第三章 そのニ
「こんにちわ。あゆみちゃん、いますか?」
女の子の声だ。あゆみは玄関に行き、戸を開けた。
「あ、あゆみちゃん!」
同級生のはるかが笑顔で立っていた。
「はるかちゃん! どうしたと? よく、うちがわかったね」
「あゆみちゃんがずっと休んでたから、心配になって、担任の先生に聞いてきたと。元気そうで安心した」
はるかは、あゆみの手を取って嬉しそうに揺らした。
「はるかちゃん。ありがとう。お母さんの具合が悪くて、ずっと休んでたと。心配かけてごめんね」
「ううん。おかあさん、早く良くなるといいね!
あ、それと、はい、これ! あゆみちゃんが休んでた間の授業のノート。あんまり、字が綺麗じゃないけん恥ずかしいけど」
はるかはぺろりと下を出して、恥ずかしそうに笑った。
「はるかちゃん……。ありがとう」
あゆみは胸がいっぱいになって、思わず涙が溢れそうになった。
「いいの、いいの! これくらい、なんでもないよ。気にせんで。
じゃあ、私、帰るね」
「ありがとう! はるかちゃん、気をつけて帰ってね」
はるかは、何度も振り返りながら、そのたびに手を振った。
あゆみも、はるかが見えなくなるまでずっと手を振り見送った。
はるかの姿が見えなくなると、ふーっと一息つき、「はるかちゃん、ありがと」と呟いた。
「あ、そうだ! 話の続きを聞かなくっちゃ」
あんじょの話を聞いてたことを思い出し、そそくさと奥の部屋へ急いだ。
母が眠る奥の部屋の襖を開けると、
「母君、母君」
あんじょが母の枕もとで心配そうに声をかけている。
「あんじょ、かあさまに何かあったの?」
「あゆみさま。母君の顔が……。
痘が出たり、綺麗になったり、ころころと顔の様子が変わっておるのです」
「どういうこと? また、なにか良くないことが?」
「まだわかりませんが、法師様の塔が心配です。しょうたんのもとへ行ってみましょう」
あんじょはすぐに龍太郎をよんだ。龍太郎が来ると、先にあゆみを乗せ、その後ろに自分が乗った。
「わぁ、龍太郎に乗るの初めて! ドキドキする」
龍太郎は背中に乗るあゆみの方を向くと、ニッと顔をほころばせた。そして、母を乗せて飛んだ時のように、「はーっ」と大きな息を吐き空に舞った。
「きゃあ、すっごーい! あんじょ、見て! うちがあんなに小さく見える!
空飛ぶのってきっもちいいね~。」
あっという間に、龍良山の法師の塔についた。
塔の前には、体の大きなしょうたんが怖い顔をして見張りをしていた。
龍太郎が着くと驚いた顔で、
「おお、これはあゆみ様。こちらの塔には初めていらっしゃるのではないでのすか? 何かありましたか?」
「法師様の塔は初めて!」
側にいたあんじょが、そわそわしながら口を開いた。
「しょうたん、何か変わったことはないか?
母君の顔に痘が出たり、ひいたりしている。黒の魔力に押されているようだ」
「こちらでは変わったことはないが……。
まぁとにかく、あゆみ様が初めて来られて、法師様もお喜びでしょう。
さぁ、こちらで塔に手をお合わせください」
あゆみは、塔の前の小さな祭壇に向かって手を合わせた。
法師の塔を見たあゆみは、また不安な気持ちに襲われた。
「わたし、何をしたらいいの? この山を、この島を守りたいけど、何をしたらいいのかわからない。本当に私に力があるの?」
あゆみは塔に目をやりながら、不安そうに言った。
「かあさまにはまだ何も教わっていない。かあさまが目を覚ましてくれたらいいのに……。法師様が現れてくれたらいいのに……」
そういいながら、あゆみの目から涙があふれてきた。
ずっと我慢していたものが、堰を切って溢れ出すかのように涙が止まらず、むせぶように泣き始めた。
「わたし、何もわからない……。どうして守っていったらいいの。また、黒い霧が襲ってくるかもしれないのに…」
「あゆみさまなら大丈夫です。
耳を澄まして、心を研ぎ澄まして、森の声を聞いて下さい。きっと眠っていた力が目覚めてくるはず」
しょうたんは、力強くあゆみを励ました。
「わたしには、そんな力なんてないわ」
あゆみは首を振りながら泣き続けるばかり。
あんじょは、優しくあゆみを抱きしめ、背中をさすり、目をとじると歌を口ずさみ始めた。
♪さごがわのながれは せたよ
いでのさと そのひかりさす
つつのかんのん
子守歌のようなその歌を何度も繰り返すうちに、あゆみは落ち着きをとりもどした。
「あんじょ、この歌はなに? 初めて聞く歌」
「いや、私も忘れかけていましたが、自分でもわからないうちに、いつの間にか口ずさんでいました。
困った時に歌いなさいと、何代目かの母君が、教えてくださった歌。
昔、島の民もみな、この歌を歌って六観音を参っておりました……。
あっ、もしかしたら、この歌に秘密があるかもしれません。
あゆみさま。とにかく今はまず、お経を覚えましょう。
お経の力で島を守りましょう。島のあちこちに大切なお経がありますから」
「あんじょ、この歌にはどんな意味があるの?」
「この歌は、観音様の場所を歌ったものなんです。六観音と言って、島の中の六か所に観音様がおかれているのです」
「六観音?」
「そうです。ああ、なんで早く思い出さなかったのか!
