第二十一章 その三
出掛けようとするあゆみ達の背中に向かって、やまわろうが声をかけた。
「あゆみ様、モッコもガンゴウも、二人ともいい奴なんだよ! 対馬の人に好かれようとそれは長い間、よく働いてくれたし……」
あゆみはふり向きざまに、にこりとして頷きながら口を開いた。
「やまわろう、わかってる! だから危ないの。優しい心が傷ついて傷ついて、心の隙間に深くて暗い闇がうまれたら、それそこ悪の大魔王の餌食になってしまうでしょ」
「あ……」
「やまわろう、どうしたの? 何かあった?」
「そう言えば……、もうだいぶ前だけど、モッコとガンゴウが、『おいら達はいくら頑張っても対馬の人間には嫌われるだけなんだ。まぁ、奴らがあれだけのことをしたから、嫌われても仕方のないことだけどなぁ。
それでも時々、辛くなるよ。もうどうせ嫌われるんだったら、いっそのこと本当に悪い奴になっちまおうか』なんてこと言ってたことがあった」
「だよね! 誰だってそんなに強くないんだから。信國、安国、急ごう!」
家の外に待っていた龍太郎に乗った三人は小茂田の山に棲むというモッコとガンゴウを探しに向かった。
龍太郎に乗って小茂田に向かっていたあゆみは、ふと思いついたように言った。
「ねぇ、信國。これから行く所にある観音様って、阿連にも近いの?」
「はい、阿連は隣の地区になります。どうかなされました?」
「うん、なんか阿連っていう場所が気になるの。やまわろうも、さっき話の中で神様が集まってくるところって言ってたでしょ」
「はい、確かに阿連は今でも神事の習わしが残っている所です」
「小茂田に行く前に、阿連に寄ってみてはどうかなって、ふと思ったの」
「では、先に阿連に参りましょう。あゆみ様のふと思ったっつーのは、多分、重要なことだから」
急に安國が口を挟んだ。
「これ、安國。なんだその言葉遣いは!」
「いや、だからさ。あゆみ様のひらめきは天からのテレパシーみたいなのを拾ってるってこと!」
「安國。まだまだ見抜く力が足りないな。あゆみ様の場合は、あゆみ様が天そのもので、あゆみ様の中に天があるのだ。だから天からのテレパシーとかではなく、あゆみ様の中でのひらめきなのだ。それに、そんな事を言ってるのではない。あゆみ様に向かって軽口をたたくでないと言ってるのだ」
安國は珍しく厳しい口調で安國をしかりつけた。
「いいの、いいの。信國。私は安國がいてくれることで心が安らぐんだから」
あゆみは信國のほうを振り返ると満面の笑顔で答えた。
「いやいや、それでは示しがつきませぬ。われらの祖先は天仁法師様にお仕えした修験者の身。そのことをしっかりと受け継いで行かねば……」
信國の話が終わらないうちに、あゆみは少し語気を強めに信國の言葉をさえぎった。
「信國、本当にいいんだってば。私、急にこんなことになって、責任が重たすぎるの。せめて安國みたいに接してくれる人が居ないと気持ちが持たない……」
「あゆみ様……。わかりました! たまには安國みたいな馬鹿な奴がいた方が気がまぎれて良いかもしれませぬなぁ。ははははは……」
「はぁ、馬鹿な奴って、どういう意味だよ!」
うわぁ!!
安國は、信國の顔を覗き込もうと急に身を乗り出したのでバランスを崩し、龍太郎の背から落ちそうになった。危ういところを信國が服をつかみ引き戻した。
「ほら、そういうところを言うんだ」
信國が半分笑いながらそう言うと、あゆみも「そうそう」と大声で笑った。
「もう~、二人とも馬鹿にすんな~!」
やけになった安國は、龍太郎の背でそう叫ぶのであった。




