表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/112

第41話 来てほしいタイミングで、必ず駆けつける男


 神歴1012年3月6日――ギルティス大陸南東、滅びゆく村。


 午後1時41分――宿屋一階、玄関近くの共有スペース。


 ()()()()


 ルナも、アリスも、リアも、おそらくはガゼルでさえそう思っていただろう。


 この状態からの『逆転』は不可能。


 仮に秘策や切り札を隠し持っていたとしても(ないだろうが)、もはやどうにもならない状況であると。


 それは、この場にいる全員の共通認識であった。


 ()()()()()()()()()()()――。


「リアおねーちゃん、ちっこーっ!」


「――――っ!?」


 一瞬。


 それは本当に、一瞬だったに違いない。


 意識をその声に持っていかれたのは、おそらくは一秒にも満たない刹那。


 だが、ガゼルは()()()()()()()()()を見逃さなかった。 


 ピュル!


「――――っ!?」


 突然と。


 どこにそんな力が残っていたのか――ガゼルは自らの身体を急回転させ、リアの手を振りほどくと、そのまま、マッハの速度でトッド目がけて突進した。


 慌てたリアが、即座にそのあとを追う。


 その間、ゼロコンマ数秒。


 それは、悪夢の一連だった。


 ルナは何もできぬまま――ただの一音すら発することができないまま、その一部始終を見届けるほかなかった。


 完璧だった歯車が、冷酷無比に狂い始める。



      ◇ ◆ ◇



 同日、1時41分――宿屋一階、玄関近くの共有スペース。


「……ケガ、ない……? どこも……いたく、ない?」  


 訊く声は、自分でも驚くほどに弱々しかった。


 折れているのは、利き腕(彼女の利き腕は左である)だけじゃない。その付近の骨が根こそぎ砕かれている。ほとんどノーガードで喰らったのだから、当然と言えば当然だ。


 リアは痛む身体にムチ打ち立ち上がると、茫然と固まるトッドの頭に優しく手を置き、


「……どこも痛くないなら、あんたは二階に戻ってな。おしっこも、一人でちゃんとできるよね?」


「……う、ん……でき……る……」


 どこまで状況を把握しているのか、それは分からないが――トッドが、色のない瞳で頷く。彼はそのまま、夢でも見ているような表情でトボトボと部屋の外へと姿を消した。


 リアは短く息を吐くと、両目に鬼を宿してガゼルを睨んだ。


 獣人モードに切り替わった、巨漢の十二眷属を――。


「そそるねぇ。その可愛い顔で、射抜くような視線。ギャップがたまらんと、ゼレンならそう言うだろうぜ。オイラには、そんな(へき)はないがね」


 勝利を確信したような顔で、ガゼルがかっかと笑う。


 彼はそのまま、


「卑怯、とはまさか言わんよな? オイラはただ、新たな獲物を見つけてそこに向かっただけ。無防備さらして勝手に追ってきたのはおまえだ。あんな隙だらけの状態で追ってくれば、そりゃオイラじゃなくったって直前でターゲットをおまえに変えるさ。()()()()()()()()()()()()()わけじゃ断じてないぜ。そんなことは予想もできんからね。ああ、偶然の賜物さ」


「……御託はいい。さっさとかかってきなよ。あんたなんて、腕一本あればじゅうぶん」


「その腕一本が、今までどおりの感覚で動かせるかどうか。これからじっくり検証していくとしようか」


「…………」


 リアは、右の拳をグッと握った。


 ()()()()()()


 どういう結果になるかは、よくよく理解している。


 それでも、やらなければならない。


 今、自分にできる精一杯を、やらなければならない。


 もう一度、強く右拳を握ると、リアは胸中で悲壮な決意を吐き落とした。


 せめて二分は、時間を稼ぐ――。



      ◇ ◆ ◇



 同日、午後1時43分――宿屋一階、玄関近くの共有スペース。


 アリスは、金縛りにあったかのようにその場を一歩も動けなかった。


 動けないまま、そうしてその『残虐極まる行為』を見つめ続けることしかできなかった。


 一方的な(なぶ)り。


 数分前の光景とはまるで真逆のそれが、目の前で繰り広げられている。


 ごぎゃっ。


 ぐしゃっ。


 ばきっ。


 巨漢の獣人が拳を振るうたび、嫌な音がアリスの耳に届いて触れる。


 血まみれのリアは、でもそれでも床にひざをつかない。


 アリスには、それが信じられなかった。


(……リア、さん……なんで? なんで倒れないの? なんで立ってられるの?)


