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第84話 クライマックスへの初動


 神歴1012年5月13日――ミレーニア大陸中部、首都ガルメシア。


 午前5時38分――ガルメシア城、地下牢。


「ジャックー、起きてるー?」


 突如として響いた無遠慮な声が、穏やかだった眠りを一刀のもとに斬り捨てる。


 ジャックは、起き上がると同時に両目をひんむき、


「起きてるわけがなかろう! 今、何時だと思ってる!? 毎度毎度、いくらなんでも朝食が早すぎだ!!」


「……起きてるじゃない。まあいいわ。これ、ここに置いとくから。ちゃんと残さず食べなさいよ。て、毎回ムカつくくらいキレイに残さず平らげてるけど」


 そう言って、女――リベカが鉄格子越しに、持ってきた料理をジャックの前に差し出す。


 置かれたそれらに視線を落とすと、彼は細く長い息を落とした。


「なによ。献立が気に入らないの? 言っとくけどね、これナミ様が作ったのよ?」


「なに!? この料理は、ナミが作ったのか!?」


「今回だけじゃないわよ。基本、あたしたちの料理は全部ナミ様が作ってる。あたし料理作れないし、妹はまだ子供だし。消去法的に、ナミ様しか作る人いないってのが理由なんだけど」


「…………」


「まあ、この城に住んでるの、ナミ様含めても三人だけだし……ああ、今はあんたもいるから四人か。どのみちたいした量じゃないから手間にはならない、ってナミ様は言ってるけど、感謝はしなさいよ? 捕虜のあんたにも、あたしたちと同じメニュー出してるんだから。ちなみにナミ様の手料理を食べてるなんて、そんなこともしミレーニアの国民に知られたら、嫉妬で呪い殺されるレベルだからね」


「……ナミは、ミレーニアの民に慕われているのか?」


「当たり前じゃない。正直、慕われてるなんて言葉じゃ片づけられないほど、この大陸の住人はみんなナミ様を敬愛してる。老若男女、ナミ様を嫌いな人間なんて一人もいないわ」


「一人も? 貴様、テキトーなことを言うなよ? そんなことはありえない。ナギ様にだって、それなりの数のアンチはいる。全ての者に慕われることなど不可能だ」


「……まあ、一人もって言うのは確かに言い過ぎたけど……でもほとんどいないってのは事実。少なくても、あたしは出会ったことないわね。嘘じゃないってのは、この大陸を旅してまわれば、すぐに分かるわ」


「…………」


 ジャックは黙し、そうして目の前の料理を一口口に運んだ。


 旨い。


 相変わらず、とんでもなく旨い。


 高級食材を使っているわけではなさそうに見えるのに、信じられないくらいの美味だった。


 ジャックは、あっという間に食器を空にした。


「……いや早くない? あんた、いつもそんなに早く食べてたの? ちゃんと噛んで食べてる?」


「……当たり前だ。噛まずに飲み込むはずがなかろう。ただ……」


 言いかけ、だが中途で口をつぐむ。


 旨すぎて箸が止まらなかった、などとは口が裂けても言えない。


 敵陣営の、ましてやそのトップが作った料理に舌鼓を打つなど、あってはならない恥辱だ。


 ジャックは賛辞の言葉を飲み込み、代わりに、


「……ごちそうさま」


「はいはい。一応、ナミ様に伝えておくわ」


「つ、伝えんでいい! いらん気づかいだ! そんなことよりも……」


 まくし立てるように言って、その箇所で一拍ためる。


 そのまま、気持ちを切り替えるように一息吐くと、ジャックは声のトーンを若干と落として言った。


「私に人質の価値などないと分かったはずだ。いつまで拘束している。さっさと処刑したらどうだ?」


「あんた、人質の価値ないの?」


 驚いたように、リベカが両目を丸くする。


 白々しい真似を、とジャックは鼻を鳴らした。


「だからそれが分かったはずだろうと言っている。あれからだいぶ日も経つ。何かしらの交渉を、すでに神都にいるナギ様やギルバード様としたのではないのか?」


「知らない。してないんじゃない? ギルティスに使者を送ったとか、別にそんな話ナミ様してなかったし。そんな雰囲気もなかったけど?」


 リベカが、かんたんに言う。


 今度はジャックが、両目を見開く番だった。


「……馬鹿な。ならばなぜ、私を捕らえた? ナミはいったい、何を考えている?」


「さあねー。何かしら考えがあるんだろうけど、あたしは聞いてない。いずれ分かるんじゃない? ま、気長に待ってなさいよ。たまには話し相手に来てあげるからさ。あたしが暇なときに。あたしの暇つぶしに」


「…………っ」


 気軽に言って、気軽に去る。


 食べ終えた食器も消え、文字どおり、石畳の牢獄にはジャック一人が残された。

 

 彼は、思考の世界に旅立った。


 ナミはいったい、何を考えている?


 否、それ以前に()()()()()()()()()()()()()がある。


 ジャックは『初日』に感じた疑問を、再び脳内に浮かべた。


 ――自分はいったい、どうやってこの城に運ばれてきたのか?


