたんだけど。」
彼は 緑の紙の上にクリームを塗っている所だった。
「いくついる?傷の箇所は?」
「右の頬に右の脇の2箇所かな。」
「やはりな。すぐに向かう。案内しろ。」
フロウは 緑の紙を束ねて、半分よこして言った。
♢
僕らがついた時には サファが大きな水のツボを持ってきていた。
「フロウ!大変なの。傷は浅いけど、血が止まらないのよ!」
「聞いている。ルビ、そのまま押さえろ。俺が見る。」
「…ああ、頼む。」
彼は、かがみ込んで腕を見た。
「呼吸も正常。脈も多少早いが強く打っている。血の色から手に終える脈を切ったようだ。
気を失っているのは 低血圧で脳に血が回らなくなったといったところか。」
「助かるんだな。」
「ああ、お前の止血で状態は 半々(イーブン)だ。腕を地面と平行にしておけ。サファ、水を用意しろ。」
サファは 水の入った壺を抱えて すぐに傷口に注げるようにした。
「少しづつ優しく水を注げ。ルビ、手を離せ。」
赤黒い血と水が混ざりあって、赤ワインのような血液がマラカイトを染めた。
すかさず、フロウは手にしていた緑の紙を押し当て、止血した。
「後の傷は脈を外れている。後は運しだいだ。傷口は止血を続けろ。」
「マラカイトは助かるのよね?」
「俺の仕事はやった。出血で死ぬことはない。サファ、君にできることは、傷を洗い流すことだ。全て洗え。」
彼女は目を大きく見開いた後、フロウの言われた通り傷を洗い流していく。
何でそんなきついことをいうのかな。
( …フロウが何を思ってるか知らないが、あいつは 命を預かる上で 無責任な、不確実なことは言えない。)
…
「経優も手伝え。俺の手は限られてる。渡して置いただろ。傷口に貼れ。」
「わ、わかった。」
フロウは ナイフで上着を裂いて、紙を貼っている。
僕も渡された紙を貼っていると、これが 和紙にワセリンのようなものが塗ってあるだけだと気づいた。
あれだけ、皮膚が裂けているなら、せめて紐で縛るとかすればいいのに。
( ヒモ?それは何だ?)
そうか、ないのか!
僕は、置いてあったナイフを取って、上着を細長く切り、ヒモを作っていった。
「何をしている。患部は残っているぞ。手伝え。」
「まぁ、見てて。よし、これを 関節にこうして―」
「待て、止めるなら脇のしただ。それと これを挟んでおけ。」
言われた通り、箸ような石の棒を受け取ると入れて縛った。
マラカイトの顔をのぞいてみると、血色がよくなっていて、表情がやわらいで見える。
「ルビ、もう血が止まっている。これで急場は凌いだ。」
「フロウ。礼を言う。お前には 助けられたな。」
「一族の長が簡単に頭を下げるな。俺の仕事をしたまでだ。それに、助かると決まったわけじゃない。」
フロウは難しい顔をして言った。
「…ああ、そうかもしれないが…俺にはお前ほどの知恵は回らない。感謝している。お前がいてくれて助かった。」
気に入らないのか、表情ひとつ動かさずにルビをみた。
「…俺に気を使うな。もっと自分の立場をわきまえてものを言え。お前は ここの柱だ。揺れるようでは困る。」
「…」
「マラカイトの意識が戻ったら、俺の部屋に連れて来てくれ。様子を見せにな。」
そう言ってフロウは 道場を立ち去ってしまった。
いつもご愛読ありがとうございます。
前回から日が開いてしまってすみませんでした。
書けなくなってしまって、、面白いものを書くことを優先して書かなくてはと思い。執筆に時間を取らせて頂きました。
マイペースになってしまいますが、楽しんで頂けるよう努めてまいりますので、よろしくお願いします。