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第48話 アリスとリア


 神歴1012年3月7日――ギルティス大陸南東、神都アスカラーム。


 午後5時35分――第三の塔(サード・タワー)十階、リアの部屋。


「うわぁー、高い―っ! 眺めすごいーっ! ヒトが豆つぶみたいーっ!」


 窓の外を見やって、アリスが感嘆の声を上げる。


 それを横目に、リアは机の前に座ると、深く長い息を吐いた。


 一週間ぶりの帰還。


 当たり前だが、部屋の中は以前と変わっていない。畳に換算して十畳程の広さの寝室と、同程度の居間。加えて風呂、トイレ付きの間取りは全室共通だ。ナギ直属の騎士団――聖堂騎士はみな、身分に関わらず(総長のギルバードと副長のエルフレアだけは別だが)その間取りの部屋を割り当てられる。第一の塔から第七の塔まで、総勢千を超える騎士たちがこの七つの尖塔に居を構えているのである。


 三番隊の隊長であるリアも、そういった意味では同じ扱いだった。最上階の十階に部屋があるということ以外、ほかの隊士と変わらない。ベッドも、机も、その他の調度品も、みな同じ物である。自分の部屋は自分で掃除しなければならない、というルールも同じだった。


 リアは、子供のように両目に星を宿して窓の外を見やっているアリスに向かって、


「楽しげに外眺めてるとこ悪いんだけど、そろそろ掃除始めてくんない? 報酬は約束どおり払うから」


「りょーかーい。掃除始めるーっ。でも、そんなに散らかってないよ? 寝る前のあたしの部屋のベッドより全然キレイ」


「……あんた、どんなゴミ溜めで寝てたの?」


「ぐなあーっ、ゴミ溜めじゃないー! ママが毎日掃除してくれてたから、朝にはいつもキレイになってたもん!」


「……自分でしなよ。てゆーか、人選間違えたかな……?」


 観光を明日にズラしてもらってでもルナに頼めばよかったと、今さらながら後悔する。が、もうあとの祭りである。


 リアは、腹をくくった。


「じゃあ、頼んだよ。あたしはここで仕事してるから、分かんないことがあったら聞いて」


「はーい!」


 返事だけは元気がいい。まあ、掃除といっても一週間空けただけだし、とりあえずはなんとかなるだろう。


 リアは目の前にある、たまりにたまった書類の束に目を移した。


 と。


「あ、鬼の子クータン人形だー。あたしもこれ持ってるー。リアさんも、クータン好きなのー?」


「別にそんな好きじゃないけど。お母さんに初めてもらった誕生日プレゼントだから、なんとなく捨てられないだけ。もらったときは子供だったから、すごい嬉しかったけど」


 懐かしい記憶が、ほんの一瞬だけ脳裏を駆ける。リアはだが、即座にその思い出をかき消した。ノスタルジックに浸っているゆとりなどない。今日中にこれを片す必要がある。


 と。


「あーっ、この洋服かわいいーっ、フリフリしてるーっ、お姫様みたいーっ」


「あーそれこの前エルフレアさんにもらったの。でもあたし、ヒラヒラした服あんま好きじゃないんだよね。動きにくいし。それに、何かあるたびにエルフレアさんの着せ替え人形にされるのもなんか恥ずかしい」


 聖堂騎士団の副長である、エルフレア・ストックホルムは自作の服を他人に着せたがる(主に女子)というよく分からない趣味を持っている。


 何が楽しいのかまったく理解できないが――断ると、ものすごく寂しそうな顔をするため、なんとなく断りづらい。その甘さが、彼女の暴走に一役買っているのかもしれないが。


 いずれ、リアは再び書類の束に視線を落とした。


 と。


「あーッ、これ伝説の――」


「てか、全然仕事進まないんだけど!? あんた、どんだけおしゃべりなの!?」


 リアは、ひたいを押さえた。


 完全に失敗した。


 二分の一の人選に、これ以上ないほど完璧に失敗した。


 口から鉛の息が自然と落ちる。


 見ると、アリスもしょんぼりとうな垂れていた。


 さすがに反省したのだろう――「……ごめんなさい、もう口閉じる……」そう言ったきり、彼女は言葉どおりに言葉を捨てた。無言のまま、与えられた任務(部屋の掃除)へと戻る。


 そうして、二時間が過ぎた――。


「うなあーっ、終わったーっ、疲れたーっ、でもキレイになったーっ!」


「…………」


 綺麗になった。


 アリスの言葉どおり、リアの部屋は見違えるように綺麗になった。本当に、文句のつけようがないほどピカピカになった。リアは感心せざるを得なかった。


「リアさん、どお? キレイになったでしょ? ピカピカになったよね?」


「うん、驚いた。あんた、要領悪いけど、ちゃんとがんばれるコだったんだね」


 器用な人間だったら、三十分もかからず終わった作業だろう。アリスはその四倍以上の時間を要したが、仕上がりもそれに見合うだけの素晴らしさだった。


 根気よく、コツコツと一生懸命できるタイプ。彼女に頼んで良かったと、リアは心の底からそう思った。


「ありがと。お疲れさま。お菓子と紅茶持ってくるから、ちょっと待ってて」


「なあーっ、リアさんに褒められた―っ、うれしいーっ、ルナに自慢するーっ!」


 その場にバタンと倒れこみ、アリスが嬉しそうに身体を伸ばす。


 リアは、思い出したように彼女に言った。


「あっ、そうだ。あんたにさっきの服あげるよ。報酬の三万ゴーロとは別に。がんばってくれたお礼」


「えーーーッ、ホントに!? ホントにホント!? ホントにくれるの!?」


「あげる。さっきも言ったけど、あたしが持ってるとエルフレアさんのおもちゃにされるし」


「わぁーーー、リアさんありがとーっ! ありがとのありがとのありがとーっ!」


 寝転がったアリスが、右に左にゴロゴロと回転しながら喜びをあらわにする。


 これ以上ないほど、無邪気な反応だった。


 リアは、唇の端をわずかに緩めて笑った。


 姉の気分が、初めて分かった瞬間だった。


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