 この『ガルメシア城』がある、首都ガルメシアはミレーニア大陸の中央に存在している。


 ミレーニアの最東部、港町ハーサイドからこの地までの距離はおよそ千キロ。


 その間、大きな山をふたつ超えねばならない。平坦の道だとしても、相当の日数がかかるはずなのに、自分は半日とかからずこの地まで運ばれた。


 否。


 半日間、気を失っていて――意識を取り戻したときは、すでにこの城のこの牢獄の中にいたのである。


 つまりは極端な話、()()()()()()()()()という可能性さえありうるのだ。


 馬鹿げた妄想だと分かってはいても、なぜだかジャックはその可能性を否定できずにいた。


 それだけ、この超速移動は摩訶不思議の塊なのである。


(……そもそも、私は()()()()()()? あの野グソ女では絶対にない。ではナミか? 否、それもおそらくは違う……)


 根拠はないが、なぜだかそう思える。


 でも、だとしたらいったい誰に……。


 複数の疑問が、同時に脳内にて入り乱れる。


 ジャックは、ひたいを押さえて天井を仰いだ。


 何もないはずのその場所から、不穏の雨が降り注ぐ……。

 


      ◇ ◆ ◇



 同日、午前6時3分――ガルメシア城、ナミの寝室。


「ナミ様、朝食運んできました。ジャック、ごちそうさまって言ってましたよ」


 聞こえてきた声に。


 ナミは読んでいた小説ほんを閉じ、顔を上げた。


 見慣れた栗色の髪が視界に入る。


 リベカ・アースタッド。


 ナミは座っていた椅子から腰を上げると、彼女のほうへと視線を向けて、


「そうか、ご苦労だったな。それにしても、ようやく『ごちそうさま』か。そもそも世辞でも『旨かった』の一言くらい添えるのが礼儀ではないのか? 腕によりをかけて作ってやってるというのに、作ってやりがいのない男だな」


「あれでも、感謝はしてると思いますよ。でもあいつ、素直じゃないから。絶対内心美味しいとも思ってます。いつも残さず食べていることが、その証拠ですよ」


「だといいがな」


 ため息混じりに応じ、それから視線をゆっくりと『もう一人』の部下へと移す。


 いまだベッドの中でスヤスヤと夢見る、オッドアイ(右目が白、左目が黒)の幼い少女へと。


「ナミさまぁ~、もう食べられないよぉ~、でもデザートは別腹ぁ~、うしし……」


「リリー、寝言の時間は終わりだ。起きろ。朝食が冷めてしまうぞ」


「んあ!? 朝ごはんーっ! 食べるーっ!!」


 がばっと。


 冗談のような機敏さで、オッドアイの少女――リリーがベッドから跳ね起きる。


 数秒前まで爆睡していた人間とは思えぬほど、すでに彼女の両目はバキバキに覚醒していた。


 それを見たリベカが、あきれたように言う。


「もはやギャグの領域なんだけど、あんたのそれ。てゆーか、あんたまたナミ様の部屋で寝たの? 迷惑だからやめなさい」


「別にかまわんよ。わたし一人で寝るには大きすぎるベッドだ。が、寝相の悪さだけは看過できんな。何度わたしの頭を蹴れば気がすむんだ? わたしの頭はボールではないぞ」


「えーっ、ボクッちまたナミ様の頭蹴ってた? 全然覚えてないや。三回くらい?」


「二十三回だ。三十回を超えたら、朝食をシイタケサンドにしていたところだ」

 

「わぁーっ、シイタケ嫌いーっ! もう蹴らないから許してーっ!!」


 本泣きしながら、そう言ってリリーが抱きついてくる。


 ナミは彼女の頭を軽く撫でると、やれやれと一息吐いた。


 と、そのタイミングでリベカの口が大事を告げる。


 彼女は思い出したように薄紅色の唇を上下にひらくと、


「そう言えば、ナミ様にお伝えし忘れていたことがありました。今、思い出しました。いやマジで」


「……なんだ?」


「ノエル経由の情報で、なんかサラが一か月後の6月10日にラドン村で一大イベントとやらを開くつもりらしいです。あたしたちやナミ様にも参加してほしいって」


 一大イベンド?


 どうせくだらない催しだろう。


 が、とはいえ、無下に断るのも可哀想ではある。


 ナミはこくりと頷き、言った。


「分かった。その日は何も予定がない。参加するとノエルに伝えろ」


「了解しました。朝食食べたらひとっ走り『ララクート』まで行ってきます。ついでに何かあいつらに伝えておくことありますか?」


「……ああ、そうだな」


 二秒間だけ逡巡し、だがその後ナミはキッパリと彼女に伝言した。


 伝えてもらうべき大事を、包み隠さずハッキリと。


「もし、()()()がいたら伝えてくれ。わたしは()()()()()()()()()()()()()()()()()。出ようとすることを隠さぬ杭を、わたしは絶対に見逃さない」


 この世界の神は、たった一人。


 まがい物が、その座につくことなど万にひとつもありえない。


 ナミは胸中で、最後の言葉を強く落とした。


 ――おまえは砂漠の中に生まれたひとつの砂粒。身の程を知れっ。



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