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第102話 むっちゃ可愛い声


 神歴1012年、6月10日――ヴェサーニア大陸中部、ラドン村。


 午前8時53分――ラドン村北西部、森林地帯。


「痛いー、痛い痛い痛い痛い痛いー! 痛いよ、リリー! 死んじゃうよー!!」


 正体を現したサラが、目の前で右に左に転がり回る。


 ゲルマの刃にザクリとやられた右肩を押さえて、本気泣きモードである。


 ルナは一瞬、呆気に取られた。


 と。


 ビュッ。


「――――ッ!?」


 迫り来る気配を感じ、ルナはとっさに背後にステップした。


 飛んできたのは、リリーである。


 が、彼女の攻撃はその最初の一太刀だけで、連撃へと繋がることはなかった。


 代わりに、リリーはサラの間近で膝をつき、


「うわーっ、師匠ーー! 血がいっぱい出てるーー!! このままじゃ、このままじゃ師匠が、師匠が死んじゃうよーーー!!」


「…………」


 完全無防。


 頭がパニック状態らしいリリーは、無防備極まる背中を(さら)したまま、ただあたふたと泣きじゃくるのみだった。


 ルナは絶句したまま、動けなかった。

 

 と、すぐさまセーナの声が飛んでくる。


「ルナちゃん! なにボーッと突っ立ってんのよ! さっさとトドメ!!」


「……え?」


 トドメ?


 トドメを、刺すのか?


 ()()()()()()()()、トドメを刺すのか?


 数秒の迷い。


 だが、その数秒のロスが彼女からトドメの機会を奪い去る。


 ビュン!


 風を切る音を鳴らして。


 目の前から、サラとリリーの姿が刹那に消える。


 何が起きたのか、ルナにはすぐには理解できなかった。


 やがて、数秒遅れで理解が追いつく。


 発せられた、()()()すべき声音(トーン)と共に――。


「二人とも、すぐにこの場を離れて。ここはわたしが引き受ける。急いで処置すればサラは助かるから。落ち着いて行動して」


 ノエル・ラン。


 正真正銘、本物のノエル。


 最速最悪の相手が、相変わらずの変化に乏しいその表情(かお)をルナらの前に晒していた。



      ◇ ◆ ◇



 同日、午前8時57分――ラドン村北西部、森林地帯。


 ()()()()()


 手負いのサラと、無防備だったリリーをみすみす逃してしまった。


 自分の甘さのせいで、敵の数を減らせる千載一遇の好機を――。


 後悔の波が、ルナの心を根こそぎ飲み込む。

 

 彼女は茫然とした面持ちで、


「……す、すみません、セーナ、さん。トドメ刺せるチャンスだったのに……わたしの、せいで――」


「切り替え! 済んだこと言っても、意味なんてない! それより、切り替えて集中!! 茫然自失かませるような状況じゃないでしょ!!」


 背後から、セーナの厳しい声が飛ぶ。ルナはハッとして我に返った。


 そうだ。


 現況は、惚けた顔して反省の弁を垂れ流していられるほど『のどか』なそれじゃない。


 さっきよりも、はるかに厳しい戦場と化した。


 本物の、ノエル・ランの登場によって――。


 ルナは、意識を鋭敏に切り替えた。


「すみません! 目、覚めました! 集中、オーケーです!!」


「上等! んじゃ、やるわよ! 今度こそ、コイツを二人でぶっ飛ばす!!」


「了解です!」


 応じて、ルナは爆速の一歩を踏み出した。


 消滅。


 またたくうちに、ノエルとの間合いが消滅する。


 ルナは無心で、握ったダブルを横なぎに振るった。


 ブンっ!


 空気を切る音が、残酷に響く。


 信じられない反応速度で、ノエル(ターゲット)が真上に飛び上がったのである。


 ルナは驚いたが、でも直後に「してやったり」の笑みも浮かべた。


 この避け方は最悪。


 この避け方を選択させた時点で、及第点の役目は果たせた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()――。


雷弾(ヴォルト・ブレット)!」


 追撃。


 セーナ・セスの口から、追撃の言霊が放たれる。


 次いで、彼女のダブル――『アンデルセン』の柄の先から、無数の雷弾が爆発するように噴出した。


(とらえた! これは絶対、避けきれない!!)


 胸中で叫んで。

 

 ルナは連撃の構えを取った。


 このまま、コンボにつなげる。セーナの魔法が炸裂したあと、間を置かず弱ったノエルの身体に渾身の一刀を叩き込む。


 叩き込む、つもりだった。


 だが。


「――――っ!?」


 ルナは、驚愕に両目を見開いた。


 撃墜。


 セーナの放った、音速の雷弾は全て、ノエルのダブルに弾かれ四方へ消えた。


 消えたのである。


(……そ、んな!? あの体勢あの状態から、あの速度の雷弾を全て叩き落すなんて……!!)


 ありえない。


 人間業じゃない。


 人間業じゃ――。


「ごめん。ちょっとのあいだだけ、眠ってて。ほんのちょっと、三日くらい」


「――――ッ!?」


 ノエルの声は、真横から。


 ほんの一瞬前まで中空に浮いた状態だったのに、気づけば彼女の身体はルナの真横へと移動していた。


 着地と同時にサイドへステップしたのだろうが、あまりの速度にルナはその軌跡を目で追うことができなかった。


 その未熟が、正当な報いとなって彼女の身体に迫る来る。


 ルナは何もできずに固まり、そうして――。


 ゴギャ!


