二十二章 その三
「信國様、私も急いだほうが良いと。私は定國と盛國と共に本家の様子を見て参ります」
佐枝も大きく頷くと、そう言った
「承知した! だが、そなた達だけで大丈夫か?」
「親方様! 母上のことは俺と盛國でお守り致しますので心配はいりませぬ」
急に定國が頼もしく見えた。信國は嬉しそうに「よし、任せた!」というと、龍太郎を呼んだ。
「龍太郎、三人を佐枝殿の本家へ連れて行ってくれ。そして、そのままそこで大ババ様や姉様、そして親族の皆を守ってくれ。頼んだぞ!」
龍太郎は大きく輝く目をさらに輝かせた。
「信國様、おまかせください。ふぃ~」
龍太郎の鼻息で風がおこり、あゆみの装束がはためいた。
佐枝たちが龍太郎に乗り、出発したのを見届けると信國には海岸線の山際を指さすと、
「海岸線の石は黒い霧に憑依されている。この上の道を通り里へ参ろう」
三人は、海岸から崖を駆け上り、現在使われている道路へと出た。
山からの道を里のほうへ降りると港が見えた。港には河口があり、山から湧き出る水が川となり里の真ん中を通って海へと流れ込んでいる。割りに大きな川である。山に向かって右側には田んぼが広がっていて、川の両側に沿うように道がある。そして、道脇に家が立ち並んでいた。
川の左側の道を、山の方に向かって歩いている多くの人の姿が見える。がやがやと騒ぐ人々の声が聞こえる。
里の人々の周りには黒い霧がたなびくようにうごめいている。そして、その行列の一番前に異様な雰囲気を漂わせる生き物がいた。
「あっ! もしかして、あれがガンゴウ!?」
あゆみが立ち止まり、先頭にいるガンゴウを指さした。
「モッコが言っていた通りだ。ガンゴウが憑依され、里の人たちを扇動している。あの先には雷命神社があります。もしかしたら、ガンゴウのやつ……」
信國が視線を先に向け、愕然としたように口を結んだ。
「信國、安國、先回りして雷命神社へ向かいましょう! 山の中を駆け抜けるわよ」
「はっ」
信國と安國は、一段と大きく気合のこもった声で応えた。
「では、あゆみ様。雷鳴神社の社殿の裏へ続く道を案内致します」
信國の後にあゆみが続き、その後を守るように安國が走った。
雷鳴神社の裏へ到着した三人は様子を覗いながら、社殿の表へと出た。穏やかな静けさに包まれている。
「はぁ……。なんて気落ちがいい所。まずはご挨拶を」
あゆみがそう言い三人社殿に手を合わせた時だった。下の方から騒がしい声が重なり合うように聞こえてきた。
「来た!!」
三人は同時に叫ぶと、確かめ合うように顔を見合わせ、社殿へと続く下り坂を下りる。
はっ!!
そこには息を飲む光景が広がっていた。
多くの人間が黒い霧をまとい、まるでゾンビのように肩を落とし顔だけをあげている。黒目だけの目は異様に不気味さを増していた。
そして、坂道に途中に建てられている石灯籠などが無残にも倒されている。
「ガンゴウ様……、ガンゴウ様……」
十数人はいるだろうか。男もいれば女もいる。そして、小さな子ども達までもが黒目になり、うめくようにガンゴウの名を呼んでいる。
「なんということだ! 阿連の里の民がみな黒目にされてしまっている……」
信國が茫然としてつぶやく。
あゆみは、ハッとした。
「信國! ガンゴウは? ガンゴウがどこにもいない!」
信國は辺りを見まわして「もしや!」と険しい表情で川上のほうに顔を向けた。