 あんな状態なのに。


 あんなボロボロの状態なのに。


 なんで?


 アリスは、両目をきつく瞑った。


 それから、ゆっくりとそれをひらく。


 彼女は、胸の前で『覚悟』の拳を握った。


(……今、あたしにできること……無理でも、やらなきゃ! あたしはブレナ自警団のヒーラー、アリス・ルージュなんだから!)


 胸中で叫んで、アリスは背後を振り向いた。


 そのまま、投げ捨てられたダブルを――アセンブラを拾いに、玄関へと向かう。


 だが。


「――――っ!?」


 予期したとおり、最初の一歩で気づかれ、二歩目で追いつかれる。


 ガゼルはかっかと笑って、


「いやいや、嬢ちゃん。そいつは無茶だ。隙がないのに動いちゃいかんよ。オイラが嬢ちゃんの動きに注意を払っていないとでも?」


「そんなこと、思ってないよー! 思ってなくても動いたんだーっ! いちかばちか動いたんだーっ!」


「で、順調に『ばち』が出たわけか。そいつはとんだ――――がはッ!?」


 衝撃。


 言葉の途中で、ガゼルの身体が左方向へとわずかによろめく。 


 アリス渾身の右上段回し蹴りが、彼の顔面にクリーンヒットしたのである。


 アリスは握った拳を高らかに上げて、そのまま、目の前の獣人に「馬鹿にするな」と言わんばかりに言い放った。


「なめるなーっ! あたしだって、ちょっとは格闘できるんだからーっ!」


 回復だけが、ヒーラーの仕事じゃない。


 

      ◇ ◆ ◇



 と、息巻いてはみたものの――。


 現実は、甘くない。


 アリスは己の情けなさを痛烈に思い知らされていた。


「……ぁ、ぐ……ぅぅぅ……!」


 息が、できない。


 ガゼルの極太の腕にあっさりと首をつかまれ、高い高いされるように、みじめに中空へと締め上げられる。


 会心の一蹴りから、わずか七秒。でも、アリスに後悔はなかった。


 七秒、時間を稼げたのだ。


 彼我の力量差を考えれば、この七秒という時間は上出来も上出来だった。


 あとは――。


「ほーれ、高い高い他界」


(ぅぅ……なんか、最後の『たかい』だけ……響きが……嫌な感じするーっ)


 感じ悪い。


 アリスは最後の力を振り絞って、ガゼルのどてっぱらに一蹴り見舞った。


 文字どおり、イタチの最後っ屁。


 これで、もう自分にできることは何もない。


 全ての力を使い果たした。


 が、それでもアリスに恐怖はなかった。


 この絶体絶命の状況下においても、不思議と恐怖はない。


 やれることはやったんだという満足感と、それとは別の()()()()()。このふたつの思いが、アリスの心から恐怖の二文字を奪い取っていた。


 恐怖の、二文字を――。


(……あたし、やれるだけのことは……やったよ。七秒も……時間、稼いだ。ルナも、リアさんも……まだ……今なら、まだ……大丈夫、だから……。だから……)


 だから――。


 だから、いつもみたいに――。


「――――っ!!」


 アリスは、確信のまなこを見開いた。


 刹那、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 と、ほぼ同時に、アリスの身体は木製の床にドサリと落ちた。


「…………あ?」


 何が起こったのか、瞬時には理解できなかったのだろう――惚けたような表情で、ガゼルが()()()()()()()()()()()()


 ひじの部分から先がすっかり消えてなくなった、自身の自慢の剛腕を。

 

「探し物は、これか? 返してほしいなら返すぜ。もっとも、くっつけてやることまではできないがな」


「――――っ!?」


 右斜め前方、七メートル。


 響いたのは、()()()()()()()()()()


 アリスは、弾かれたようにその箇所を見やった。


 切り取ったガゼルの腕(戦利品)をこれみよがしにクルクルと回しながら――ブレナ・ブレイクが、安心をくれるいつものまなこで立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