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魔魅ブギらんど  作者: わたなべみゆき
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第二十四章 その1

 信國は四人を守るように前面に立ち、剣の(さや)を握った。

 玄関の扉は静かに開いた。

 そこには、体全体が青く、手足には水掻きが付いた生き物が立っていた。頭は青い帽子をピタリと貼り付けた感じで、てっぺんには皿のようなものがついている。一瞬、河童(かっぱ)と見間違えそうな恰好である。

「かおーら!」

 あゆみは驚いて大声で叫んだ。

「どうして、こんなところに?」

「おいらだって驚いたよ。あゆみ様がなぜこんな所に!」

 かおーらはそう言いながらも安心したような素振りを見せた。

「うーん、話すと長くなるから今度ね! かおーらは何の用があったの?」

 あゆみは膝に手をあて腰をまげ、目線をかおーらに合わせて尋ねた。

「うん。それがさ、おかしな事があったのさ」

「おかしなこと?」

「そうなんだよ! 

 小茂田に流れ込む神田川(かんだがわ)がおいら達の棲家(すみか)なんだけどさ。さっき、樫根(かしね)の方に黒い霧の塊が飛んでいったんだ! そして、それを追っかけるように、阿連(あれ)の大ババ様と何人かが走っていった。なんかすっごい勢いで普通じゃなかったからさ。何かあったのかと思って聞きにきたのさ」

「何だって!!」、

 急に信國が大声で叫んだ。

「あゆみ様。樫根(かしね)と言えば、六観音の一つ『佐須(さす)の観音堂』がある所です。悪の大魔王達は阿連(あれ)の光を封じている間に、佐須(さす)の観音堂を襲う計画で雷命(らいめい)神社やオヒデリ様、そしてここを狙ったんです」

「えっ! 佐須(さす)の観音堂が樫根(かしね)という場所に? 天仁法師(てんにんほうし)様と一緒に行った時は確か、床谷(とこや)っていう所にあって……。

 あっ! 佐須(さす)の観音堂も何か理由があって樫根(かしね)の地に移されたのね」

「その通りでございます。あゆみ様。佐須(さす)の観音堂もまた、明治の神仏分離(しんぶつぶんり)床谷(とこや)の観音山から樫根(かしね)法清寺(ほうせいじ)の側に観音堂が建てられ、そこへ移されました。」

「あぁ、なんていうこと! 阿連(あれ)小茂田(こもだ)のこんな近くに観音様がいらっしゃるのに気づかないなんて。しかも悪の大魔王に先を越され、阿連(あれ)を守れなかった……。神々が集まる場所。そして守り人の里である阿連(あれ)を…。そして、また観音様まで……。なんて私は無力なの」

 あゆみは真っ青になって、(ひざ)をつき前かがみに倒れるように手をついた。

「あゆみ様! 泣いている場合ではありません。それにまだ負けてはいない!」

「た…、いや安國。だけど、阿連(あれ)のオヒデリ様を壊されてしまって、守り人の里もめちゃくちゃになってしまった」

「守り人はそんなに簡単にやられはしない。それに(ほこら)や石塔が壊れたからといって、やられてしまったわけではない。そんなことより、黒の大魔王達は今なら結界を破壊できると思って、樫根(かしね)の観音様を狙いに行ったんだ。

 さぁ、あゆみ様、俺たちも急いで樫根(かしね)に行きましょう!」

 安國は笑顔になると、あゆみの体を抱き起こした。

 あゆみは涙を拭うと、顔をあげコクンと頷いた。

「安國。有難う! 安國の言う通りだね。落ち込んでいる暇なんかない。

 六観音は絶対に守らなきゃ! 天仁法師(てんにんほうし)様と約束したんだから、一つだって壊させやしない!! 信國、安國。力をかして!」

 あゆみの髪はふわっと舞い上がり、赤く染まった。

「はっ。あゆみ様。樫根(かしね)の観音堂へご案内致します」

 信國が修験者(しゅげんしゃ)らしい歯切れのよい返事をした。

「おねがい!」

 あゆみも短く返事をすると、優奈と沙織の方を向くと優しい顔で話しかけた。

「お二人はここで留守番しててください。お母様たちが戻られるかも知れません」

 二人の娘は、潤んだ瞳でまぶしそうにあゆみをみつめた。

「はい」

 優奈と沙織は笑顔でうなずき、二人の返事の声が重なり合った。

「ねぇ、ねぇ、あゆみ様、おいらは? これから、おいらはどうしたらいい?」

 かおーらが、とぼけたような顔であゆみを見上げた。

「ん?」

 あゆみはかおーらの顔をみると、可笑しさがこみあげてきて、くすっと笑った。

「かおーら。大事なことを知らせてくれてありがとね! あとは、ゆっくりと神田川に帰って来て」

 かおーらは褒められたのが嬉しいのか、ぴょんぴょん飛び跳ねた。


「あ、そう言えば龍太郎は?」

 あゆみは思い出したように安國の顔をみて尋ねた。安國もハッとしたような表情になり、

「私が到着した時は、もうすでに居なかったので、おそらく大ババ様達と共に樫根(かしね)に向かったのかと……」

龍太郎(りゅうたろう)、無事でいてね……」

あゆみは少しの間、祈るように目を閉じたが、直ぐに目を開けて強い視線で前を見据えた。

「では、阿連の港に出て、海岸伝いに走ろう!」

「はっ」

 信國と安國は、素早く頭をさげるやいなや、守り人の里から港へ戻り海岸線の石を大きく()ねながら小茂田(こもだ)をめざした。

 三人は海岸線をひたすら走った。海岸線が途切れたところは崖に沿った山の際の木々を飛び移りながらものすごいスピードで駆けた。

 そしてあっという間に隣の集落である小茂田(こもだ)へと到着したのだった。

 はぁはぁはぁ。

 三人は荒い息遣いで、小茂田(こもだ)の集落へ入る少し手前の茂みに身を隠した。

「あゆみ様、もうじき樫根(かしね)に到着します。ここで息を整えましょう」

「わかった! で、観音様は何処におられるの?」

佐須(さす)の観音様は、今は樫根(かしね)にある法清寺(ほうせいじ)という寺の側の観音堂に安置されており、他の沢山の御仏様(みほとけ)と共に大切にされておられます」

「そう。それなら良かった……。

 信國、すぐに発ちましょう! とにかく今は急がねば。阿連(あれ)の守り人の皆さんのことも気にかかる」

 あゆみは厳しい表情で一つ大きく息を吐くと、何かを覚悟したように引き締まった顔に変わった。

「ここから小茂田(こもだ)の集落に入ると左手に神田川(かんだがわ)が見えて参ります。川伝(かわづた)いに上流へ少し行くと橋がございます。その橋を渡り、山手に向かって左側に観音堂がございます。私が先導しますので、ついて来てください」

 信國がこれから向かう方向を指さしながら切り出した。

「わかったわ!」

 あゆみは少し赤みがかった瞳で、ぐっと前を見るのであった。

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