第107話 キングオブキングス
神歴1012年6月10日――ミレーニア大陸中部、ラドン村。
午前10時10分――宿屋前の広場、宿から少し奥まった地点。
「氷の豪雨」
「揺らぐ九火!」
「傲慢な火炎!」
上位下級魔法三連発が、時間差なしで炸裂する。
が。
「グ、ガァアアアアアアアアーーーッ!!」
(……くそッ、ひるむどころかさらに攻撃が苛烈になりやがった!)
硬い。
単純に硬い。
防御力が尋常ではない。
否、それ以前に――。
「ナギっ、姿まで変わるなんて聞いてねえぞ!!」
化け物。
文字どおりの化け物。
数分前までトッドだった存在は、今や完全に見た目も化け物のそれへと変貌していた。
「すみません。父上が手短にと仰ったので、省きました。見た目がどうあれ、戦うということに変わりはないと思ったので」
ナギが、しれっと答える。
ブレナは「ぐぬぬ……」と下唇を噛んだ。
(……まったく、このガキは。まあおそらくは、これが転生と共に与えられたトッドの特性なんだろうが、いくらなんでもおぞましすぎるぜ!)
元のトッドの愛らしさが根こそぎ消え失せている。
まさに『魔王』と呼ぶにふさわしい、強大凶悪な姿だった。
「失せろッ、バケモノ!!」
「――――っ!?」
わずかな隙を見つけて、ナミがトッドの懐に入り込む。
ブレナはとっさに叫んだ。
「よせっ、ナミ! 無茶だ! 強引すぎる!!」
「ガァァァァァァァァァァ!!」
カッ。
「――――ッ!」
咆哮と共に。
トッドの周囲に突として爆風が生じる。
ナミの身体は見る間に、その爆風に弾かれ、矢の勢いで硬い岩場のほうへと吹き飛んだ。
岩にぶち当たる直前、だがナギがナミの身体をストンと受け止める。
上手く勢いを殺した、完璧なキャッチングだった。
「馬鹿が。イケるイケないの判断もまともにできないのか?」
「…………ッ」
辛辣なナギの言葉に、ナミの顔が真っ赤に染まる。
が、彼女は何も言い返さなかった。
代わりに。
立ち上がると同時、
「……一応、礼は言っておく。……ありがとう」
ボソリとそう落として、すぐにまた戦線へと戻る。
ブレナは、やれやれと鼻息を落とした。
(ま、なんとかそれなりに二人とも上手くやってくれてるようだが……。問題は、こいつの攻略法だ)
トッドは、ダブルを介さずに『魔法』のような力を発揮できる。
ような、と言ったのは、正確には魔法ではないだろうと思われるからだ。
おそらく、トッドが使っているのは彼独自の能力。魔法に似ているが、魔法とは違う。根本的な原理が異なる。転生と共に与えられた、つまりは彼固有の力である。
(爆炎、爆破、爆風。衝撃系の効力が多いが、一発一発がどれも並の上級魔法レベルは優にある。数発まともに喰らったら、それだけでアウトだ)
それに加えて、この『硬さ』。
下級魔法ではよほど不意をつかないかぎり、いくら当てても埒が明かない。
だが、かといって上級魔法を唱える隙などとてもなかった。
(足止め役が、二人ではとても足りない。それに仮に上級魔法を唱えられたとしても、グロリアスやビアンコクラスの上級魔法で仕留めきれるかどうか)
地道に削るしか、今できることはないのか?
だが、それだと確実に最低一人は犠牲になる。
自分たち三人の総戦闘力が、ナギを含めた聖堂騎士団千余人と同程度だと換算してもだ。
(……くそっ、まだかチロ? あれさえ、あれさえあれば、削る速度も上げられるのに……!)
大幅に。
だが、ないならないなりの戦い方をしなくてはならない。
攻撃の手を緩めれば、致命の一撃がすぐさま飛んでくる。
ゼロコンマ数秒と言えど、無駄にできる瞬間はなかった。
ブレナは、覚悟を決めて陽動の一歩を踏み出した。
派手な動作で魔法を放ち、トッドの注意をこちらに向ける。
その一瞬の隙をつき、ナギとナミが上位下級魔法を彼の背中にぶち当てたが、トッドの意識がブレナから離れることはなかった。
ダメージを受けながらも、委細構わずにこちらに向かって突進してくる。
ブレナは即座に後方へと下がったが、トッドの勢いはその下がる速度をはるかに上回った。
「――――ッ!」
追いつかれる。
ブレナはとっさに理解し、そうして迷うことなくガードの姿勢を取った。
遠距離攻撃をしてくるのか、あるいは物理的に殴ってくるのか――どちらかは分からないが、いずれこの一撃で大幅に体力を削り取られるのは間違いない。
ブレナは、覚悟の両目を見開いた。
と、だが次の瞬間だった。
ザクッ!