黒の法師が、悪の大魔王に憑依され、手がつけられなくなった時、法師様は塔への入定を決意された
それから、島の六か所に配置された観音様に結界をはられた。邪悪な魔力から島を守るためにそうされたのです」
「六観音が危ない!」
あゆみがいきなり叫んだ。
「あゆみ様。どういうことです?」
「わかないけど、今、急にそう思ったの!
黒の法師や大魔王が、この島をもう一度、襲ってくるということは、結界の力が弱まっているということだと思うわ。
私たちで六観音を守るのよ!
今日から、私に祈祷の仕方を教えて!
かあさまがやっていたように、北のお堂で私も祈祷をやってみる!」
「かしこまりました。龍太郎をよびましょう」
龍太郎がくると、すぐさま、また母が眠る家へ戻った。
家に帰ると、あんじょは、奥の部屋に行き母の元に行った。
母は美しい顔のまま布団に寝ている。
「かあさま。わたし、必ずかあさまを助けるからね! この島も守る」
あゆみは、母の側にきて語りかけるように言った。
「しょうたん、山の祈祷所に連れて行って。
そして、お経を覚えるから、教えてちょうだい」
あんじょは、あゆみを連れて、天仁法師の母が眠る塚にあゆみを連れていくと、祈祷所の中に入り、経典の巻物を開いた。
「まずは、私が唱えてみますから、聞いていてください」
あゆみは、祈祷所の中に座ると、「この風景をどこかで見たことがあるな」と感じながら、どこからとも聞こえてきた子守歌を思い出していた。
「あ、あの時だ! タイムスリップしてずいぶん昔に行ってしまった時に見た風景。ここだったんだ」
お経を聞きながら、もう一度、この前のように、昔の時代にいけないものかと考えた。できれば天仁法師が生きている時代に……。
「そうだ。あの子守歌……。あれを聞いた時にタイムスリップした」
あゆみは、思い出しながら歌ってみた
♪てんてんてんの おほうしさまは……
つかにはいって しまをまもる
てんてんてんの おほうしさまは
つかにはいって しまをまもる
あゆみは何度も何度も繰り返し歌を口ずさんだ。
そんなあゆみを山影から見つめる二つの目。
あゆみは、だんだん意識が薄れかけていった。
「法師様! 法師様!」
誰かが法師をよぶ声が聞こえる。あゆみはまだはっきりしない意識の中で、聞こえてくる声に耳を傾けた。
「あっ、法師様がいる時代に来れた!」
小さく、そうつぶやいた時、
「あれ? 法師様はどこに行かれたのか」
村人の声が近づいてきた。
あゆみは、見つからないように物かげにそっとかくれた。
「法師様に早くお伝えしなければ!
里の民が黒目になって、人を襲っていることを」
「黒目……。黒の法師の仕業ね」
あゆみは周りをきょろきょろと見渡した。
すると、遠くの方から、光をまとったように輝く人がいる。
「法師様だ! 早く会って、いろいろと聞きたいことが山ほどあるけど、あの人たちがいるからなぁ」
法師がだんだん近づいて来る。
「法師さまぁ! 大変です。黒目が! 黒目が里を襲ってきました」
美しい顔立ちの男性だ。若い!
「法師様、超イケメン! 私のご先祖様だなんて信じらんない」
あゆみはそっと見ながら独り言をつぶやいた。
「誰だ! そこにいるのは。出てこい」
あゆみは頭が真っ白になった。
法師は物陰に隠れているあゆみのところにやってきた。
万事休す! あゆみはぐっと力を入れた。




