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第51話 分からせる戦い


 神歴1012年3月8日――ヴェサーニア大陸南東、キュラゲの森。


 午前4時07分。


 長かった。


 ブレナは安堵と虚脱が入り混じった、混沌の息を吐いた。


 この森を訪れてから、ちょうど十時間。


 まさかここまで時間が掛かろうとは――。




 始まりは、十時間前にさかのぼる。


 ナギとの話し合いを終え、ブレナが宿に戻ろうとラーム神殿を出ると、そこにはギルバードの姿が。


 腕を組みながら、いつもと変わらぬ生真面目な表情を浮かべていた彼は、ブレナの姿を確認するなり、


「さっそくだが、十二眷属を一人退治してもらおうか」


「……は?」


 ブレナは当然、目を丸くした。


 が、その意味を彼が訊き返すよりも早く、ギルバードはたんたんと、まるでそれが周知の事実であるかの如く、


「ここから北西三十キロの位置に、キュラゲという森がある。その森にバルクという十二眷属が一人潜んでいる。そいつを退治してもらいたい。森までは私が運ぶ」


「いや待て待て待て。いくらなんでも言葉が足りなすぎるぞ? それで納得すると思ってんのか?」


「納得しないのか? なぜだ? 私は嘘をついてはいないぞ? 今の説明に不足があったとも思えん」


 心の底から理解ができない、といった表情でギルバードが問い返す。


 ブレナは、あきれたまなこで答えた。


「納得できないことは多々あるが――まず、そんな近くにいたならなぜ今まで放置してた?」


()()()()()()()()()()()()()()()だ。生き物は移動する、ということを貴様は知らんのか? 奴は各地を転々としている。二日と同じ場所にいたことはない。聖堂騎士団を派遣しても、彼らがそこに到着した頃にはもう別の場所に移動しているのだ。神出鬼没。厄介な奴だが――だが、今回は『次元の(ディメンション)旅路(トリップ)』の範囲内に入った。これ以上はない好機だ」


「…………」


 そういうことか。


 確かにそれは好機だ。が、ブレナにはまだ納得できない部分があった。


 改めて、それを訊く。


「……で、そのバルクってのは森のどこら辺にいるんだ?」


「それは分からない。私のサーチで分かるのは、おおよその場所だ。森のどの辺りにいるかまでは分からない」


「……分からない、ねえ。ちなみに、おまえは一緒には来ないんだよな?」


「当然だ。ラーム神殿を空けるわけにはいかない。それに次元の(ディメンション)旅路(トリップ)は一人用で、私のエネル総量でも一日二度の使用が限界。私とおまえの二人で出向けば、片道切符になってしまう」


「……それだと、どのみち俺は帰りは歩きじゃねーか」


 徒歩確だ。


 ブレナは鉛の息を落とした。


 そのまま、細めた両目でさらに訊く。


「……まあ、それはいいとしてもだ。おまえ、あの森がどんだけ広いか、ちゃんと理解して言ってんか?」


「それほどの広さでもなかろう? 半日も歩けば、西から東に抜けられる」


「広いじゃねーか!? この世界は一次元じゃねーんだぞ!? 道はあらゆる方向に伸びてんだ! その広さの森の中を、俺一人で探して回れってのか!?」


「いや、探して回る必要はそれほどないだろう。デカい声で歌でも歌いながら歩いていれば、すぐに向こうのほうから見つけてくれるさ」


 見つけてくれる。


 ギルバードは気軽に言って、キュラゲの森へとブレナを運んだ。


 それが、三月七日の午後六時七分の出来事である。




 で、今は三月八日の午前四時七分。


 確かに見つけてはくれた。


 十時間近く(定期的にロックな歌をシャウトしながら)彷徨い歩いた末、ようやくと――。


「恐ろしくご機嫌だね。お兄さん、道にでも迷ったのかい?」


「…………」


「おっと、そんな怖い目で睨まないでくれ。ボクは決して怪しい者じゃないんだ」


 怪しい者じゃない。


 男がそう言って、軽く両肩をすくめてみせる。


 何の変哲もない、どこにでもいそうな普通の青年だった。


 黒髪、黒目という特徴を除いては。


 否――。


 ブレナは、笑った。


 笑うしか、なかった。


「おや、何か可笑しいかい? ひょっとして、この『黒髪黒目』を怪しんでいるのかな? だったら、安心してくれ。これは染めたんだよ。ボクは黒という色が大好きでね。十二眷属だからじゃあ断じてない。人間――ボクは至って真面目な、普通の青年さ」


「いや、おまえは()()()()()()よ。普通じゃない。なかなかのレベルの異常者だ。気づいてなさそうだから一応教えといてやるけど――おまえが左手に持ってんの、それ()()()()だから」


「ん……?」


 男が、文字どおり「ん?」とした表情で自らの左手を見やる。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、その残虐極まる左手を――。


「ハハ、これは一本取られたね。ああ、まさに一本取られたってヤツだ」


 空いた右手で自身のひたいをポンと叩いて、男が笑う。


 反面、ブレナは表情から一切の笑みをかき消して、


「十二眷属、バルクだな」


「うん、そのとおり。ボクは十二眷属の、バルク・バル。いやあ、けれどもこれはうっかりだ。お兄さんに言われるまで、まったくもって気づかなかったよ。二日も前から握ったままだったなんて、ボクにしては珍しいケアレスミスだ。興奮してたのかな?」


 とぼけた口調で言って、また笑う。


 男――バルク・バルは、そうして腰もとの『ダブル』を抜いた。


「いやね、この子の首をこの短剣式(ダガータイプ)のダブルで――ああ、これはボク専用のAランクダブル『フロベール』なんだけど、コイツでね、この子の首を掻き切ってから、どうにも興奮がやまなくて――」


「おまえ専用のダブルなんて、この世界には存在しねえよ」


「…………え?」


 一瞬。


 それは本当に、一度のまばたきのあいだに始まり終わった。


 ピュッ、という風を切る音を鳴らし、ブレナの身体が一瞬間でバルクの真横を突き抜ける。


 真っ二つに切断された、自身の上半身がドサリと土の地面に落ちるまで――バルクはおそらく、何が起こったのか理解できなかったのだろう。彼の最後の表情は、滑稽なまでに間が抜けていた。


 ブレナは、言った。


「おまえは知らなかっただろうから、冥途の土産に教えてといてやるよ。おまえらはもう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一年前からな」


 食物連鎖の頂点に立つのは、彼らではない。


 それを分からせる戦いが、これから本格的に始まる。


 ブレナは『グロリアス』を地面に突き立て、決意の息を吐いた。




 胸もとのペンダントは、いまだ輝く『青』には至らない。



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