ep2 予知夢
スマホのアラームがけたたましくなって起きた頃には、とうに1時間が過ぎていた。
不思議なことに眠気を除けば、体の不調は殆どとれていた。
1時間でも熟睡できたらかなり体調がいいもんだな
昼間にしか寝れないのも慣れたが、短い時間でもよく寝れた時は嬉しい。
このまま自由に過ごせれば、なお素晴らしいが、そうもいってられない。
さっと制服に着替える、久々に着たな。
制服ってこんな窮屈だったっけ。
空色のシャツを着てルビーレッドのネクタイを付けたら季節外れな紺のブレザーを羽織り、最後に藍色のズボンをはいた。
ブレザーもズボンも冬服だが見当たらないので仕方がない。
首元が苦しい。ネクタイは取り外しが楽な金具でパチンと止めているだけなんだが、
普段からラフな格好してたからだろう、首に締ている時と同じ感覚になるくらいに窮屈だった。
もっとも今は精神的な苦しさの方が何よりも気掛かりだった。
鞄を手にして扉のドアノブに手を掛けた。
すーーはーーっ
何より重たいのは外に出ることだ。心理的な障害を感じるくらい一ヶ月は長くて重たい。
パッと勢いよく扉が開いて目に真っ白な世界が突き刺さる。
大袈裟でも何でもなく目潰しの様に眩しかった。外はこんなにも神々しいのか、地面ですら反射して白く光を発して見える。
一番厄介な課題は何も考えずやった方がいい。
それが出来ているうちは自分があるんだろう。
今ここに自分がいるという自信を失くしたとき、人間社会で生きていけないという勘がある。
まさかこんな事を考えるようになるなんて少し前までは思いもしなかったな。
眩しかった景色が少しずつ輪郭を取り戻していく。
下の方に何かいる、コロコロと音が聞こえていたけど、
そこには信じられない生き物がいた。
可愛らしいヒレをバタつかせ必死に起き上がろとしている。
何でウミガメがこんなところにいるんだろう
ここは崖の上なのにどうやって登ってきたのやら。
ころんと手で転がしてあげたら勢いよく森の方へ歩いて行こうとしたので持ち上げた。
そっちじゃないよ、といっても自力じゃ帰れないよね、
僕なら海に返せるかもしれない。
どんなに固い甲羅を持っていようと、10メートルの高さから、海面に打ちつけられたらタダでは済まない。
なので、雨どいのパイプを使う。雨を排水するのに海まで繋がっているのだ。
裏手に回ってすぐにある。パイプは簡単に取り付けられていてすぐに外せる。
「よし、ちょと待っててな」
バケツの中に入れて、鞄からノートを取り出すと数ページやぶって角を内に四か所折り箱を作る。
厚紙がないから紙を重ね強度を増して作る。二つ用意して重ねればボックスになる。
下にするの方にカメをいれて被せる方を内側にかませる。ノリを染み込ませたティシュ(水に流せる)を挟んで接着しておく。
崖下を覗き込むと波が打ち寄せられ水しぶきが立ち上っている。
カメのゆく先のパイプが崖にそって、螺旋階段の様に海まで続いている。
表からホースを持ってきてスタンバイできた。
パイプの中は真っ暗だった。カメからしたら巨大なジェットスライダーかもしれないが、
こうも暗いと怖いだろうと思ったけど、箱に入れられてたら何も見れないからまだ良いのかもしれない。
箱を置いて水を流した。無事でありますように、
しばらくして海から白い物体が上がってきて、波に揺られて消えていった。
「ふぅー そろそろ行くか、」
一仕事終えた後は清々しい。やれる事はやったんだ 偽善かもしれないが何もやらないより気持ちがいい。
自転車が置いてある場所に近づくと羽音がする。
何だろ今度は嫌な感じがする、そーと近づくと物音の主が見えた。黒くて大きな丸い影がみえる。
自転車のカゴの中に黒いフクロウが我が物顔で寛いでいる。
「退いてくれそうにないな、これ」
どうすればいいか分からないけど、近づいてみる。
半歩ずつ詰めていく、もうすぐ手の届くというところで目があった。
ジーと睨みつける様にしてそのままピクリとも微動だにしなくなった。
動いたらダメなのはわかった、目を離せば飛んで来そうだったが、緊張すれば、瞬きをしてしまうものだ。
一瞬のことだった。パサッと音を残して気づけば降下し鋭い爪が伸びてくる。
