第82話 フェリシアのクソ野郎退治 ③
神歴1012年5月12日――ミレーニア大陸東部、フェリシアの町。
午前10時37分――裏通りのアクセサリー店、地下室。
「なんだこの水着ーっ!?」
セーナはそれを手に取るなり、おもくそ叫んだ。
奥の部屋に案内された彼女たちは、いがぐりヘアーの下っ端少年にそれぞれ水着を手渡された。
無言のままに。
少年はそのまま、何も言わずにそそくさと部屋を出ていった。自分に与えられた任務は完璧にこなしたと言わんばかりに。
その間、わずか数秒。
ハッと我に返ったセーナは、慌てて手渡された水着に目を落とした。
冒頭の叫びが、そこで生まれるのである。
「これ、子供用じゃん! 十歳くらいのコが着るヤツじゃん! 胸の部分に名前とか書いてあるし! ケイトって誰だよ!」
飾り気のまるでない、子供っぽい紺のワンピース。胸の部分には白い布が縫いつけられており、そこには『ケイト』という名前と思しき謎の三文字が記されていた。
セーナはその水着をぐしゃりとわしづかみにすると、すぐさま視線をほかの面子へと移した。
自分以外は全員、すでに着替え終わっている。
その様を見て、セーナは再び、おもくそ叫んだ。
「いやアタシだけじゃん、この水着っ! てゆーか、みんなそれぞれ違う水着じゃん! なんでアタシだけこのチョイスになった!?」
それぞれ違う。
アリスのは、シンプルなタイプの三角ビキニ。
リアのは――。
「リアさん、可愛いーっ」
「……可愛いじゃん。なんかムカつくけど、意外と似合ってる」
素直な感想を素直に発したアリスに続いて、セーナもぼそりと、素直じゃない言い方でわりと素直な感想をつぶやき落とす。
リアの水着は、可愛らしいタイプのフリルワンピース。色も淡いピンクで、文字どおり女の子らしさ全開の水着だった。
が、当のリアは(まあ予想どおりの反応だが)さして嬉しそうな表情も見せずに、
「……お世辞はいいよ。こういう可愛らしい水着は、アリスのが絶対似合う。あたし向きじゃない。フリフリした感じなの、あんま好きじゃないし。変なのじゃなかったのは、まあ良かったけど……」
「アタシのほう見て言うなっ!」
セーナはより強く、自身の水着をぐしゃりとやった。
と、それまで黙っていたルナが、ことさら改めて、リアの目を見て強く言う。
本当にそれは、意思のこもった力強い言葉だった。
「リアさん、可愛いですっ」
「めっちゃ特別感出して言ったわりには、月並みな感想だったな。てゆーか、あんたのそれは……」
セーナは、あまりの『光景』に中途で言葉を飲み込んだ。
ルナの水着は――。
「……あたしたちの心、全力で折りに来てるね。火力高すぎ」
「うぅー、ルナは水着禁止ーっ! 今日だけは特別に許すけど、これから先は着ちゃダメ―っ! 十八禁だーっ!」
「いやなんでですか。海行くことあったら普通に着ますよ。あと十八禁ってどういう意味ですか? なんか言い方的に悪い言葉ですよね、絶対っ」
十八禁という言葉の意味を知らなかったらしい。
が、どう見てもこれは『十八禁』である。
セーナは荒んだ心で、ルナの姿をマジマジと見つめた。
水着自体は、アリスのそれとよく似たシンプルなビキニタイプ。
否、アリスの水着以上に飾り気がなく、極力無駄を省いたシンプル極まるホワイトビキニである。
なのに、ルナが着ると、そのシンプルさゆえに、その他のいかなる水着よりも破壊力抜群な、完全無欠の十八禁と化してしまう。
セーナは、ため息をつくほかなかった。
ため息ついでに、そうして話を逸らす。
彼女はやれやれとリアのほうへと視線を向けると、
「……で、あんた平気なの? もしダメそうなら、無理しなくても……」
「平気。この水着だったら、そんな恥ずかしくないし。あいつらカボチャだと思ってやり過ごす。でも……」
言って、リアの視線が再びルナへと向く。
彼女はそのまま、珍しく唇の先をわずかに尖らせ、
「……あんたのあとに部屋を出るのは、なんかやだ」
「あー、それ分かるー。アタシもルナちゃんのあとに出てくのはやだわー」
「あたしもーっ。ルナのあとから出ていくのはやだーっ。惨めな気持ちになるーっ」
全員一致。
セーナは満足げに頷くと、有無を言わさぬ口調で、
「というわけで、ルナちゃんは一番最後ね。アタシが先陣切るから、次がリア、その次がアリスちゃん、しんがりルナちゃん。それでいい?」
「了解。それでいい」
「うん、それならあたしもいいよー」
「了解です。しんがり引き受けました」
話が、まとまる。
二分後、彼女たちは意を決して未知なる戦場へと一歩を踏み出した。
それは想像していた以上に、難儀極まる戦いだった。
◇ ◆ ◇
同日午前10時50分――裏通りのアクセサリー店、地下室。
ソファに座る三人の舎弟を見やって。
キースは破顔一笑、
「どうよ? 俺のおかげで、目の保養になったろ?」
「……否定はしませんけど。でも、ボクは冷や冷やしましたよ。もし、あれが原因でやっぱり帰る、なんて言い出されたら、とんでもない大魚を逃がしていたことになりますからね」
真っ先にそう答えたのは、坊主頭のラーサである。
