正道は足元に 見えない痕跡は小なり
「まさか、本当に受け身を取れるなんて。心配しすぎたわね。やるじゃない。」
「うん、上手くいったよ。ちょっと、頭、禿げてないかみてくれない?」
「あ、でも…あれ?」
ジンジンと頭が熱かったので、もしかしたらと思ったが
「やっぱり、擦れてた?」
「ええ、けど くっついて、元通りになったわ。」
そうかぁ。でも首は折れてないし、いっか。
( …怪我はよくない。だが、見事な受け身だ。…強くなったな。)
「あなたの体、どうなってるの?これって空の化身の力なのかしら。」
「僕もわからないんだ。来た時には もうこんな体になってたんだよ。」
「本当は痛むんじゃない?明日もあるんだし もう 今日は おしまいにして安静にしましょうよ。」
サファは 心配していたが、僕は 彼女の心配を気遣いを押し切って言った。
「まだ、やれる。何となくコツは つかめたんだ。」
「せめて、兄さんが帰って来たらにしなさいよ。私は あなたが受け身をとるのは 早いと思って諦めてもらうために やって見せたのよ。」
( サファは 最初に受け身を教えてもらった時のことを覚えてないのか。経優、受け身はまず、座って…)
僕なら出来る気がするんだ。今、やらないといけない。
( 経優、少し落ち着け。まずは 手順が―)
目を瞑って もう一度倒れ込む。
グニャ
手が冷えて、血の気が引いた。空から着地した時いらいの感覚が麻痺していて 自分の体の一部じゃないみたい。
「…経優、手を見せて。腫れてる、手首がちがってる。
酷いわ。―痛まない?」
彼女は 変形してしまった手首をそっと触れて言った。
「痛まない、感覚がないから 大丈夫だよ。痛いのは最初だけだった。気にしなくても そのうち治るから。」
「どうした。何があった。」
「兄さん、経優が手首を ちがえちゃったのよ。」
「…見せてみろ。」
気づけば、ルビが休憩を終えたのか 戻ってきていた。
彼は 瞬時にサファに聞き、僕の手を取った。
「うむ。酷く腫れている。すぐに水を持って…ん?これは…」
ルビが 言い終わらないうちに、みるみると手首は元の形状に戻っていく。
まるで、時間を遡っているようだった。
( …これは 人智を超えているな。)
変な例えだけど、形状記憶(特定の条件で原形に復元する)みたいじゃない?輪ゴムみたいな。
「これは、どういうことだ。確かに、脱臼していたはず…」
「それが、空の化身の力って話よ。私も 信じられないけど、経優の能力よ。」
あ、そうか。この世界のルビは まだ知らないんだ。
「うん。僕も よく知らないけど、怪我をしてもすぐに治る。だから、心配しないでいいよ。」
「経優、それとこれとは関係ないわ。心配するに決まってるじゃない。こう見えてルビだって凄く心配なのよ。」
さっきから、ルビの反応がない。僕の手首を掴んだまま地面を見つめていた。
「…経優、何をそんなに焦っている。ここにはお前を襲うような敵はいないぞ。」
「?敵って何のこと。そんなこと言われなくても。ここには そんな奴なんていないよ。」
何を言ってるんだ。わからない。
「ならば自分をそんなに追い詰めるな。成果は悠然として 構えていると自然と身についてくる。」
ん?さっきからルビと噛み合わない…
( 今、俺は お前の心に触れたのだろう。)
触れた?それってどういう―
「よし、サファ。受け身のやり方を経優に教えてみろ。
今度は 見せるだけではなく、指導だ。」
「え、なんで。私できないわよ。」
ルビは なんの前触れもなく サファの背中を押した。
サファは 前のめりに倒れたかと思うと、クルッと身を丸めて猫のようにかろらかに転がり、立ち上がりにルビと対峙した。
「ひどい!なんてことするの!びっくりするじゃない!」
「上手いな。天性の才能だ。お前には いい機会だな。経優に手解きをしてやれ。」
「ちょっと、待ちなさいよ。誤ってよ。」
サファは 声を震わせて 立ち去ろうとするルビに叫んだ。
そんな今にも 感情が崩壊した様子を受けて ルビは釈然と見据えるように言った。
「お前は 周りがよく見えている。確かに 急に突き飛ばすのは俺が悪かった。すまないな。俺は口に出すのは苦手だ。」
「すまない?それだけ?おかしいわ。」
「…そうだな。言葉が足りないな。」
ルビは そういうとしばらく腕を組み、考えたあとで付け足す。
「お前は(受け身を)よく出来ている。今の前方への受け身も意識せずに出来るだろう。
だがな、それは正確な型を日々繰り返し、鍛錬した成果だ。お前なら正しく型を教えれるだろ。
俺は お前のことをしっかり認めているんだ。」
「―兄さんって本当に…ごめんなさい。 私やってみる」
…これは、一体、
( 前方の受け身は、一番難しい受け身なのだ。その受け身を取れば、[教えられる実力があると]気づいてもらえると思ってな…)
…不器用だね、人のこと言えないけども。けど、僕はいいと思ったよ。お兄ちゃんをやるのは難しいよね。
♢
あれからというもの しばらく休憩し、受け身の稽古を再開するようにルビから指示を受けた。
休憩の時に、サファの小さなため息が目立った。