僕は幸運なことに、尻もちをついて 顔のすれすれを通り過ぎていく。
パサッパサッ… 音が遠のいていく
危機は回避できた。心臓がバクバクしているが、怪我はない。
命の危険を感じるくらいドキドキしたのはいつぶりか
あんまりいい気分ではない、下手したら頭蓋骨に穴が空いていたかもしれないのだから、
もういったよな
激しく打つ心臓の鼓動も正常に治まり、穏やかな自然の音が再び戻ってきた。
汚れたズボンを手で払うと自転車に跨った。カゴには黒い羽がたくさん入っていて、その何本かの根本が赤黒く染まってた。
フクロウ社会でも色々あるのかな、
そんな妄想をしながら自転車を走らせる。
目の端でさらに不可解な光景が映り込んだ。
思わず振り返っても何もいなかった。
フクロウとタカが同じ木の幹に隣り合ってこちらを見ていた
夜と昼の狩人は決して関わり合いが無いはずなのに
家から出てから小さな森を抜けていく、緩やかな坂道になっていて自転車を漕がなくてもすいすい進む。
森を抜けたら開けた草原が続く、小さな丘を2つ越えてからは、背の低い雑木林もとい薮の中を突っ切っていく。
ガサガサガサッ
ジグザグと藪がかき分けて道の方へと何か生き物が近づいてきている。
フクロウの時とは違って薮から生き物が出て来ることは、何も珍しい事ではなかった。年に一度くらいはあることだ。
先ほどの失敗を踏まえて今度は刺激しないように自転車を止めて待つことにした。
バサっと小さな茶色い生き物が目にも留まらず横切り藪の中に消えていく、その後を追うように大きな猪が毛を逆立てながら突進して藪の中に突っ込んでいった。
しばらく呆気に取られていると、猪の作った獣道を白うさぎがぴょんぴょんと通り過ぎていった。
「今日は不思議なことが起きるなぁ」
最初に出てきたのはたぶんリスだろう、そのリスを猪が追っかけてて、その後をうさぎが、、、
他種類の生き物が交流するなんて、しかも自然界でそんなことあるのかなぁ。
奇怪な現象にあてられて感傷的になっているんだろう。ちょと疲れているのかもな、
こうも不思議な出来事が重なると何かが起こる吉兆かなと呑気に構えていた。
これより後に地獄を見るなんてこの時は思いもしなかった。
あれから少しして道路に出た 気持ちを切り替えて自転車を進めてからは不思議な事は何一つ起こらなかった。
無駄に広い敷地に面している車道に出てしばらく進むと海道が続く。
海が見えたら景色を眺めることなく町に繋がる小路に曲がって行く。
家から出てからの通学は全て緩やかな降り坂だ。町に入る脇道も カーブを描きながら下っていく。
どの坂道も緩やかなこう配でくねくねと長く自転車のペダルを漕がなくても加速していく分、自転車のペダルに足を置くだけですいすい進んでいって楽だ。
行きは良い良い帰りは怖い。
坂道を降って直ぐに信号がある、そこを右折してからは平地だ。建物はポツポツとまばらに散らばっていて殆ど田園風景、
僕の目からは盆地なのもあり 陰気な場所に映る。
「はぁ、」
ついつい悪く捉えてしまう。嫌だなぁ。
陰鬱な気持ちのまま学校へと続く一方道に差し掛かって山の麓に大きな校舎が佇んでいた。
僕の通う龍が峰高校は歴史ある学校だが、知らない人が見れば新学校に見えることだろう。
僕が入学する2、3年くらい前に一度立て直されて、目新しいガラスと白を基調とした大学キャンパスを思わせる風体に
内装は木造建築という過ごしやすくて、ほのかにヒノキのいい匂いがする。公立高校の中で一番の新校舎だ。
この町で一番 建造物として映えているといえる―真上にそびえる朱色の巨体建築物さえなければだが…
山にはもう一つ対象的な古風な建物が学校の上に鎮座している。
龍宮神社という名前の神社で、この町の全員が知っている。
8階建のマンション程の高い鳥居は嫌でも観る人の目を引きつける。
その奥には清水寺に見劣りしない大層な神殿が山の中枢に備えられている。遠目でも分かるくらい木彫の装飾がきめ細かい。
この大昔から龍神様を祀っている龍宮神社は、
永白町を見守る氏神神社でもあるらしい。
町の建設以前から建てられているのに何一つ馴染んではいない神社の一角を見上げると引っ越して間もない頃に感じた違和感が蘇ってきた。