まだ齢十五の少年らしく、甘っちょろいことをほざくとキースは鼻で笑った。
「んなことにはならねぇよ。なったらなったで、力づくで身柄を確保すればいいだけの話だろ? つまりはプランBだ」
「兄貴の言うとおりだよ、ラーサ。この部屋に入った時点で、あいつらは詰み。どう転んでも結果は変わらない」
黒ぶち眼鏡のフレームをくくっと上げて、アルフレッドが追随する。
キースは「そういうことだ」と締めると、再度、視線を正面に向けた。
正面。
十五メートルほど前方。
その場所に、Sランクの美少女四人が水着姿で並び立っている。
理性を抑えるのが一苦労なほど、それは飛びきり甘美な『景色』だった。
キースは、言った。
「いいねー、みんな初々しくて。特にあの赤毛。勝気な見た目と違って、照れっ照れじゃねーの。あの程度の露出で、情けねーな。ま、その情けなさがいいんだけどな」
「いやあの女、いくらなんでも照れすぎだろ……? 顔が自分の髪の色より真っ赤になってんじゃねーか。しかも下向いたまんま、微動だにしねえし。血がしたたり落ちるレベルで拳握っちまってるけど、大丈夫なんかあれ……?」
軽く心配だと言わんばかりに、リッジ。
彼は返す刀で、今度は青髪巨乳女に視線をくれて、
「それに比べて……兄貴一押しのあの巨乳女、めっちゃ堂々としてやがんな」
「めっちゃ堂々と、ただ突っ立ってるだけだけどな」
一応、モデルっぽい動きをしてくれと要望したのだが、あの二人にとっては難度が高すぎるリクエストだったらしい(青髪巨乳のほうは、そもそもモデルっぽい動きがなんなのかさえ理解してなさそうな雰囲気だったが)。モデルの動きどころか、二人とも動いてすらいなかった。
もっとも、残りの二人にしても――。
「オレンジ髪のチビ女も、ただ片手を腰に当てて歩いてるだけだけど、本人、あれでモデル歩きができてると思ってんのかねえ。ときおりどうだと言わんばかりにチラ見してくっけど」
「ああ、兄貴の言うとおりだ。あれ、微妙に腹立つよな。しかも中途半端に照れてるからドヤ顔も決まってねーし。相対的に、なんだかんだで、桃髪女が一番がんばってくれてっかも。完成度は低いけど、それっぽい動きもできてるし。俺、あのコが一番気に入ったよ」
「なんだよ、リッジ。テメエも意外とチョロい野郎だな。俺は第一印象どおり、青髪巨乳一択だぜ。いろいろとポンコツな香りが漂っちゃいるが、まあ見た目が良けりゃ中身なんざどうでもいい。しょせん、使い捨ての道具だからな」
「全面的に兄貴に同意だね。できればオレも、あの生意気そうな赤髪女を無理矢理にやり捨ててやりたいところだよ」
「アルフレッド、テメエは赤髪推しか? んじゃ、ラーサはオレンジ髪だな」
「なんでですか? ボクも赤髪のほうがいいですよ。オレンジ女もまあ、悪くはないですが」
「悪くねえなら選んでやれや。可哀想だろ。どのみち、実際に俺らがどうこうできるブツじゃねえんだからよ」
「確かに。それじゃあ、兄貴。そろそろ鑑賞会はおひらきにして、この飛びきり上等な『四点セット』をさっさと親父のところに運んじまうとしようぜ。こいつらを上納すれば、幹部になれるかまでは分からないが、相当なポイント稼ぎになるのは間違いない」
「ああ、そうだな。んじゃ、アルフレッド。さっそくお出かけの準備だ。ラーサ、おまえは店番しとけ」
「分かりました。兄貴たちも道中お気をつけて」
「おう。帰りになんかうめーもんでも買ってきてやっからよ、留守は頼んだぜ」
いつものように幼い舎弟に気軽にそう言い残し、キースは数分の後に店を出た。
これが今生の別れになるとは、だがこのとき彼はまだ知らない。
悪逆非道の報いが、ひっそりと彼らの背後に忍び寄る……。
◇ ◆ ◇
同日午前11時17分――裏通りのアクセサリー店、地下室。
一人残された室内で、ラーサはあくびをかみ殺した。
キースらが店を出てから、十分ほどが経過した。
そろそろいい頃合いだろう。
忘れ物をしたと戻ってくるタイミングでは、さすがにもうない。
彼はゆっくりとソファを立ち上がると、一階へと上がり、そのまま躊躇なく店を出た。
五月の日差しが、眩しいくらいに両目をつく。
彼は小さく一度、ため息をつくと、残念そうに一人ごちた。
「やっぱり、仕留めきれてなかったよ。ま、なんとなく予想はついてたけどね。それにしても、傑作だったなぁー。良い見世物だった。あのまま、この物語の結末を見届けたい気持ちもあったけど、まあしょうがないよね。ボクのほうも、こんなところであんまりのんびりとはしてられないし。ラドンでの一大イベントに向けて、今から準備を始めないと。時間はあっという間に過ぎていくからね」
光陰矢の如し。
彼女はそのことを肝に銘じて、歩く速度を意識的に速めた。
ここから先は、一秒たりとも無駄にはできない。
一世一代の大舞台が、すぐ目の前まで迫ってきている。
ラーサ――否、黒髪黒目に戻ったサラは、意気揚々と覚悟の言葉を吐き落とした。
「楽しみにしててよ、みんな。絶対ぜーったい、最高の舞台にしてみせるからさ」
ナミたちの、喜ぶ顔が目に浮かぶ。




