第二十三章 その三
「モッコ……」
むせび泣くモッコの肩に優しく手をかけたのはあゆみだった。
「モッコ、大丈夫。ガンゴウは死なない。此処にはこんなに豊かな自然が残っているし、阿連の里は温かい空気に満ちてる」
「あなたは……?」
振り返ったモッコが怪訝そうに聞いた。
「モッコ、このお方は日神の一族であゆみ様と申される。悪の大魔王から対馬を守る為に闘うておられるのだ」
咄嗟に信國が答えた。
「あゆみ様。おいら達はよその国からやって来た魔魅だけど、助けてくれるの?」
モッコは不安そうにたずねた。
「もちろんだよ! あなた達はもう長いこと対馬に棲んで、対馬のためにも沢山働いてくれたって聞いたわ!」
あゆみは、モッコの手をとると嬉しそうに笑った。
「ううう……。おいら、良かった! 対馬に来て本当に良かった」
モッコは嬉しそうにガンゴウの体をなでながら、「ガンゴウ、ガンゴウ」と口にした。
「あれ、あ、いたた……」
黒目にされていた里の人が目が覚めたようで、あちらこちらから声が聞こえ始めた。
「あゆみ様、憑依は解けたようです。我々は、佐枝殿の実家へ参りましょう!」
「そうね! 安國、大丈夫だったかしら」
心配そうにつぶやくと、守り人が住むもう一つの集落へと向かった。
一方、安國は雷命神社から森の中を駆け抜けると港に出た。阿連の港から右側へカーブする道へ出ると坂道を駆け上り、少し行った所を左に下った。そこには十数件の家があり、里へ入ってすぐ右側に安國の母、佐枝の本家があった。安國は息を切らしながら玄関の戸を開けた。中に入ると部屋の中は荒らされていて、誰の姿も見えない。
「母上!! 母上!!」
安國は、大声で叫びながら母を探したが、家には誰の姿もなく、もぬけの殻である。
「大ババ様に多江おばさん。有紀と沙織と優奈の姿もない……。どうしたらいいんだ」
安國はがっくりと肩を落とし下を向いた。頭の中をいろいろな想像が駆け巡る。だんだんと不安が大きくなり、涙が溢れそうになった。
その時、後ろの壁の方からコトッと音がした。振り返ると壁が開いて扉になった。
「わっ」
安國は後ずさりをすると、扉から誰かが出てくるのを身構えて待った。
「あ、沙織殿に優奈殿!」
「安國! 来てくれたの!?」
扉から出てきたのは二人の若い女だった。
二人とも髪が長く後ろで縛っており、服は萌黄色の作務衣をきている。
「親方が、里を見に行くようにと。それで、母上たちは何処にいるのですか?」
「それが、私達にもわからないの。一時間程前、突然、黒い霧と魔物のような者たちが襲ってきたの。私達はすぐに、この隠れ部屋に隠れなさいと言われて、ずっとここに居たから……」
不安げな様子で優奈が答えた。
「えっ。じゃあ母上達はどこに行ったのか……。まさか、大魔王に連れ去られたのか!」
安國はうろたえたように独り言をつぶやいた。
「……。争ってる声は聞こえたけど、そのあと静かになって……」
泣くのをこらえながら沙織がうつむき加減に答えた。
「安國、大丈夫! 守り人である大ババ様や母やおば様が、そう簡単にやられるはずはないわ。きっとどこかで闘っているはず」
きりっとした顔で優奈が力強く安國を見た。
「だよね! もうすぐ親方もこちらに来てくれると思うから、ここで待っていよう!」
「うん! 安國、久しぶりに会ったら、なんか逞しくなったねぇ」
優奈がまぶしそうに安國を見て微笑んだ。
「そっ、そうすか~! 自分じゃよくわかんないけど、最近いろんな事があったからかな」
「へー。いろんな事って?」
泣き出しそうだった沙織が急に興味津々な顔で聞いてきた。
「んー。それは簡単には言えないなぁ」
「なによ~、もったいぶって」
あはははは…
三人が心配を吹き飛ばすように大声で笑っていると、ガラガラと玄関が乱暴に開けられる音がした。
「あっ、悪の魔王かもしれない。また、奥の部屋に隠れて!」
三人は壁の奥にある隠し部屋に入って扉をそっと閉めた。