これからどんな生活が待っているのか、何が起こるのかの不安を、自分自身を吸い込まれてしまいそうな不思議な雰囲気を漂わせ、惑わされてるのを肌で感じた。
以前と違い、期待やワクワクとは正反対な暗い(ネガティブな)ものだけど、気を引き締めると校門をくぐった。
下駄箱までが長く感じる。背筋は冷えて体が硬くなっていっているのを感じた。
他の生徒とすれ違うたびに顔から血の気が引いていって気が休まらなかった。
指定された場所はB1階の接待室で、保健室のすぐ隣の部屋だ。何度もカウンセリングで行った事がある、大丈夫。
下駄箱のある階は1階で、右に曲がって突き当たりの階段を降りていって正面に保健室、右隣の部屋…
階段に着くと雑談する声が聞こえてくる。
保健室に遊びに来ている生徒達のものだろう。しばらく待って保健室に入るのを聞き取れない距離で待つ。
ないと頭では分かっていても、自分の陰口が飛び交っている想像が頭によぎった。それ以前に大きな声、特にテンションが高くて興奮している声を間近で聞きたくはないというのもあった。
しばらくして声の元が無くなったのを確認すると、階段を降りていく、何らかの呪いを浴びた様にまた、一歩一歩が重くて壁に体を預けて片足ずつ下ろしていく。
これでも早く降りれた方だろう。降りきった頃には息を切らしているのが情け無い。
体力のある無いではなくて、心が弱っているんだと思う事にして、目的地の扉にたどり着いた。
ちらっと腕時計を見ると15時05分を指していた。やばい、間に合わなかった。
そんな中、目の前の扉から声が聞こえてくる―
引き戸が少し空いてるのに気づき覗いてみると先客がいた。
奥に座ってるのは、副担の北乃先生だ、手前の向かい合っている生徒は―見覚えがある。クラスメイトだ。
僕の悪い癖で殆ど人の名前が頭の中にない。この子もそうだ。物静かで大人しい女の子―
「今回のペアの授業で、私のアドバイス通りに出来たと、言えますか?」
「………―」
彼女はピクリともせずに少し俯いていた。
「 前回、相手の眉間を見て受け答えをしてみる様に言ったのは覚えているのでしょう?」
「……―」
続く沈黙に見ている僕も気が滅入りそうになった。これがカウンセラーの対話かと思うと、尚更。
「他の先生方にはまだ伺っていませんけれど、私の授業をみるに社会に出て困るのは他でもないあなたなのよ」
「………―」
「意地悪を言いたいんじゃないの、あなたの未来の事を心配しての事なの、」
俯いている少女は何一つ言葉を発しない。先生の顔だけがどんどん険しくなっていった。
「あなたはそれでいいの?このままで、何とかしようと思わ―」
トントントン。
気づけば手が勝手にノックしていた。
「あら、いけない、どうぞ」
僕は勢いよく、地獄の扉を開いた。
「さぁ、入って。ごめんなさいね。安藤さんのカウンセリングが長引いていたのよ」
先生は今までのことがなかったのかの様に、僕を彼女の隣の席に勧めた。
僕はいままでの出来事で全身硬直し、全てに力が入っていた。
一連の事態に困惑しているのと恐ろしいので所作が固くなった。
どうしても気になってチラッと彼女の様子を見て、心が引き裂かれる。
彼女の目から完全に光が消えていて目の焦点が分からない。
ここではない何処かに彼女は座っているかの様だった。
「どうしても安藤さんの指導をきちんと進めたくて長引いてしまったのよ。
ほら安藤さん、無神君に待たせたから、お詫びしなさい」
僕は驚くあまりに先生の目をカッと見開きみたが、先生は彼女の方しかみない。
しばらくの間、沈黙が続くと彼女は立ちが上がり僕に目配せで苦笑いをして去って行ってしまった。
その時の哀れむ目が脳裏にくっきり刻まれた。彼女はこの場の誰よりも強いな。
「では、初めていきましょうか」
僕は平常心を装いこれから始まる地獄に備えた。
おはようございます。石乃岩緒止です。すみません、ちょっと最初のうちは暗めな話が続いてますよね。
リアルな不登校の辛さを代弁するように書きたいので踏み込んで書けたらなと思います。
いつもご愛読ありがとうございます。よろしければ、ブックマーク、高評価、コメントを頂けると励みになりますのでよろしくお願いします。バイバイ。