第二十二章 その一
「あゆみ様、そろそろ阿連の海岸が見えて……」
龍太郎がそう言いかけた時だった。
「うわぁ、あれは何?」
あゆみが驚いて阿連の港の方を指さした。
「あの黒いものは何だ! 龍太郎、あそこに降りてくれ」
信國が声高に叫んだ。
龍太郎は様子を覗うようにゆっくりと舞い降りた。阿連の港から続く長い海岸線には小さな石や中くらいの石、岩のような大きな石がごろごろと埋め尽くされている。
「海岸線が黒く見えたのは、港の近くだったわ。ここら辺はまだ大丈夫みたい! このまま港まで歩いて行きましょう」
あゆみは港の方を見ながら厳しい表情で言った。
「ここは足場が悪いので、あゆみ様はゆっくり歩いて来て下さい。私と安國が先に行って様子を見てきます」
信國がそう言うと、
「ふふ、私を誰だと思ってるの」
あゆみはクスリと笑いながらそう言うと、大きめの石から石へと軽々と飛んで移動した。
「これは失礼しました。さすがでございます」
信國は両手を拝むように胸の前で合わせると、笑いながら頭を下げた。
「では、参りましょう」
三人が素早い動きで、石から石へと飛び移りながら移動を始めた瞬間だった。
「あっ、あゆみ様、向こうから誰か来ます」
一番先頭を走っていた安國が振り返って叫んだ。
三人はピタリと止まると、港の方から同じように石を飛び移りながらこちらへやってくる人影を注意深く見つめた。
「あ、あれは!!」
「えっ、なぜ、ここにあの三人が!?」
信國と安國は心当たりがありそうな様子で見守った。
「おーい」
安國は大きく手を振った。
小さく見えていた人影が、どんどんん近づいてくる。
安國は信國の顔を見て合図をするように頷くと、
「親方様、やはり定國と盛國。それに母上です!」
そこには定國と盛國ともう一人、信國たちと同じ修験者の恰好をした女性が居た。
三人は、はぁはぁと荒い息をしながら、あゆみ達の所へやってきた。
「親方様、大変です! 阿連の里が……」
定國が息をきらしながら信國に伝えた。
「定國に盛國、佐枝殿までもが、なぜここに……。まぁ、それよりも阿連の里がどうしたのだ」
「阿連の里は、黒目の人達に占領されています」
定國が息を整えながら慌ててる様子で答えた。
「黒目の人? 佐枝殿、どういう事だ?」
「港の近くの海岸線の石が真っ黒になって、それが大魔王に憑依された石と気づかずに、阿連の里の人々は家に持ち帰った様でそうす。阿連には、亡くなった方が海岸の石に憑依して帰って来るという言い伝えがあるから、みんな喜んで持って帰ったんだと思います」
「それで、そなた達はなぜ、慌ててこちらへ逃げてきたのだ?」
「海岸線の石がどんどん黒くなって追われるようにこちらへ逃げてきました」
「それで、その黒い奴らはどうなった? もうすぐこちらへ襲って来るのではないか?」
「いえ、それが途中で止まりました。こちらには人が居ないと思ったのか、黒の霧のようなものは里の方へと…」
「何か聞こえる……。誰かの鳴き声のような声が」
あゆみが急に辺りを見回しながらそうつぶやいた。
「え? もしかしたら……」
何か思い出したかのような顔で佐枝もつぶやく。
「ん? 何か心当たりでもあるのか?」
「このすぐ先に洞門があります。もしかしたら、そこに誰かが隠れているのではないかと……」
「ああ、阿連の洞門か! よし、行ってみよう」
信國と安國を先頭に六人は、龍太郎が舞い降りた地点よりも更に手前に海岸線を急いだ。
それまでずっと続いていた石の海岸線は途切れ、大きな岩の塊が目の前に現れた。




