ep10 命の意義
♢
ルビ、ここにアンドルがいるんだよね。
( ああ、ここで仕事をしてるな。)
何か グチャグチャと明らかに日常生活でしないような音が聞こえてくるんだけど…
僕らは、降って広場の右手にある部屋の一角にきていた。コランダム風に言えば"西の造り場"らしい。
( 経優、覚えておけ、東は人に住居、西に作業場がある。ここは西の造り所だな。)
ここにある三つの どの部屋に入ればいいかな。
( ここは繋がっているから、何処から入ってもいい)
―うん…
コランダム族の暮らすコロネルにある部屋は、どの部屋も開放感があった。
それは 部屋に扉などはなく、動物の毛皮が入り口に暖簾のように掛けられているだけだからだ。
しかし西の部屋は足元まで続く毛皮のカーテンが掛かっていて 中が見えなかった。
これは心理的にも抵抗がある―
( 今は一番東の部屋にいるかもな。)
一番東、右の部屋か。どうも分かりにくい…
僕は少し不安がありながらも気を引き締めて部屋へ入ってみることにした。
「―お邪魔しまーす。」
「ん?おお!経優じゃないか!何だ、手伝いにきてくれたのか。」
「う、うん。おはようございます…アンドル、それってもしかして―」
アンドルは手を止めて僕に声をかけた。が、異様な光景のせいで それどころじゃなかった。
「これか?お前が昨日襲われてただろ、こいつらスゲーうまいからな。」
僕の気も知らずに満面の笑みを返された。
「聞いたぜ、昨日はサファを連れ帰ってきたっていうじゃねぇか。お手柄だな!夜遅かっただろ、もう動けるのか?」
さっと、獲物を黒いナイフで かっ捌いている―
「―僕、こういうの苦手で…」
黒い、みようによっては犬に見える動物の遺体をスーパーに並ぶお肉に切り分けている光景はグロかった。
「そうかぁ。こいつはコツがいるからな、苦手は誰にでもある。」
アンドルは意外にも分かる人だったんだ。
僕が胸を撫で下ろすと同時に彼は何かを思い出したように言った。
「そうだ!あんちゃんには皮をなめすのを手伝って貰いたい。ああ、わりぃ。その前に塩漬けが先か。」
えっ、なめす?塩漬け?
( うむ、どれも命を取ったあとに行うことだ。)
ああ、うん。そうなんだ…
やっぱり、グロい―
「うーん、グロいよりはマシか…わかった。まずはやり方教えてよ。」
「おう、これが終わったらな。」
サー、サーと捌いていく工程は驚くほど早いものだ。
手慣れているのは あるだろうけど、人の手がこんなに早く動くものだとは知らなかった。
「へへっ。はえーだろ、得意だからな。」
舌をちょんと出すのは癖なんだろうか。みるみるうちに肉の部位ごとに山ができていった。
凄いもんだ。捨てる所はこれだけなんだ。
黒い臓器のような何かが わきに避けられてあった。
( これも、乾燥させて煎じれば薬になる。)
へぇー。捨てるのは骨ぐらいなものなんかぁ。
( …これもサファが使う。)
使う?何に、
「ふう、終わったぜ!」
心の中でルビと話してる間にアンドルはオオカミを全て捌いてしまっていた。
「お、お疲れ様。凄い量だね。」
「いや、これでも少ないほうだ。いつもはもっとやる。」
彼は平然と肉の山をみてそう言った。
これで少ないとか、一匹の量が凄いんだなぁ。
「さぁ。次はこいつを肉に塗りたくれ。」
「おっとっと。重い、」
小さな石の壺を渡された。
覗いてみると中には粉が入っている。
「これは?」
「塩だ。こいつのおかげで長持ちする。まんべんなく塗っておけ。」
「全部?」
「ああ、」
アンドルは、小さい 紙の様なペラペラの緑のシートに白とピンク色の塩を盛った。
それから、手に塩を塗っておにぎりを作るのと同じ要領で肉を塗り固めていく。
面白そう。
僕も真似してやってみると最初の想像と違っていた。
柔らかい!お餅みたいだ!
