闇払い。おまじないは魔法がかかる。
♢
朝食は 思いもよらないマラカイトの宣戦布告に終わり、スピネルは 正午に試合をすると宣言して退室した。
何もかも理解しきれないまま、チームの結成して初めての仲間割れが始まってしまった。
なんで、こんなことに。話し合いで何とか出来なかったのか…
マラカイトに言ったことって何の話だったの?お母さんなんかあったの?
( ああ、それはな。半年後に 病状が悪化して亡くなってしまう。マラカイトの運命を変えれればと思ってな。)
何でそんなこと知ってるのさ。マラカイト、体が震えてるし、戦うどころじゃない感じだけど。
ガタガタと体を振るわしている。
顔色が悪いし、こんなことになるんなら僕が言い出さなきゃよかったよ。
( 俺には 未来が分かる。死んでしまった時から半年前までは忘れてしまったが その後の記憶ははっきりしている。)
…マラカイトの身に何かが起こって、それが このケンカと関係があったってこと?
( …そうなるな。母親の死後、マラカイトは 悪魔に取り憑かれて自殺する… 自分が弱いことを ずっと引きずっていた。スピネルに言われ続けたこともあるだろう)
…自分がどうしても届かないこともあるよね。ルビは マラカイトが戦士になれると思う?
( 何の問いだ?マラカイトは 強い。目指してることに手が届かないのは まだ成長できる証だ。届くまで ゆっくり時間を掛ければいい。)
僕は なんてバカなことを聞いたんだろう。なりたい人間をどうこう言える立場じゃあるまいし…
自分が言われて一番嫌なことじゃないか。
「マラカイト、君ならやれる。できることは ほとんど無いかもしれないけど、応援してるよ。」
「は、はい。アレが あれば僕も立ち向かえると思うので、だ、大丈夫。」
アレってなんだろう。
「マラカイト、やるんだな。よく言ったぞ。朝食の後 フロウの部屋に来い。」
「は、はい。」
「そんなに、固くならなくてもいいと思うぜ。なんせお前は ルビの一番弟子だろ。こっちの方が頭が痛くなるってもんだ。」
アンドルは、そう言って高笑いした。
絶対、頭なんか痛く無いよね…
「アンドル、お前は スピネルをみてやれ。あいつも 危険な状態だろう。」
「あー。そうな。教え子みてぇなもんか。しゃあねぇ、見てきてやるか。」
アンドルは スピネルの後を追って広間を出ていった。
うーん。情報量が多い。
ルビがマラカイトの師匠だったなんて。
それでアンドルは スピネルの師匠なのか。全員ルビの門下生(教え子)かと思ってたけど。
( そうでもない。それぞれが教えている。血縁の中で教え合うことが多いな。アンドルは 弟子を持ちたがらなかった。…境遇が似ているから、面倒をみてるのだろう。)
…複雑だね。簡単にすると、ルビとアンドルの弟子の戦いなんだね。
( …ああ。そうだな―)
「おはよう、ございます。ってあれ…これ、どういう状況ですか?」
「…クリス。おはよう… いろいろとあったのよ。」
「はぁ。そうなんですか。」
「勝負することになったんだよ。お互い譲れないものがあるみたいなんだ。」
「誰と誰がですか?」
クリスが身を乗り出すように 聞かれたので答えた。
「スピネルとマラカイトが。」
「…」
彼女は 驚いて固まった。
しばらくして、サファは 付け加えるようにクリスに言った。
「心配するのも分かるわ。けど、マラカイトが危ない目にあうことも、組が崩壊することにもならないわよ…きっと誰も傷つくことなんて―」
「大丈夫ですよ。マラカイトが決めたことなら、いずれこうなるってわかってましたから。」
彼女はそう言うとマラカイトに向かいあって聞いた。
「無理はしちゃだめよ。昨日 言っていたことも、今日でやれるじゃない。」
「う、うん。伝える。」
⭐︎
あいつタンカなんか切れるやつだったとは。
俺は あいつの無ぇところが気に入ってたが。
賭けるもの もってたら、ライバルとして見てやってもいいか。
「よお、逆立ってるなぁ。おい。」
「ああん?チッ。あんたに用はねぇ。」
アンドル。こいつは、食えねぇ。強えくせに、弱え奴を庇いやがる。
「ったっくよぉ。人が勧告してやろうって言うのに、つっぱねやがって。」
「はぁ?いらねぇ。俺はマアラよか、よっぽど強え。腹に一発 入れりゃあ いいだけだ。」
「お前、舐めてると負けるぞ。」
こいつ…
「誰に言ってやがる。負ける?俺がか。」
「確実にな。」
「てめー!」
くっ。
渾身の力を入れた拳は アンドルの手に収まっていた。
「確かに、力も速さも。お前に軍配は上がる。だがなそれだけじゃ勝てねぇ」
手首を捻られる。痛みより、屈辱が勝った。
「確実に仕留められるように、揺動を入れろ。手数で勝負するんだ。そうすりゃ勝てる。」
「…チッ。手ぇどけろや。」
やってやんよ。勝つために、なんでもな。
⭐︎
「フロウ、アレをくれ。一人分だ。」
「…随分と同行者が多いようだが。」
僕たちは、フロウの部屋に来ていた。
彼の部屋は 他の人と離れた場所にあった。
ここ、コロネルは 東が居住する部屋で密集しており、殆どの人は 東に自室をもつ。
だが、彼の部屋は 西側にある。西には 食料庫などの倉庫や、日常の生活を支える施設が集約されている。
「…ここは 子守りをする場所でも、悩みを相談するような 交流する場所でもない。」
「お前なら、作るのは容易いだろう。頼む。マラカイトのアレを作ってくれ。」
「…」
フロウは 渋々 作業についた。
いくつかある石箱から材料を取り出した。
何を作るんだろうか。白い皮のようなものを すり鉢に入れ、擦り潰し始めた。
ズリズリズリ。フロウは 黙々と手を動かす。
何作ってるの?