 生身の身体を打ち砕く、()()()()()()()()()()()()()


「ごめん、合流遅れた。でも、遅れた甲斐はあったね。今の一発(ふいうち)は相当デカい」


 リア。


 味方のピンチに颯爽と現れ、敵の身体を激烈豪快に蹴り飛ばす。


 流れるように美しい――それは助っ人として、これ以上はないほどの完璧なムーブだった。



      ◇ ◆ ◇



 同日、午前9時――ラドン村北西部、森林地帯。


 ()()()()()()


 ルナは呆気に取られたまま、戦っていた。


 三対一である。


 リアを加えて、三対一で戦っている。


 加えて、彼女はリアの不意打ちをまともに喰らった状態だ。


 ダメージが少ないはずはない。


 それなのに。


 それなのに、押し切れない。


 否、押し切れないどころか、押されている。


 それは信じがたい状況だった。


(……今までに戦った十二眷属の中で、群を抜いて強い。速い。コンビネーションだって、悪くないはずなのに……)


 気を抜けば、一気に陣形を崩されてしまう恐怖がある。


 そうなれば、こちらの負けだ。


 いずれにせよ、ギリギリのこの均衡が崩れ、一度どちらかに流れが傾けば、勝負は一瞬で決するだろうという肌感覚がルナにはあった。


(……ワンチャンスでいい。ワンチャン(つか)んで、流れを引き寄せられれば、たぶん一気に決められる……!)


 それが、どのタイミングで訪れるか。


 こちらに来る前に、相手に来たら終わりだ。


 ゆえに、一度のミスも許されない。


 ルナは研ぎ澄まされた感覚の中で、ただ一心にその『機会』を待った。


 そうして。


 そうしてついに、()()()()()()()()


 リアの強烈な左ハイキックに、ガードしたノエルの身体が若干と右方向にぐらつく。


 ルナは、その一瞬を見逃さなかった。


 足払い。


 身体をギリギリまで低く屈め――視界の外から、地面に身体をすりつけるようにして、ぐらついたノエルの足を払う。


「――――っ!?」


 ノエルの表情(かお)に、初めて狼狽の色が浮かぶ。


 ルナは瞳に「ここぞ」を浮かべた。


 バランスを崩し、一瞬だけ地面に片手をついたノエルに、ゲルマを握った右手を振るう。


 刃の先ではなく、()()()()()()()()()()()()()()


「ぁぐッ!」


 炸裂。


 その攻撃方法は予測していなかったのだろう――ルナの渾身の一振りは、ノエルの右こめかみ(テンプル)をまともにとらえた。


 ノエルの身体が、短いうめき声と共にサイドへ吹き飛ぶ。


 ルナは胸中で、言葉にならない歓喜を叫んだ。


 手応えが、物語る。


 この一連で、勝負を決められると。


 ルナは、反射的にセーナを見やった。


 と。


糞ったれな爆炎(ダム・フレア)!」


 阿吽の呼吸で動いていたセーナが、近距離から、間髪いれずにトドメの魔法を解き放つ。


 Aランクダブル『アンデルセン』に組み込まれた、最強の下級魔法『糞ったれな爆炎(ダム・フレア)』。


 決着を告げる鐘の音が、爆炎と共に寂れた山村に響きわたる。



      ◇ ◆ ◇



 同日、午前9時7分――ラドン村北西部、森林地帯。


「やった! やりました! リアさん、セーナさん、やりましたよ! わたしたちの勝ちです! ノエルを倒しました!!」


 ルナは、興奮を抑えきれずに言った。


 目の前には、グッタリとしたままピクリとも動かないノエルが横たわっている。


 生きているか、死んでいるかは分からないが、少なくとも、戦闘不能であることは間違いない。


 つまりは、()()()()()


 ノエル・ランに、勝ったのである。


「あー、はいはい。嬉しいのは分かるけど、そんなキャピ声で喜ばない。てゆーか、ルナちゃんってそんな声出せたの? なにその声音(トーン)。むっちゃ可愛いじゃん」


 隣のセーナが、たしなめるように言う。


 だが、彼女のその声音にも、喜びの感情が宿っているのは明らかだった。


「ほら、リアもルナちゃんみたく可愛い声出して喜びなよ。あんたの声、ホントはめっちゃ可愛いんだから」


「……絶対出さない」


 ボソリと、リア。


 ルナは、満面の笑みで言った。


「ですよね。リアさんの声、めちゃ可愛いですよね。めちゃ可愛いのに、普段は抑えて喋ってるからもったいないです。もったいないお化け出ます」


「……なにその、まったく怖くなさそうなお化け。くだらないこと言ってないで、さっさと――」


 さっさと。


 その後、リアはどう続けようとしたのだろう。


 結局、だがそれは分からずじまいだった。


「……え?」


 間抜けな一音と共に、間抜けに呆ける。


 ()()()()()()()、ルナは阿呆のように固まった。


「ノエル!?」


 とっさに叫んで、セーナが後方に飛び退く。


 ノエル。


 ノエルである。


 さっきまでピクリともしなかったノエルが、今はもう立っている。


 立って、ダブルを構えている。


 ダブルを――。


「……ズタボロ。さすがにちょっとキツい。ここまでされたら、もう手加減できない。覚悟して」


 ()()()


 手加減できない、とノエルはそう言ったのか?


 あまりにも理解不能な言葉が、理解不能な場面(シーン)が目の前で流れる。


 だが、理解不能な展開は『その先こそ』が本番だった。


 呆気に取られるルナらをしり目に、ノエルが再び戦闘態勢を取る。


 だが、その次の瞬間だった。


「できるだけ早く片づけて、ナミ様の援護に向かう。あなたたちに恨みはないけど――」


「いやノエル、それ以上戦う必要はない。おまえの役目は、()()()()()()


 ズン。


 鮮血が、舞う。


 ルナはこの日、生まれて初めて本当の『恐怖』を知った。


 阿鼻叫喚の、地獄絵図がそうして始まる……。



 

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