第81話 フェリシアのクソ野郎退治 ②
神歴1012年5月12日――ミレーニア大陸東部、フェリシアの町。
午前10時23分――商業区、裏通りのアクセサリー店『地下室』。
「うおっ」
キース・キリングは、思わず感嘆の声を上げた。
三人掛けのくたびれたソファから中途半端に腰を浮かし、その流れのまま隣に座るリッジを見やる。
キースは、舞い上がる心を必死に押さえつけながら、
「おい見ろ、リッジ。S級の美少女がパーティ組んで現れやがったぞ。どう見ても、全員二十歳以下だ。こいつら上納すりゃ、俺もいよいよ幹部の仲間入り――」
「舞い上がりすぎだぜ、兄貴。ンなかんたんに幹部になんざなれっこねえ。それに良く見ろよ。確かに二人はS級かもしれねえが、残り二人はせいぜいA級。まあ、それでも奇跡の御一行様ってのに間違いはねえけどな」
リッジが、冷静につぶやく。
キースは視線を二十メートルほど前方(入り口付近)――たった今、舎弟のアルフレッドと共に入室してきたばかりの、極上の美少女四人組に釘づけ、
「テメエの目は節穴か? 青髪巨乳女が100点、勝気そうな赤髪女が98点、オレンジ髪のチビが93点、桃髪のキョドった女が90点。90点以上はS級だろうが」
「いやいや兄貴、その採点は甘すぎだぜ。チビとパッとしねえ桃色女は、そこからマイナス10が妥当だろうよ。それに巨乳と赤髪の評価は逆じゃねえか? 俺は赤髪のほうが満点だと思うけどな。兄貴は主観が入りすぎだぜ。巨乳ってだけで毎回、評価点がプラス2されちまう。おっぱい魔人もたいがいにしてくれよ」
「ばっ――ンなことねえよ。俺は『商品』として客観的に評価してる。乳がデカいは七難隠すって格言を、テメエは知らねえのか?」
「知らねえよ。誰の言葉だよ。まさか兄貴の言葉じゃねーだろうな?」
「俺の言葉だよ。文句あっか? だいたい、テメエの評価は辛すぎなんだよ。この前の女だって――」
「なにコソコソ話してんの、あんたら?」
「――――っ!?」
キースは、ハッとして口をつぐんだ。
いつのまにやら、女の一人がこちらに近づいていた。
オレンジ髪のチビ女。
一瞬、今の会話を聞かれたか、と鼓動が高鳴ったが、だがすぐに彼の心はいつもの冷静さを取り戻した。
別に聞かれたところで何も問題はない。
そうなったらそうなったで、プランBに移行するだけだ。大事な商品に傷をつけてしまわないように力加減には細心の注意を払わなければならないが、プランBも嫌いではない。むしろ大好物である。
キースは、言った。
これ以上はないほどの、ゲスい笑みを浮かべながら。
「いや別に。たいしたことは。それより、モデルの件だよな? このまま、その話を進めちまっても問題ないかい?」
◇ ◆ ◇
同日、午前10時25分――商業区、裏通りのアクセサリー店『地下室』。
セーナは、心中で頭を抱えた。
分かりやすい。
あまりにも分かりやすすぎる。
こんなにも分かりやすい悪党の根城がほかにあろうか。
そこかしこに雑多に物が散らばり、清潔感は皆無。換気の難しい地下室だからしかたのない部分もあるが、室内は不快なタバコの臭いと埃の臭いで満ち満ちていた。
セーナは後方を振り向き、リアにアイコンタクトを送った。
――こいつら、一掃しちゃっていい?