( 経優、絶対にマラカイトに言わないと誓えるか。)
うん。誓う。
( …胃薬だ。緊張を和らげる効果がある。)
すり鉢を除くと、随分と粉に近づいてきている。
何で、マラカイトに伏せてるの?言えばいいじゃん。
( …マラカイトには、一時的に硬度と靱性が増す薬だと言っている。)
ああ、なるほど!そういうことかぁ。
本当は ただのビタミン剤なのに、効くって思って飲めば本当に効いてしまう。
プラセボ効果ってやつだ。偽薬でも信じてれば痛みや不安が消えちゃうやつ。
( そうだ、だから言うんじゃないぞ。言えば効果が出ない。)
「これでいいだろ。世話焼きだな。相変わらず、」
「感謝する。助かった。」
彼は 胃薬の入った包み紙を懐にしまい、ついでとばかりに話を続けた。
「すまん。あと一つ、 硬度計はあるか。」
「…こいつの硬度を計るのか。知れたことだ。」
「!フロウ、分かるのか。」
フロウは 僕を一瞥するとそう言って石箱から箱を取り出した。
えっ。え?硬度計?何のこと?僕のことで話てた?
( …硬度を知っている。フロウは 知らないことがないのか。)
「経優、これで計ってみてくれ。」
「い、いきなりね。けど、ルビ。こんな所で計っていいものなのかしら。」
サファがルビに注意するように言った。
「私もそう思います。神聖な儀式だと思うのですが。」
クリスも続くように言った。
「これは、俺の自己判断だ。咎められることかもしれん」
ルビは彼女たちに そう言ってから意を決したように堂々として続ける。
「だが、この好機を逃せない。ここで計る。」
「経優、だって大勢の前で計りたくはないでしょ。私たちがいるのに。」
「ぼ、僕たちが出ていけばいいんじゃないかな。それに、クオツ様の部屋に近いし。なるべく早く終わらせた方がいいよね。」
そう言って部屋を出ようと体を180度向きを変えた。
「待て、怪しまれる。ここで 目立つ真似をすれば、クオツの耳に入りかねない。出来る限り、事を荒立てるな」
フロウは マラカイトを引き止めると テーブルの上に箱を置いた。
「お前がもし、この先も経優と組んでいくつもりがあるなら、見届ける方がいいと思うがな。」
ボロボロの木箱だった。シールの跡が付いている。
あれ、これどっかで見たことがあるような…
「わ、分かりました。経優さんの為になるならその方がいいですね。」
「…私の立場ない、けど経優さんと組むとなると。スピネルに知られない方がいいよね。―分かりました。」
クリスは 何かを決心したのか一人頷くと、僕に笑いかけた。
さっぱりだ。だけど、重要なことは硬度をここでみんなの前で、計ることになったと…何で深刻な感じなのか。
( …それはな、クオツに硬度を知られると火を取り戻す計画に支障が出るからだ。クリスは、クオツの弟子としての立場よりも、経優の味方でいると決めたんだ。)
クリスちゃんにとっての クオツは大きな存在だったんだろう。
僕のポラリスとしての保身と 上司への献身とを天秤にかけて、僕(重い方)を選んでくれたのか。
( …ズレている…が、そうと言えなくはないな。単純に仲間を思う"気持ち"だと思うが…)
「経優、この石を試すんだ。」
気づけば、木箱は開けられていた。木箱の中には いくつか石があり、その一つをルビがくれた。
「どうすればいい?」
「肌に強く当てて、ひっかいてみろ。」
サー。
石はチョークのように擦れていき、肌に付着した。
「これで硬度が分かるってこと?」
「ああ、次はこれだな。」
同じような白い石を 肌に擦りつける。
「これに何の意味があるの?」
僕が疑問に思って聞くと、フロウは顔にシワを寄せて言った。
「貴様の肌に傷が着くまで続ける。傷をつけた石か、あるいは その前の石がお前の硬度だ。わかったら早く終わらせろ。」
ほう、そういうことか。知ってるぞ、それは。
たしか、モース硬度計。1から10まであって、その石を基準に硬さが分かるんだったな。
「じゃあ、わかったよ。僕の肌の硬度は2から2.5だね。」
「2.5 …何を言っている。そんなものは無い。」
「え?そんな。」
たしかに父さんが言っていたのに、
( …?)