年が離れている兄弟って大変なんだなぁ。
「そろそろ やるわよ。最後にやった受け身、また出来そう?」
「前に回るやつ?無理だよ、あんな難しそうなの」
「違う、あれ。えーと、後ろに倒れるやつよ。」
「ああ、あれね。」
彼女は かなり引きずっているようだ。落ち込んでいる
「サファが教えてくれるんだよね。覚え悪いけど、よろしくお願いします。」
「ええ、あなたなら。すぐにやれば出来るようになるはずよ。」
彼女の顔から少し元気が戻ってきたように見える。
やっぱり、サファは笑顔が一番似合う。
…ルビ、サファが すぐにやればって言ってくれたけど
何で"すぐに"がついてるのかな。
( あ、ああ。すまん。思い返していた。すぐに?ああ
すぐにやらないと 放っておくと怖くて出来なくなる。)
ああ、そういう。
「さぁ、どうしたらいいかしら。まずは、寝て。」
「はい、」
僕は細かい砂の上で大の字に寝た。
サラサラと肌が心地いい。
「それから顎を引いて、えーと。それから…」
彼女は、自分で やりながら、一つ一つ教えてくれた。
どうやら、手をつくところから違っていたようだ。
両手は ハの字になるように、腕ごと叩く。
これを寝っ転がった状態でずっとやった。
「そう、いい感じね。覚えがいいじゃない。」
彼女の教え方は褒めて伸ばすようだ。
教わっていて気持ちがいい。
「うん、次は…背中を丸めて、そう。コロコロ転がしてみて。」
おお、これかぁ。
子供をあやす "ゆりかご"の様に 体を揺らした。
「いいわね。今度は かがんだ体勢から受け身を取って」
「え、わかった。」
言われた通り、かがんで 転がり戻った。
「えーと、手もつけてみて。」
「あ、そうだった。」
言われて もう一度ど、組み合わせてやってみると。
タン、クルッ。
「あ、サファと同じやつだ。」
「いいわね。これをやっていけば立ち上がるところまで出来るわ。」
「面白いなぁ、これ、ハマっちゃったよ。」
タン、クルッ、タン、クルッ…
僕は、淡々と練習した。何よりもこれはやってみると面白かった。
「そろそろ、立ってやってみて。もう、あなたなら出来るんじゃないかな」
「わかった、やってみる。」
僕は立ち上がり、両手を前に伸ばして集中し 倒れむ。
タンッ、クルッ
ああ、出来た。何となく 達成感ある。
「もしかして、あなた。才能があるわね。出来なくなってもおかしくなかったのに…やるじゃない。」
「ありがとう、君のおかげだね。」
僕は 彼女にお礼を言って、その日の稽古は終了した。
♢
「ルビっ!まだだ!まだ、俺は負けてねーー!」
「おはよう、スピネル。私たち、あなたが起きるのを待ってたんだから」
僕たちが道場を出る時には、太陽が沈みかけていた。
「ッ!くっそ!勝ち逃げやがって!今度こそ、腹にぶち当ててやる。」
「あなた、懲りないわよね。嫌いじゃないけど…」
「何だよ。それ!というか、何でついてくるんだよ!」
彼女はそれまで、何食わぬ顔を保っていたが ついに額に手をやり、わかりやすくスピネル少年を諭した。
「あのね、私たちは 提携を結んだ仲でしょ。あなたから、言い出したことじゃないの。」
「ああん?俺が?違うぜ。マアラが言い出したんだ。」
「そのマアラはどこよ。あなたたち仲よくしてたじゃないの。」
スピネルは、苦い顔をしながら そっぽを向いて言った
「知らねーよ。見の日(休みの日)は道場に顔を出しやがらねー。」
彼は そんなことを言わせるな。と愚痴りながら サファに言った。
「それより、俺はお前の"こうど"が いくつかの方が問題だぜ。お前、いくつだ?」
「なんで、そんなことを?…いいわ。確か9ぐらいだったかしら。嫌よね、女なのに…」
「はぁ?9!? 嘘つくなよ!」
へ?ついていけない。"こうど"ってなんだ?
( 硬度か、経優の世界の人間は気にしないのか?肌の硬さのことだ。)
はぁ、そうなんだ。それって大事なことだったりするのかな。全くわかんない。
( 経優、スピネルに言えば、詳しく教えてくれる。)
「ねぇ、スピネル。硬度ってそんなに大事なの?」
「はぁ?てめぇは 硬度なんて どうでもいいってのか?」
「答えになってない…どういうことかな。」
知ってないと困るような、重要なこととか?
「経優、あなたは 硬度は測ったことがないのね。けど、早く調べた方がいいかもしれないわね。」
彼女は言いにくそうに小さな声で怖いことを告げた。
「早死にしないためにも…」
そんなに 硬度って必要な知識だったのか。
( 経優、気にすることはない。おそらく、大丈夫だ)
僕は 初めて、ルビの言っていることに 引っかかっていた。
サファとルビで違うことを言った。これはきっと 僕の生死に関わってるんだ。
僕は 間を取ってそう思うことにした。
こんばんは、石乃岩緒止です。
いつもご愛読ありがとうございます。
うーん。兄弟って難しい。すみません。ルビ、サファのすれ違いが起きてしまって、絞ってお話しを進めていきたいのですが…
めげずに、頑張ろうと思います。皆様が楽しめる様に私も楽しみながら、探っていきたいと思います。
それでは、次回。 ばいばい