そういう意味合いを込めての視線だったが、リアから返ってきたそれは明確に『NO』だった。
おそらく、根本を叩く腹積もりなのだろう。
この場にいる四人だけでなく、大もとの組織を。リアは、この犯罪を『組織的なもの』だと踏んでいるのだ。少数による、強姦殺人のたぐいではなく。
見ると、どうやらルナも似たような考えらしかった(アリスの意図は視線からは読み取れなかったが、まあたぶん何も考えてないという結論で問題はない)。
セーナは素直に、二人の考えに従うことにした。つまりは、当面は話の流れに身を任せるということである。
「そう、モデルの話。報酬、いくらくらいもらえんの?」
「報酬? そいつは……ああいや、その前にひとついいかい? 契約はこの場所ではなく、別の場所に移動しておこなうことになってんだが……」
「――――っ!」
来た。
ビンゴだ。
セーナはもう一度、視線をリアへと向けた。いつのまにか、彼女はセーナの真横にまで移動していた。
そのリアが、セーナにだけ聞こえるような極小の声で、
「たぶん、組織のアジトだね。このまま話を合わせてれば、勝手にその場所まで案内してくれそう」
「あいよ。んじゃ、大暴れはそのときまでお預けってことで」
セーナも、同様の小声でリアに応じる。
その流れのまま、彼女はさきほどの声の主(おそらくはこの男が、この場におけるリーダー格だろう。眼鏡店主よりも一回り身体の大きな、汚らしい長髪を茶色に染めたブラウン野郎である)に向かって、
「了解。条件はその場所に移動したあとに聞かせてくれればいいよ。さっそく移動する?」
「…………」
長髪男の両目が、意味ありげに若干と細まる。
あまりにトントン拍子に話が進んだことを訝ったのか。
セーナは胸中で小さく舌打ちした。馬鹿そうな見た目とは裏腹、思っていたよりも用心深いタイプなのかもしれない。
と、そんな男の口が再度ひらく。
放たれた言葉は、まるっきり想定外のそれだった。
「オーケー、じゃあ条件は移動先で話そう。でもその前に、軽い審査……と言っちゃ失礼なんだが、この場でこちらが用意した水着に着替えてもらってもいいかい?」
「…………は?」
セーナは、キョトンと目を丸くした。
下卑た笑みを浮かべる長髪男の横では、彼の舎弟らしき二人の男も彼女同様四つのまなこを丸くしている。
やがて、そのうちの一人が何か言いたげに口をひらくが、長髪男はそれをさえぎるように有無を言わさぬ確かな口調で、
「リッジ、奥から水着を四着持って来い。それぞれに合った水着を、ちゃんと選んで持って来いよ」
「…………」
リッジと呼ばれた若い男が、あきれたようにソファを立つ。
と、彼はもう一人の男(さらに年若い、坊主頭の小柄な少年である)を伴い、そそくさと奥の部屋へと姿を消した。
茫然自失の風が、セーナの心を我が物顔で吹き抜ける。
◇ ◆ ◇
同日午前10時30分――商業区、裏通りのアクセサリー店『地下室』。
部屋の隅にリアらを集めると、セーナは開口一番、
「冗談じゃないわ。あんな男どもの前で、水着姿になんてなれるかっ」
「でも、ならないと一網打尽作戦に支障が生じるかもしれませんよ」
一網打尽作戦。
どうやら、ルナの中ではすでに作戦名が固まっていたらしい。
が、どうあれセーナは承服できなかった。
「ルナちゃん、正気? 水着だよ? 見ず知らずの男たちの前で、あられもない水着姿にされるんだよ? エローアイを一身に浴びることになるんだよ? 平気なの?」
「いやだからエローアイってなんですか。それにあられもないって……。ただ水着を着るだけじゃないですか。そんな騒ぐほどのことですか?」
「騒ぐほどのことだわっ。えっ、ちょっと待って。おかしいのアタシのほう? アリスちゃんはどーなの? 平気なの?」
「うー、平気じゃないよー。恥ずかしいー、着たくないーっ」
「だよねっ。リアは?」
「……絶対無理」
「……うん、あんたは訊くまでもなかったわ」
訊くまでもなかった。すでにこれ以上ないほど顔面蒼白だった。
「でも、モデルの仕事って水着とか着たりするんじゃないんですか?」
「いや受けたらねっ。実際受けるつもりなんてないんだから、こんなこと想定してるわけないじゃないっ。てゆーか、モデルの斡旋なんて嘘に決まってんでしょ?」
そういう口実で集めておいて、実際は裏で人身売買や強姦などやましい行為をおこなっている。そうに決まっている。
そうに、決まって……。
(……え、そうだよね? まさかホントにモデルの斡旋してるとかじゃないよね?)
気持ちが、わずかに揺らぐ。
が、次に出たルナの言葉で、改めて「そんなはずはない」とセーナは再認識した。
「モデルの斡旋が嘘なのは理解してます。でも、水着の話を切り出したということは相手も疑ってるということでは。モデルに興味があるコなら、人前で水着を着ることなんて抵抗ないでしょうし。少しでも抵抗があるようなそぶりを見せたら疑われると思います」
「……それは、まあ。でもあんた、知らない男の前で水着なんて着たことあんの?」
「ないです」
即答だった。
彼女はあまつさえ、その口のまま、
「知らない人どころか、知ってる人の前でも着たことないです。てゆーか、水着着たことないです」
「初水着かよっ。初水着なのに、なんでそこまで堂々としてんだよっ」
「?? だって、海に行くときはみんな水着着るんじゃないんですか? 知らない人とかたくさんいる前で」
「……いやそりゃそうだけど。でも海で着るのと、こーゆう場所で着るのとでは全然意味合いが――」
「おーい、水着の用意ができたぜー! 時間が惜しい!! 奥の部屋を貸してやるから、とっとと着替えちまってくれ!!」
声が、鳴る。
全てを断ち切る、不快でムカつく催促の声が。
覚悟もなにも固まらないまま、そうして即興の水着審査が始まる……。




