脆弱の戦い方
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「始め。」
合図がして、目の前の相手が動きだす。
「マラカイト!」
遠くで応援する声が聞こえた。
「シュッ。シュッ。」
揺動が多い。らしくない。
今の僕には はっきりと軌道がわかる。
けど、連続した浅い攻撃は 技を使う隙がない。
「はぁ。はぁ。」
「シュ。シュ。シュ。」
このままだとやられる。
「ッ!」
「! や!」
入った。こめかみに一発!
これは スピネルでも効いたはず。
「痛ってぇな!」
「くッ!…そんな。」
右手の甲がボロボロと崩れて、血が流れた。
「認めろよ。お前に勝ち目なんか無いってな。」
「やってみないとわからない!早く構えなよ。」
「チッ。」
ブン、
大振り。やり易くなった。
我慢比べなら、僕も負けない。
ブン。ブン。
―横殴りの大振り。集中が切れたか、体力切れか、それとも…
ダメだ。集中しないと。
「小賢しい。ケリつけるか。」
「…」
シュ。シュ!
「とお!」
よし!出来た!
喜びたいのを ぐっと堪えて、吹き飛ばされた相手に向き合った。
「くっそが!殺してやる!」
戦意喪失どころか、火に油を注いだみたいだ。
そうだよね。君は一筋縄ではいかないよね。
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︎
「やっぱり、辞めさせるべきじゃないかな。あまりにも危険すぎる。」
試合が始まって直後、僕は ルビに試合を止めるようにいった。
始まってすぐのこのタイミングなら、まだ間に合う。
「分からないのか、真剣勝負だ。勝敗が決まるまではやめん。」
ルビは、きっぱりとそう言うと 二人の試合を傍観した。
かくいう自分も ただ観ていることしかしていない。
今の僕には、彼らの死闘の戦いに割って入ることなどできなかった。
今はスピネルの攻撃を避けているけど いつ当たってもおかしくないほどギリギリで 躱している。
( よく見ておけ。本格的な 対人戦はそうそう見れないぞ。)
ルビは マラカイトが死んでもいいと思ってるの?一度でも当たれば致命傷になっちゃうよ。
スピネルの攻撃の手は 途絶えることなくマラカイトに迫っていく。
( お前の言う通り、硬度に大きく差があれば 低い方は当たれば ひとたまりもないだろう。)
じゃあ、危険でしょう?
( 経優、これは真剣勝負だ。だが俺がいる限り、後遺症が残るような事態にはさせない。殺しあいなどもってのほかだ。)
けど、僕にはスピネルが一方的に追いつめてるようにしか見えない。
試合が始まってからと言うもの、マラカイトは 何もやり返せていない。守るばかりで 防戦一方が続いていた。
( いいか、経優。あの体捌き[戦闘スタイル]は もっとも安全な位置取りのためなんだ。相手が攻めにくい間合いを保っている。)
そうなのか…
ボクサーのようにステップを踏んで くり出される攻撃を紙一重でかわしていく姿は 観ていてハラハラした。
「や!」
スピネルが深く踏み込みで ストレートをくり出すと
それに対応してマラカイトが まるで吸い込まれるように接近し、相手の顔に裏拳を当てた。
「凄い…」
直後にスピネルは 信じられない速度で後ろへと 飛び退いた。
よし、決まった!
( …)
「痛ッてぇな!」
効いてる!
( まだだ。やはり打撃は効かんか…)
え…
「くッ!」
よく見ると マラカイトの腕に血がつたっているのが見えた。
「認めろよ。お前に勝ち目なんか無いってな。」
スピネルは、冷たく言い放った。
「やってみないとわからない!早く構えなよ。」
マラカイトは、心が折れていないようだった。
ゆったりと佇んで 集中している。
スピネルは 構えると 先ほどのスタイルとは違って、ステップを使わずに距離を詰めて殴りかかる。
なんで、スタイルを変えたんだ?ただでさえ避けられるのに 素人から見たって当たらないことは分かる。
( …スピネル。あいつの悪い癖だ。自分より弱いと、相手を格下にみているな。)
…正直な話。勝ち目はあるのかな。
( あれじゃあ。目に余る。だが、仕方ないな。)
「小賢しい。ケリをつけるか。」
彼はそう言うと 一変し、腰を落とし、前屈みになると突進。そのまま二連撃をする…おお!
何が起きたのか一瞬分からなかったが、スピネルの渾身の攻撃はマラカイトに当たったかと思った。
実際には、スピネルは マラカイトを擦り抜けて転倒。
3回転も、おむすび のように転がって壁に衝突。砂煙が巻き起る。
何が起きたのか さっぱり、わからない。
しかし、スピネルは倒れ、マラカイトが立ってる。これは 紛れまない事実だった。
「よっしゃぁ!やったやった!」
「…あいつ、俺があれだけ忠告してやったってのに。」
僕が喜んでいる傍らで、アンドルが呟いた。
「二人。静かにしていろ。まだ、勝敗は決していない。」
ルビは静かにそう言って いきさつを見守った。
嘘だろ、化け物か。
目をやると、スピネルは 膝を付いて立ち上がろうとしているところだった。
全くダメージが無いわけではないだろうが、何事もなかったかのように立ち上がっている。
「くっそが!殺してやる!」
スピネルは我を忘れ、マラカイトに殴りかかった。
「やぁ!」
「ぐあっ」
一瞬だった。
振りかぶられた拳は、マラカイトに当たるにいたらなかった。
否。スピネルが殴るよりも、足を踏みこむよりも早く 相手の懐に入り込み"投げ"た。
綺麗に背負い投げが決まる。
マラカイトは、すかさず倒れたスピネルの上に またがり、とどめを刺そうと拳を振り上げた。
「辞め!」
拳が鼻をかすめるギリギリで止まった。
ルビが制止するまで、僕は余りのショックに目が釘付けになっていた。
あのまま、やってたら どうなっていただろう。
「勝敗は決した。勝者は マラカイト。」
マラカイトは 立ち上がって、スピネルに手を 差し伸べた。
…スピネルは その手を取らなかった。
どうやら 彼の意識がないようだ。激闘の末に気絶していた。
いつもご愛読ありがとうございます。
なんとか捻り出せました。時系列の通りに書けなくて、表現が難しく、分かりにくくてすみません…
楽しんで頂ければ幸いです。
今後ともよろしくお願いします。