短く皮膚を切り裂く効果音が、ブレナの耳に突と触れる。
彼は慌てて、防御の姿勢を解いて再度後方へと下がった。
その下がる最中、同時に起こった事象を理解する。
ジャック。
何もない空間から突然と降って湧いたジャック・ヴェノンが、降下の勢い共にトッドの背中をザクリと切り裂いたのだ。
が、不意に生じた『一連』はそれだけでは終わらなかった。
「過激な爆弾」
響いた言葉と共に。
完全なる死角から放たれた、ギルバード・アイリス渾身の攻撃魔法が、トッドの身体にド派手に炸裂する。
◇ ◆ ◇
同日、午前10時13分――宿屋前の広場、宿から少し奥まった地点。
「ギルバード、下がれッ!」
「――――ッ!?」
ナギの鋭い一言が、爆煙の渦中に突き刺さる。
受けたギルバードは、抜群の反応速度で後方へとステップした。
直後、彼の元いた場所に竜巻のごとく爆炎が巻き上がる。
文字どおりの、紙一重の回避だった。
「あのタイミングで放ったあの一撃を受けて、なお直後に反撃してくるか。相変わらず、出鱈目なフィジカルだ」
おもしろくなさそうに、ギルバードが言う。
ブレナは視線を、彼からもう一人の助っ人へと移した。
ジャック。
ブレナのすぐそばにスタッと着地した彼は、信じられないといった表情で、
「手応えがまるでなかった。奴は何者だ? ブレナ、貴様たちはいったい何と戦ってるんだ?」
「何と?」
訊かれて、ブレナは迷うことなく即答した。
「決まってるだろ、ラスボスとだよ」
ラスボス。
まぎれもなく、ラスボスだ。
ブレナは再び、視線をその『ラスボス』へと差し向けた。
「…………」
まったく変わっていない。
解けた爆煙の中から現れたのは、さっきまで何も変わっていないラスボストッドの姿。
あの一撃を受けて、ノーダメージということはありえないはずだが――少なくても、見て分かるほどの傷は負っていない。心がえぐられるようだった。
「……ブレナ、不本意だがトドメは貴様に託す。ナギ様の近くに着地していれば、ナギ様にトドメをお願いしたのだが――この際、貴様で我慢してやる。私たちが時間を稼いでいるあいだに、上級魔法で一気に仕留めろ」
そう言って、ジャックが再び戦闘態勢へと移行する。
が、ブレナは「任せろ」と二つ返事で引き受けることはできなかった。
ギルバード(特にギルバードの加入はデカい)とジャックの二人が加わった今ならば、上級魔法を使うまでの時間はなんとか稼いでくれるだろう。
だが、自分抜きで(驕るわけではないが、それは相当のリスクである)その時間を稼いでもらったとしても、仕留められる保証はない。というより、おそらくは仕留められない。
『終焉の氷獄』では仕留められないと、本能が告げていた。
ブレナは奥歯を噛みしめ、グロリアスを再び強く握り直した。
視線はトッドに留めたまま――そうして、ジャックに向けて口をひらく。
と、だがそのときだった。
「ブレナーっ、お待たせーっ! 持ってきたよーーーっ! 頼まれたモノ、持ってきたから受け取ってーーー!!」
声。
相棒の、待望の声が耳に届く。
ブレナは、反射的にその方向を見やった。
と、ほぼ同時に彼の視界に『それ』が映る。
相棒の――チロの両手から放り投げられた『それ』を、彼は「待ってました」とばかりに両手でガシリと受け取った。
ダブル。
グロリアスをも凌ぐ、正真正銘の最強ダブル。
ブレナ・ブレイク専用の、SSランクの比類なき最強ダブル。
キングオブキングス。
唯一無二の悪魔の力を、無二無三の神が振るう。