どちらかというと、魚の肉に近い弾力もあるな。
僕は楽しくなって夢中になっていると、気づけば何個も作っていた。
不思議と、幼稚園にいた頃の泥団子を作った思い出が何故か浮かんできた。
漬物を作ってるよりも、陶芸してる気分になるね。
( 俺には言いたいことは分からないが、上手いな。才能がある。)
「スゲーな経優!もう終わっちまった。」
肉を取ろうとしたら無くなっている。
「もうちょっとやりたかったなぁ。それよりピッタリですね。ちょうど塩を使いきってる。」
「ああ、足りてよかった!フロウの奴の小言を聞かなずに済んだぜ。」
「塩、貴重なんですか?」
「いや、そういうわけじゃねーがな。最近取れねえらし
い。 よし経優後は3つずつぐらいにこれに包んでくれ。」
彼は質問を受けて少し難しい顔をしていたが直ぐに元の調子で指示をくれた。
さっきの緑の紙?これ何だろ。
( これはサボダの皮だ。乾かすとこんなふうに丈夫な薄葉[紙]になるんだ。)
アンドルは素早く肉を包んでいった。
僕もやってみたが、どうも上手く包めない。包んでも直ぐに開いてしまうのだ。
「あー、これは無理だ。すぐに解けちゃうよ。」
何度も試すもダメだった。
「順調にやっているな。」
僕が肉塊に苦戦してぼやいていると、入り口の のれんがかき分けられた。
「おう、ルビ!フロウから聞いたぜ!サファと経優の帰りを待ってだんだろ?寝なくて平気なのか?」
「ああ、少し寝たからな。俺も手伝わせてくれ。」
「助かるぜ!」
ルビはきて早々に包む作業に取り掛かり、2人で一瞬で終わらせてしまった。
結局、僕が包めたのは3個だった。
「僕、役に立てなかったね。」
「お前は充分やっている。初めてで作れるのは凄いことだ。すでに役立っている。」
僕は少し落ち込むとルビが僕の肩に手を置いて言った。
「人には得意、不得意がどうしてもある。人を頼るのも強さのうちだ。」
「ルビ、こいつ塩漬けは上手いぜ。初めてとは思えなかったな、なんせ半分もやってのけたんだ。」
「そうか。では経優、落ち込むことはないな。自分がやれることをやればいい。」
ルビは何故か誇らしく言った後、アンドルの方へ何かを確認しに行った。
なんか照れるな。
( 経優、生きていくのには人と助け合わねばならん。お前はこの仕事を通して多くを学んだな。)
え、ルビどうしたの?そんな大袈裟な。
( 凄いことだ。命の重みと向き合えたことも、苦手なことの中で自分が出来ることを精一杯やり遂げた。)
―僕は根がサボり魔だけどね。
( 経優、生き抜くことは大変なことだ。今日まで死なずに命を紡いでやり抜いてきた。お前は生き抜く力がある。忘れるな。)
…そうだといいな。
「おーい経優、まだやれるか。こいつを棚に運んでくれ。三人でやりゃ一瞬だ。」
僕らは手分けして棚に包みを並べていった。
何やら棚には絵の様なものが彫られてあって、それを頼りに置いていく。
数字か何かかな。
( 年数だな。何年のものかすぐに分かる。)
へぇ、年単位だったんだ。
ひとしきり運び終えるともう一つ、手をつけてない白い塊があった。
「アンドル、これ。どうするの?」
「…これかぁ、どうすっかなぁ。」
アンドルは珍しく頭を抱えていた。
「うむ、これか。ひとまず下にしまっておく。」
アンドルが悩んでいる隙にルビは躊躇わずに白い塊をさらに奥の部屋へと運んでいった。
「アンドル、あれは何なの?」
「ああ、あれか。お前は知らねぇよな。あれは脂の塊だ」
「まぁ、そうか。でも、捨てちゃっても良くない?」
「お前!あれは凄い貴重なものなんだぞ!」
アンドルは目が飛び出るぐらい驚いていた。
「簡単に火が灯り、長い時間燃え続ける。これが無い生活は大変だ!」
蝋燭か。確かに火は万能だな。
火があれば食べものを美味しく柔らかくすることも、
砂漠の寒い夜を明るく暖かく過ごせるだろう。
「確かに、捨てるのは間違ってたね。でも、何でさっき困ってたの?いくらあっても足りないんじゃない?」
「う、それは…ルビから聞いてくれ、それを俺が言えねぇ。憎らしすぎて誰かを殴らねえと収まりがつかなくなるからな。」
彼は赤褐色の顔を更に赤く染めて そんな恐ろしいことを言った。
なら、仕方ない。ルビ、どうして?
( 落ち着け経優、聞いても無いのに知っていたらそれこそフロウにやられるぞ。)
?まぁ、そうだね。
気になって仕方なくなっていると、奥の部屋からルビが戻ってきた。
「ねぇ、ルビ。何で火を使わないの?」
僕は単刀直入に聞いてみる。
「なぜ、火を使わないか、か。お前も知っておいたほうが良さそうだな。」
彼は少し考えてそう言った。
「ついてこい。場所を変える。」
彼はアンドルに仕事の感謝を伝えるとルビの部屋へと案内してくれた。
こんばんは、いつもご愛読ありがとうございます。
塩漬けってお肉も出来るんですね。もしかしたら人類が火を使わなかった時代には塩漬けが盛んに行われていたのかもと想像を膨らませるともし本当なら凄いよなって思いました。それでは次回もお楽しみに、バイバイ