表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/112

第76話 フェリシアの町


 神歴1012年、5月5日――ミレーニア大陸東部、フェリシアの町。


 午後1時37分――フェリシアの町、商業区画大通り。


「なんじゃこりゃあーーー!?」


「いえセーナさん、それはただのダイコンです」


「ダイコンだね」


「ダイコンだよ」


「ダイコンだな」


「ダイコンで間違いない!」


「ダイコンーっ」


 ルナから始まり、最終的にはトッドにまでダイコンだと断言され――セーナは、ムキになって反論した。


「いやダイコンはダイコンだけど、なんか卑猥な形のダイコンじゃない? 女の人の下半身みたいな! ヤバくない!? めっちゃ珍しくない!? 買っとく!?」


「……二分後には後悔してると思うけど? セーナ姉、いいかげん珍しいモノ見るとすぐ買っちゃう癖、直したほうがいいよ。邪悪な魔人ハニワくんシリーズとか、何が気に入って買ったの?」


「全てだよ! 何もかも気に入って買ったんだよ! 邪悪なのに兄弟みんなつぶらな瞳の、ハニワくんシリーズ舐めんなっ! ルナちゃんも、アリスちゃんも――たぶんあんた以外はみんな持ってるわ! 持ってるよね!?」


「いえ持ってないです。初めて聞きました。なんですか、その気持ち悪そうな人形」


「あたしも持ってないーっ、あのコたち全然可愛くないーっ」


「レプは持ってる! 去年、兄者に買ってもらった! レプは三男坊のハニオくんが 良い味出してると思う! あのふてぶてしさは将来性豊かと巷では有名……」


「でしょ! アタシは長男のハニタロウ推しだけど――ジャリンコ、でもあんた良く分かってるじゃない。それに比べて……リアも、ルナちゃんも、アリスちゃんも、ちょっと女子力足りてないんじゃない?」


「逆だーっ! そんなの持ってたら、逆に女子力下がるーっ! キモいーっ!」


「いやキモくないわ! 全然まったくキモくないわ! ハニワ九兄弟に謝れっ!」


「九人もいるんですね……」


「しかも全員、キモいからね。たぶん、セーナ姉しか愛でてない」


「レプも愛でてる!」


「……ハァ」


 ブレナは、嘆息した。


 ハーサイドを発ってから、今日で三日。


 この商都フェリシアにたどり着くまでの短い旅路で、彼は『ジャック』という存在がいかに貴重だったのかを思い知った。

 

 否、ジャック個人がどうこうという問題ではない。男が一人(トッドは男とくくるには幼すぎる)いるのといないのとではこうも違うものかという話である。


 今までも、男は自分一人だけだったが、さすがに女が四人(レプも数に入れたら五人か)も揃うと、男が一人だけだと何かとキツイ。うらやましいと思う人間もいるかもしれないが、おそらくはそう感じている人間も同じシチュエーションに一度でも身を置けば、この気持ちがたちどころに理解できるだろう――まあ四六時中、そういったすわりの悪さを感じているわけではないのだが(あくまでときより。ふとした瞬間思い出したようにそういった心境に陥るのである)。


 とまれ。


「……おい、宿探すって目的忘れてるわけじゃないだろうな? 寝床の確保がまずは最優先。そのあとは……」


「情報集め、でしょ? 分かってる。運が良ければ、この界隈に十二眷属がいるかもしれないし。手を組んだ手前、あんたの方針には従うよ。あたしたちの目的も、ほとんどあんたたちと同じだからね」


 つまりは、()()()()()()()


 リアの言葉を受けて、ブレナは満足げに頷いた――と、だがすぐさま心中で疑念の思いを口ずさむ。


(……その()()()()ってのが引っ掛かんだけどな。十二眷属討伐それ以外の任務が、俺らの邪魔になるようなモノじゃないことを祈るぜ)


 まあ、わざわざ共闘を持ちかけてきたくらいだ――少なくとも、しばらくのあいだは味方でいると考えていいだろう。ジャックを救出するか、あるいは(彼女たちにとって)それに類するような状況の変化がないかぎりは。


(……ま、それまでは遠慮なく『戦力』としてキッチリ利用させてもらうぜ。単純な戦闘力だけなら、特A級クラスの助っ人だ。旅のリスクが大幅に下がる)


 自分だけではなく、ルナやアリス、レプの危険も大幅減となる。デメリットをはるかにしのぐメリットだ。今は細かな疑念は心の奥底に封印しておくとしよう。


 ブレナは気持ちを切り替え、


「ルナ、宿に着いたらマッサージしてもらえるか? 若干、肩がこってる」


「はい、喜んで」


「あーっ、あたしもー。ルナー、足と腰揉んで―」


「あっ、ルナちゃん。アタシもアタシも。足裏マッサージお願い。ルナちゃんのあれ、めっちゃフニャれる」


「フニャれるってなに……? セーナ姉、ちょっとは遠慮しなよ。なに、どさくさにまぎれて他人ひとの家の弁当つつこうとしてんの。恥ずかしいんだけど」


「んなこたぁない。アタシとルナちゃんの親密度はもう、ただの友達レベルを大きく超えてる。ルナちゃんにとって、アリスちゃんが十の親友だとしたら、アタシはもうすでに八くらいの位置には――」


「いえ、五もないです。ただの友達レベルです。八の位置にいるのはリアさんです」


「なんでよ!? アスカラームの町を案内してあげたし、一緒にキノコ狩りにも行った仲じゃない!?」


「聞けば聞くほどたいした仲じゃないんだけど。ワンセンテンスで終わってるし。一回遊んだらもう親友みたいな考え方、セーナ姉の中でしか――」


 突然。


 そう、それはあまりに唐突な反応だった。


 それまでそっけない様子でたんたんと発していたリアの表情が、瞬間、突如として鬼の形相へと切り替わる。


 切り替わった刹那、彼女の身体は弾かれたように視界の外へと消え失せた。


「……え、なに? ちょっとリア、あんたなに突然走り……」


「おまえたちはここにいろ! リアのあとは俺が追う! レプ、ついてこい!」


「合点招致!」


 セーナも、ルナも、アリスも、全員の目が点になっていた。


 おそらくは『それ』に気づいたのは、自分とリアだけだったのだろう。


 否、その自分も明確に『見た』わけではない。


 リアの表情の変化にいち早く気づき、とっさにその方向に視線をくれたが、そのときにはすでに『その存在』は雑踏の中へと消えていた。


 ゆえに見えたのは『横顔』が一瞬と、あとは後ろ姿だけ。


 だから、その人物が『彼女』であると断言することはできない。よく似た別人かもしれない。別人かもしれないが……。


(……いや、()()()()()()()()()()()だろ? あの女がここにいるはずはない。()()されたはずだ。ギルバードは滞りなく、刑は実行されたと俺に言った。その件に関して、奴が嘘をつく道理はない)


 道理はない。


 道理はないはずだが……。


 ブレナは、一心不乱に駆けた。


 彼がリアに追いついたのは、数百メートル先の入り組んだ細い路地。


 ブレナ・ブレイクはこの日、その場所で、ありえない光景の目撃者となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