「た、たぶん、"2と半分"のことじゃないかな。き、聞いたことがないけど。そ、そうだと思う。」
「試せば分かること。やれ。」
フロウから3つめの石を貰った。
ギッ。
肌が裂けて血が出た。
…痛い。やっぱりだ。
「貴様の硬度は2から2と半分だな。…」
「え、3と半分より下回る人なんて…そんなことってもう一度計った方がいいわよ。きっと何かの間違いよ。計り直せば―」
「サファ、お前が知らないだけだ。適当なことをいうんじゃない。」
「ご、ごめんなさい。兄さん、私、動揺しちゃたようね。経優、あなたのことを傷つけてしまったなら謝るわ。ごめんなさい。」
サファは取り乱してそう言った。ルビがこんなにストレートにしかるなんて。
僕は、一時的に気を取られたが 慌てて返事をした。
「とんでもない。僕は今、君たちのいう『硬度』がわかったから。傷つくどころか。こうふ―いや、元気になったよ。」
興奮した、なんて言えば変人どころか、変態扱いになるところだったよな。
踏みとどまれた自分の胸をそっと撫で下ろした。
♢
時刻は正午。
約束の時間だ。
今日は 動の日。
つまり、平日なので 昼の時間も少し人が多かった。
「そろそろだな。」
「は、はい。る、ルビ、アレを。」
彼は、マラカイトの望むアレを取り出した。
「…マラカイト、お前は充分、強い。これに頼らなくてもな。」
マラカイトは、俯いて目を閉じると 体を震わした。
「―ぼ、僕は脆弱な人間です。スピネルの攻撃を受ければ、す、すぐに崩れてしまうほどに弱い。」
「…悪かった。責めてはいない。ただ、俺は お前にはお前の強さがあると伝えたい。」
「え?」
彼は顔を上げた。凄い汗だ。
相当 緊張しているのだろう。
そんな彼にルビは優しく言った。
「自分が 強大だと認めた相手に立ち向かうのは、一流の戦士でも難しい。それを お前は 面と向かって向き合っている。」
マラカイトの肌を一雫の涙が伝った。
「お前は強い。お前は今から戦士だ。いつも通り、力を出し切ってこい。」
「はい!」
彼は強く返事をすると、ルビから胃薬を貰い、口に運ぶと水で流し込んだ。
すると、彼の表情から不安や緊張が解けていくのがわかった。
人の信じる力って凄いな。それとも、全部 人間の脳が欠陥があるからか。
どちらにしても、生命の神秘を感じる程、マラカイトの雰囲気がいっぺんして 満ち満ちていた。
…なんか、なんだろう…
( そうか。経優、これが自信を持った人間の迫力だ。)
へー。とんでもない集中力。これが『自信』ってやつなんだね。
僕には無い。
( お前も、マラカイトと似たものを もっていそうだがな。稽古を続ければ、同じようになる。)
13才の、4つも下の子の背中が輝いてみえた。
すげぇなぁ と思った。
才能と かけてきた努力が その背には乗っかってるのかね。
自分の中で邪悪な何かが浮かんだ。
テレビやネットで見る、天才キッズたちだ。悔しくて観たくない。
僕には 何にも無いから、自分より恵まれてる人は目に入れなくない。
「心配だわ。経優、あなたは この試合どう思う。」
「勝つんじゃない?自信があるんだし。なんとかなるでしょ。」
「そうじゃないわよ。一方的に不利な試合だってことよ。」
変な事を言うな、サファは。硬度に差があるってことは
うーん。ゲームで ちょっとステータスに差があるようなものだろ。
どうとでも出来るんじゃないのか?
「そうかな。硬度って そんなに大事なのかね。」
「何言ってるのよ!硬度が4も違うのよ!当たりどころが悪ければ死ぬのよ!」
何を言って…
『経優、包丁やガラスの破片は硬度いくつか当てれるか』
…やばい。
「ごめん、やばいね。普通に死ぬわ。こんなの」
父は 地質学者だった。僕が興味がないと言っても笑って、しつこく言ってきた。
『面白いんだぞー。人間の爪は2.5。 銅硬貨(10円玉)は3.5。 包丁やガラス片は⒌5。わくわくするだろー。』
人の肌と刃物…硬度の差は4。
つまり、今、マラカイトは 素手で刃物をもった相手と対峙しているのと同じだ!
スピネルの拳が一度でも当たれば、そこに大穴が開く。
「マラカイト!」
僕が声を上げた時、既には試合が始まっていた。
緑の飄々とした身のこなしからは想像が出来ない程の美しさがあった。
木の葉のようにヒラヒラと スピネルの攻撃を避け続ける彼を。僕はただ観ているしかなかった。
いつもご愛読ありがとうございます。
すみません。今回、自分でも処理するのが難しい回になってしまって、時間が掛かってしまいました。
戦う戦う詐欺みたいになってしまってごめんなさい。
少し、焦っていたのかもしれません。慣れるまで、下手に巻いてお話しを作らないようにしようと思います。
それでは次回、お楽しみに。バイバイ